↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/3

第3話 死体人形は辺境伯家を乗っ取りたい

 女は馬車の前でしり込みをしていました。


――結構高い。どうしよう。


 馬車は軽トラックの荷台みたいに高い。どう乗ったとしても、はしたなくなってしまいます。


――せっかくのドレスを汚すのはもったいないし、どうしましょう。


 自分ひとりで乗る方法を考えていると……。


「ほら、ルヴナン。口を閉じてて」


 突然、キャダバーの声が聞こえました。

 次の瞬間には浮遊感に襲われ、女は「きゃっ!?」と短い悲鳴を上げてしまいます。


「ちょっ、え?」

「危ないから動かないでね」


――え、えぇ!?


 女はお姫様抱っこされたのです。

 キャダバーはそのまま馬車の中に乗り込み、慎重に女を下ろしました。


「な――っ!」


 一瞬遅れて、女の顔が真っ赤になりました。


「い、いきなりなんですか!?」


「先に乗って引っ張るとかありますよね!?」

「ほら、また腕が取れたら大変でしょ? だから抱えるのが一番だと思ったんだ」

「だからって!」


 クスクスと楽しそうに笑うキャダバーを前に、女はさらに困惑した顔を浮かべました。


――なんか大胆になってない……? パーティーでは猫をかぶっていたとか? それとも酔いでもまわってる?


 ふたりが落ち着いたのを確認したのか、馬車が動き始めました。

 スピードは決して速くありません。

 歩きと自転車の中間ぐらい。


 そして門をくぐると、そこには一面の草原が広がっていました。

 その中では石畳が敷かれた道が伸び、周辺には民家がポツポツと建っています。ですが、それだけ。あっと驚くものはありません。


――なんか、拍子抜け。


 女は残念そうに眉を下げました。


 しかし、窓から風が入り込み、表情が和らいでいきます。

 風が運んできたのは、色とりどりの音たち。草木が揺れる音や、土を耕す音。子供たちが元気に遊ぶ声や、小鳥のさえずり。

 

 女は静かに瞼を閉じました。


――でも……うん。悪くない。


 ふと浮かんだのは、前世の光景です。

 パラパラ漫画のように、容赦なく進んでいくカレンダー。

 スケジュールに急かされて取材に出かけ、大量の資料を読み漁る毎日。

 夜遅くまで記事作成に没頭し、オフィスで寝るなんて日常茶飯事。

 上司と喧嘩した回数なんて、数え切れません。

 

 そんな騒々しさが、穏やかな空気に溶けていきます。


「気に入ってくれたかい?」

「ええ。とても」


 キャダバーの質問に答えた女は、自然と口元を緩めています。


「……嬉しいよ」

「ええ」


 それからしばらく無言のまま馬車に揺られていると、急に馬車が止まりました。


 外をみると、夫婦らしき男女が駆け寄ってきています。


 護衛たちがすぐさま静止しましたが、キャダバーが「大丈夫だよ。顔なじみの領民だ」と告げると刃を納めました。


「お久しぶりです」


 夫らしき男性がお辞儀をしました。


「何か困ったことでもあったのかい?」

「いえ。最近は領主様のお陰で豊作で、平和な日々を送っていられています」

「では、なんのために引き留めたの?」

「領主様。この子に名前をつけて頂けませんか?」


 男性の妻が、抱えていた赤ちゃんを見せました。

 しかし、赤ちゃんの様子が妙です。泣かなければ、笑ってもいない。ぐったりと眠ってしまっています。


「僕が……?」

「ええ。生まれつき体が弱く、領主様の力を分けて頂ければと」

「なるほど。事情はわかった。ちょっと考えさせて」


 キャダバーは顎に手をあてて、思案に耽り始めました。

 しかし、飛び立った小鳥が見えなくなっても、キャダバーは悩んだままです。


「そんなに悩むことですか?」


 女がたずねると、キャダバーは困り眉を浮かべました。


「名前は一生物だし、大切な領民だ。少しでも生きる力になる名前をつけてあげたいんだ」

「それでも悩みすぎです」

「……そうだね。うん、じゃあ、こうしよう」


 キャダバーは夫婦と赤ちゃんに向き直りました。


「根っこ(ラシーネ)はどうかな?」

「ラシーネ……ですか」

「うん。何度刈られても芽を出す草木みたいに、力強く生きてほしい。そんな願いを込めてみたんだけど……。どうかな?」

「あ、ありがとうございます!」


 夫婦は何度も深々と頭を下げ、そして「ラシーネ! ラシーネ!」と何度も赤ちゃんの名前を呼びながら去っていきました。


 キャダバーは、そんな彼らの姿を嬉しそうに眺めています。


「それじゃあ、出して」


 御者(ぎょしゃ)に合図すると、馬車は再び動き出しました。


 それから多くの領民と出会ったのですが、彼らは必ずと言っていいほど、キャダバーに手を振り、時には深々と頭を下げていました。


「すごい人気ですね」

「そんなことないよ。先祖代々の信頼があればこそだから」


――いや、明らかに本人が好かれているでしょ。


 女はキャダバーの横顔を凝視していましたが、少しずつ頬が熱くなってきて、思わず目を逸らしました。


――私は今、こんな人の奥さんなんだ。


 馬車は、一時間ほど進み続けたでしょう。 


 たどり着いたのは、小高い丘。

 何十個もの墓が並んでいます。


「ここは……?」

「歴代のカタヴル家が眠る場所なんだ」

「……お墓」


――両親に顔を見せてほしい、って言ってたよね。つまり……。


 キャダバーは懐かしそうに目を細めながら、最も新しいお墓の前で膝をつきました。


「お父様。お母様。お久しぶりです」


 彼の声音は、語り掛けるように穏やかでした。


「もうあなた達の言葉を聞けなくなってから、2年が経ちました。まだまだ当主としては半人前ですが、今日、ルヴナンのお披露目も終わりました。やっと一人前の人間として、スタートラインに立てたと思います」


 女は突き動かされるように、キャダバーの肩に手を置きました。


「ですが、まだまだこれからです。空の上から僕のことを見守り続けてください」

「安心してください。私がしっかり支えますから」


 女は口から突いて出た言葉に、自分で驚きました。


――何言ってるんだろう、私。バカみたい。


「ありがとう、ルヴナン。君が奥さんになってくれて、本当によかった」


 キャダバーの感謝に、返事ができませんでした。


「どうしたの?」

「あ、えっと……その……」

「緊張したのかな?」

「あ……はい」

「なら、ちょっとあそこの木陰で休まないかい?」


 女はコクリと頷き、早速、木の下へと向かいます。


「ちょっとはしたないけどね。でも、今日ぐらいはいいよね」

 

 そう言うと、キャダバーは草原に直接座りました。

 女も躊躇しながら、その横に並びます。


 そして、無言の時間が続きました。


――えっと、どうしよう。何か話すべき?


 気をもんでいると、いきなり肩に温かい感触がありました。

 キャダバーが頭を預けてきたのです。


――ちょっ!?


 女は声を上げそうになりましたが、キャダバーの顔を見て、すぐに優しげな笑みを浮かべました。

 子供みたいな顔で眠ってたのです。


――そんなに疲れていたの?


 すると見計らったように、護衛たちの話し声が聞こえはじめます。


「まったく。段取りを無視してこんなところに来て。本当にキャダバー様には困らされる」

「本当は挨拶をしなければならなかったのに」

「少しは当主の自覚を持って欲しいものだ。最近は奥様にうつつを抜かしてばかりで……」


――わざと聞かせてるのかな。


 すぐに察した女は不快がるどころか、逆にえくぼを浮かべました。


――でも、そっか。彼って、そんなにルヴナンのことを優先しているんだ。


 女は、そっと彼の赤髪を撫でました。


 しかし、次の瞬間、視界が反転しました。

 目の前に広がったのは、血の池。前世の最期に見た光景です。


――そうだ。


 あいつ(・・・)だって最初は優しくしてきた。この人だって、いつ態度が変わってもおかしくない。


 信用なんて、できる……?

 

 ……怖い。

 キャダバー様に裏切られる想像なんて、したくもない。

 優しくして。

 私にだけ、笑顔を向けて。


――それに、私はすでに裏切っている。本当はルヴナンじゃないんだから。


 もう悪者だ。詐欺師だ。

 あと一歩踏み出すことは、難しくない。


 なれる。

 あんな想いをするくらいなら。

 

――ああ。だから……。私は……。


 裏切られる余地がなくなるまで。


 キャダバー様も。


 カタヴル家も。


 この土地も。


 ……。


――全部、奪ってさしあげましょう。


 女は悪役めいた笑みを浮かべながら、沈みゆく夕日に手を伸ばすのでした。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます


ようやく話が本格的に動き始めました

もし女の覚悟の行方や、ふたりの恋愛について気になりましたら、☆評価やブクマをして頂けると嬉しいです

いつも励みになっております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。