第4話 カタヴル家の優雅(?)な朝
ひとりで飛び立った小鳥がさえずり、春に似た陽気が流れ込むような朝。
教会から鐘の音が聞こえて、女は目を覚ましました。
眠気に抗うように背伸びをした後、窓を開けて、目いっぱいに光を浴びます。
「ん~~~~。いい天気ですわ」
屋敷から見える景色は、まさに絶景。
お屋敷は小高い場所に建てられており、領地を一望できます。
庭を見下ろすと、多くの人がせわしなく働いています。
木々を整える庭師や、井戸水を汲む使用人。さらには訓練に励む近衛兵たちまでも。
――この全てが私のものになるのですもの。今から楽しみですわ。
たくらみ顔を浮かべる女でしたが、すぐに小首を傾げました。
――しかし、乗っ取るにしても何から始めたらよいのか……。考えてしまいますわね。
今度は眠気に誘われて「ふわぁ」とあくびをしてしまいます。
――でも、今は二度寝したい気分ですわね……。
もう一度ベッドに入って、目をつむった直後でした。コンコンと扉をノックする音が響きます。
「おはようございます。ルヴナン様」
部屋に入ってきたのは、長身の女性。
彼女は女――ルヴナンの専属メイドである『アレット』。
切れ長の目と黒いポニーテールが特徴的です。
ルヴナンよりも3つほど年下ですが、物怖じした気配はありません。
――学級委員長タイプですわね。実際、かなりうるさいですし。
「すぐに支度を済ませますよ」
「……もう5分だけ待って頂けませんこと? まだ眠くて……」
女は掛け布団を頭までかぶりましたが、アレットがすぐさまはぎ取ってしまいました。
「早く起きてくださいっ!!!」
「ああっ!」
さらには、ベッドから無理矢理に引きずり下ろされてしまいます。
「ちょっと強引すぎではありませんこと?」
「そんなことはありません。このぐらいしないといつも起きないではないですか」
――ルヴナンって、意外とお転婆でしたのね……。
「ほら、さっさと立ってください。わたしは当主様ほど甘くありませんからね?」
「あなた。当主の妻にそんな態度をとっていいと思っておりますの?」
「ええ。わたしはルヴナン様ではなく、カタヴル家に雇われているのです。カタヴル家のことを想い、厳しく当たっているだけですから」
「……ぐっ」
女はなにも言い返せず、唇を噛みました。
――私がカタヴル家を手に入れた暁には、あなたのことをこき使ってあげますわ!
内心でハンカチを噛むことしかできません。
「ルヴナン様。今日の予定は覚えておりますか」
「あら、ずっとお昼寝ですわよね?」
「もちろん違います。礼儀作法をみっちりと叩き込みますからね?」
「朝からですの?」
「夕食までです」
想像しただけで、女はうんざりした顔になりました。
「お昼はありませんの?」
「ちゃんと礼儀作法の一環として混ぜてあります」
「ご飯ぐらいはゆっくり食べたいですわぁ……」
女はベッドにつっぷしたい気持ちをグッと抑えました。
「辺境伯家にしては忙しいですわよね……。これじゃあ、まるでお姫様ですわ」
「ルヴナン様は怠けさせるとよくないですから。無理にでも予定を入れております」
アレットは当然のように言い切りましたが、その言葉を聞いた女の顔は青ざめていきました。
――まさか私の企みを看破しておりますの!?
「どうしました?」
アレットに顔を覗き込まれて、女の背筋がビクッと伸びます。
「い、いえっ、なんでもありませんわ!」
「さっきから口調もおかしいですし、何か隠し事でも?」
「ほ、ほら、時間がないのですよね。急ぎますわよ。おほほほほほほ!」
冷や汗をかきながらも、全力で否定する女。アレットは訝しげな目を向けながらも「まあ、いいでしょう」と諦めました。
「ほら、着替えますよ」
それからはお召し替え。
アレットに動きやすいドレスへと着替えさせてもらいます。
――他人に着替えさせてもらうのはむず痒いですけど、上流階級っぽくてよいものですわね。
前世では想像もできなかった体験に、高貴な気分を味わっていると――
「はぁ……はぁ……!」
興奮したおじさんみたいな荒い鼻息が、肩にかかっている。そう気づいた女はとっさに隣のメイドを見ました。
「アレット、何かありまして?」
「……勘違いではないですか? わたしは至って冷静ですよ」
あまりにも普段通りの専属メイドを見て、女は「そ、そう……」と狐につままれた気分になりながら、着替えに戻りました。
――このメイド、なんかおかしいのよねぇ。というか、この家の人はキャダバー様以外変人ばっかり。
そして支度が整い、ダイニングルームへと向かいます。
「あ」
廊下である人影を見つけた女は、ぱぁっと表情を明るくして、子犬みたいに駆け寄っていきます。
「やあ。ルヴナン。おはよう」
「おはようございます。キャダバー様。今朝もご機嫌麗しゅう」
深々とお辞儀をすると、キャダバーは不思議そうに小首を傾げました。
「えっと……その口調はなにかな?」
女は一瞬きょとんとした後、「あっ」と声を上げました。
――カタヴル家を乗っ取ると決めてから、自然とこの口調になっておりましたわ……。
こうなっては仕方がない、と瞬時に言い訳を考えます。
「ただ、キャダバー様の妻として背筋を正しているだけですわ」
そう言った直後、突然盛大な拍手が響きました。
振り向くと、アレットが号泣しています。
「な、なんなんですの、一体……」
「いえ。暴走機関車みたいだったルヴナン様も立派になられたと思いまして……!」
さらに泣き出してしまいました。
「そ、そうですの……」
女はスルーすることにして、今度はキャダバーに目を移します。
「ルヴナン、無理をしてないかい?」
彼は心配そうに眉を落としていました。
「何がですの?」
「口調のことだよ。慣れている方を使っていいんだよ?」
「いえ。むしろしっくり来ておりますの」
「それならいいんだけど……。周囲の目を気にしなくてもいいんだよ? 僕がなんとかするから」
「お心遣いに感謝いたしますわ。ですけど、本当に何もありませんので」
女が朝日のような笑顔を見せると、キャダバーは穏やかに目尻を下げました。
「それならいいんだ。じゃあ、朝ごはんを食べようか」
「ええ。楽しみですわ」
キャダバーの手を取り、立ち上がった瞬間です。
慌ただしい足音が背後から近づいてきました。
まるで暴れ馬がせまってくるような迫力に、一瞬足が固まります。
「ルヴナン。おっはよ―――――!!!」
いきなり、後頭部に衝撃を受けました。
ブチリと糸の切れる音が鳴り、そして女の頭部がコロコロと床を転がっていきます。
「「あ」」
間の抜けた声がふたつ重なりました。
それから数瞬して、「はぁ~~~~」と大きなため息が空気を塗りつぶします。
「姉さん、あんまり強くしないでって、いつも言ってるでしょ……」
「ごめん。やっちゃった♡」
キャダバーの言葉に、ラヴィニア・カタヴルは悪戯っぽく舌を出しました。




