第96話 新しいレシピ
今日は陽の日、休みの日だ。
休みに合わせてジムたちも昨日帰ってきたから、リサちゃんの訪問は無くなった。
周囲の部屋に人がいることで彼女は寂しさを紛らわせることが出来たのだろう。そのおかげで俺は、スッキリな目覚めが確保できた。
うちの屋敷では、それぞれの使用人たちが張り合いを持って働いてくれている。料理人のガストンさんとバジルさんは特にその傾向が顕著だ。
初めて知ることが多くとてもやり甲斐があると、メイドのファティマさんに興奮した口調で話しているという。
年が明け、リサちゃんが料理人見習いとして入って来たことで、バジルさんも「教える喜びができた」と気合いが入っているようだ。
「おにぃ…… 兄さん、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく。さて今日は新しいレシピに挑戦します」
「「はい! 宜しくお願いします。ご主人様」」
今日も地球の知識を利用して新しいレシピを作成し、これを一緒に作りましょうとガストンさんたちに渡しているところである。
「今日はこれを作ってみようと思います」
「どれどれ、うーん……これも珍しいですね、初めての料理ですよ」
今日はグラタンのレシピを渡してみた。厨房には魔道コンロを発展させた魔道オーブンを設置。
牛乳から生クリームやバターを作る為の魔道遠心分離機や魔道撹拌機、魔道泡だて器などの魔道モーター応用機器も既に完成済みだ。
「牛乳を使った料理は時々作っていましたが、この下に溜まったところだけを使うことはありません。他国ではこれを使ってチーズを作っているそうですが、わが国でチーズを作っているという話は聞いた事がありませんね」
この国で牛乳は煮沸してから飲むのが常識だ。高温殺菌が原因だろうか、それとも乳酸菌の問題だろうか。取り敢えずは輸入品だとしても、チーズは手に入るのだからよしとするか。
牛乳を65℃くらいで低温殺菌したら魔道遠心分離機でクリームを取り出す。これを魔道撹拌機にかけ、水分を抜いたらたら無塩バターが出来る。
「これがバターと言われるもので、グラタンにも使うのですが美味しいお菓子作りには欠かせないものですから、作り方を良く覚えてくださいね」
お菓子の単語が出た途端に、バジルさんとリサちゃんの目がキラリっと光る。
「ご主人様、その……美味しいお菓子も是非教えてくださいませんか?」
「いいですよ、クッキーやケーキに使うと味が濃厚になって美味しくなりますからね」
「うわぁー!」
「お菓子作りは、次の休みの日にじっくりやりましょうね」
「「ハイ!」」
バジルさんは、胸に手を当てて喜びを表現する。リサちゃんも目がイキイキとしているし、お菓子作りはこの二人に任せることにしよう。
「具材として今日はマカロニを使いますが、実は具材は何でも構いません。じゃがいもを薄く切って煮たものや、柔らかくて癖のない茹でた野菜を入れてもいいですね。何が合うのかを色々試してみるのもいいでしょう」
料理人の二人と見習いの一人は、俺の言ったことをこまめにメモしてくれている。基本を教えていけば、あとは自分たちで創意工夫してくれるだろう。
「あのー、……ご主人様はどうしてこんな珍しい料理をたくさんご存じなのでしょうか?」
(そうくるよねバジルさん。さて、どう言って誤魔化そうか)
「私は3年間、魔道学園で魔術の勉強をしたことはご存じですよね?」
「はい、ご主人様は首席でご卒業なされたと聞いております。凄いです」
「ハハハ、その時から王宮にも出入りすることを許されていてですね、王宮図書館の本をたくさん読み込んだんですよ。その時に料理の本もたくさん読みました」
王宮図書館にこの様なレシピの本が有ったのだと勘違いさせる事にした。
「はぁー、こんな凄い方のお屋敷で働けるなんて、私幸せです」
「この前も国王様が訪ねて来られて。ほんっと、ビックリですよ」
ちなみに、国王様や王女殿下がこの屋敷に転移してくることは屋敷内の秘密事項だ。
街でついうっかりと秘密を漏らしてしまわないように、契約の魔道具を使って言動も制限させてもらっている。
契約の魔道具というのは、王宮魔道具院管理の特殊魔道具だ。
転移魔道具を設置した場所の主人や関係する使用人にも、情報漏えい防止のために手首への装着が義務付けられている。
何はともあれ、国王様が馴れ馴れしく話をしてくる俺が、とても凄い人に見えるのだろう。使用人たちも、その時ばかりは俺を羨望の眼差しで見てくれるのだ。
だから、何でも知っていておかしくはないという半ば洗脳されたような状態で、3人は納得してくれた。
それはそれでどうしたものだろう。まあいいか。
バターで玉ねぎと燻製肉のみじん切りを炒め、小麦粉と牛乳、それに潰した岩塩を加えてホワイトソースを作る。
玉ねぎはこの世界にもよく似たものがあるし、ベーコンの代わりは魔物の燻製肉だ。ただ、胡椒が無いのにはちょっと困ったな。
「この時、火加減は出来上がりの状態に大きく影響しますから注意してください」
グラタン皿に似た深めのお皿が有ったので、これに茹でたマカロニを入れる。今回、たまたまブロッコリーに似た花の芽があったのでこれも茹でて加え、ホワイトソースをかける。
「こんな風に、季節によって中の食材を変えれば飽きが来なくていいですからね」
「ふむふむ」
「カキカキ」
上に輸入品のチーズを薄くスライスして載せたら、250℃に設定した魔道オーブンに入れて10分間待つ。
後は焦げ目を見ながら、丁度いい時間を記録すればいい。
「もうそろそろいいかなー? うん、焦げ目もばっちりだね、はい出来ました」
「うわー、何だか美味しそうな匂いだわー」
「香ばしい香りがまたいいですね」
俺は3人にスプーンを配る。
「では、試食してみましょうか」
「「「ハイ!」」」
「熱いから注意してくださいね」
サクサクと焦げ目にスプーンを入れて中身をすくうと、懐かしい匂いと共に地球で作っていた時の感覚が呼び戻された。とても不思議な感じだ。
料理人の二人も俺に見習ってフーフーしている。
「熱っ!」
「これはっ!」
「うわぁ!」
バジルさんはまだ熱かったようだが、三人とも歓喜の表情だ。この表情を見るのも俺の楽しみだったりする。
「とても濃厚な味がして、それでいてくどくも無く、穏やかな甘みもあってとても美味しいですね」
「ええ、とても美味しいです。これでしたらお客様にお出しする料理としても最高です」
「この食感は初めてです、お兄さん。こんな料理初めて食べました」
グラタンは一般庶民料理だと思っていたけど、この世界の食文化からすると珍しい部類に入るかも知れない。
「途中で作ったホワイトソースと言われるものを使った料理は他にも代表的な料理があって、ホワイトシチューとかクリームシチューとか言われる料理があるのですが、それもこの次に作ってみましょうね」
「「「ハイ!」」」
こうして、ノーマウント邸で作られる料理の幅はどんどん広がっていった。
次の休みの日には、バタークッキーという後に大評判になるお菓子がこの世界に誕生したのであった。
 




