第95話 リサちゃんのお泊り
今日はエレンディルさんとノーラさん、それにリサちゃんが加わって4人で夕食を食べた。
魔道具院の二人はあのあと、エミーに説得されてこちらのテーブルで食べてくれるようになったのだ。
彼女たちも段々と打ち解けてきて、ノーラさんも噛まなくなってきた。
「魔道スクロールってすごいです! 感激です!」
「紙まで自分で作れるなんて、ノーマウントしゃまは天才でしょうか?」
「二人とも歳が同じくらいだから、もういい加減に敬語とか無しにしないか? 俺は天才でもないし自然体で行かせてもらうよ。君たちも俺を呼ぶときはアルフレッドかアルでいいから」
「は、はい。ではアルフレッド様で」
「様はいらない」
「では、アルフレッドさん?」
「うーん、それでいいか」
「私はお兄ちゃんんでいい?」
「そうだな、小さい時から『お兄ちゃん』って呼んでたから慣れてるんだろうけど、もうそろそろ皆がいる前では『兄さん』とかの方がいいかな……」
「分かった! 今日から『お兄さん』って言ってみる!」
ちょっとこそばゆいけど、彼女もこれから大人になっていくんだからいつまでも『お兄ちゃん』ではおかしいだろう。
「お兄さん、一緒にお風呂入ろう?」
「!!」
お兄ちゃんをお兄さんに改めただけで、何? この背徳感!!
「お二人は、ご兄妹なのですか?」
「ご兄妹でも、リサさんの歳で一緒に入るというのはど、どうなのでしょう?」
「兄妹というか何というか……」
「えへへ、一度言ってみたかったんだ、うちにはお風呂なんてなかったから。でもね、リサはお風呂の入り方が分からないんだよ」
「心臓に悪いよリサちゃん、お風呂の入り方はこのお姉さんたちに教えてもらってくれな」
「うん、分かった」
「エレンディルさん、お願いしてもいいかな?」
「はい、大丈夫ですが、アルフレッドさんは私たちの事をさん付けで呼ばれますね。私よりも年上なのでしょう? 私のことは、どうか“エレン”と呼び捨てにしてください」
「えっ?……失礼ですが、エレンディルさんって今何歳?」
「17歳です」
「……ローラさんは?」
「16歳です」
「ええーーーー、俺は今年18になったばかりですよ!」
「という事は、私は同い年ですね」
「私は一つ下です」
エレンディルさんは同じ歳? 王宮魔道具院にいるって事は魔道学園で一緒に学んでいるはずでは?
「ちょっと待ってください。俺は魔道学院で学びましたが、お二人はいなかったですよねぇ? 同じ歳だったら一緒に学園に通っていたはずじゃあ……」
「私たちはその……魔道学園には行ってないのです」
「じゃあ、どうして王宮魔道具院に入れたのですか?」
「ああ……それはですね、王宮魔道具院に入れるのは魔道学園の卒業生だけではないんです」
「それはどういう事……もしや、外国の方ですか?」
「違います」
速攻で否定された。じゃあ何で?
「私たちの親は王宮魔道具院に勤めておりましてですね、魔道具や魔術に関する知識は小さい頃から叩き込まれていて、魔道具院も就職を優遇してくれるのです」
それでいいのかって言いたいが、この二人は今日の説明でも呑み込みが早いし、魔道具の知識もマルコさんより上だった。
確かにそれでもいいのだろうな。
「なるほど、諸々理解しました。じゃあ、もう俺は地で行くからね。エレンとノーラはリサちゃんにお風呂の入り方を教えてやって。お願い」
「「分かりましたー」」
「私もリサって呼び捨てが嬉しい!」
「マルコさんが変に思うから、リサちゃんは暫くそのまま」
「えーーー」
ああ、なんとかまるく収まった感じ。ちょっと疲れた。
今日は長い一日だった。
執務室に入って、明日マルコさんが来てくれてからのやることリストを作る。紙を作る為の器具の準備、紙を漉くための簀桁作りは、結構骨が折れる仕事である。
3人がひたすら紙を漉く、そんな作業を4人で交代してやるにしても骨が折れるな。
エミーは頼めばやってくれそうだけど、ジムは無理だろうな。誰かを雇うか? しかし慣れないと難しい作業だし、秘匿契約とか……そんなことを一人でブツブツ言いながら考えをまとめていく。
「さて、明日に備えて今日はこれくらいで寝るか」
そう独り言ちて執務室の明かりを消し、自分の部屋に入る。
「誰っ!」
「お兄ちゃん……」
リサちゃんが俺のベッドに枕を持って座っていた。
「どうした?」
「来ちゃいけないって分かってるんだけど、一人だとやっぱり怖くなって眠れなくて」
「リサちゃんは初めてなのか? 他の家に泊まるのは」
「ん~ん、おじいちゃんのところに泊まった事はある」
「今日は周りの部屋に誰もいないから寂しいんだね」
「ねえ、お兄ちゃんと一緒に寝たらだめ?」
「うーん……明日の朝、2の鐘を過ぎても起きなければメイドのハナンさんが起こしにくる。それまでに自分の部屋に戻ってくれればいいけど……」
「大丈夫、ちゃんと起きられるから」
追い返すこともできるのだろうが、それではあまりにも可哀そうだ。
昨日まで両親のいる自宅の部屋で寝ていたのに、今日からは誰もいない広い部屋で、それも周りの部屋には誰もいない寂しいところで寝なければならなくなったのだ。
「じゃあ、今日だけね」
「うん、ありがとう!」
いいとは言ったけれど、リサちゃんも12歳。身長は大人の女性とさほど変わらないほどに成長している。昔は俺の腰までしかなかったのにな。
今では子どもっぽい匂いもしなくなって、お風呂の石鹸の香りが鼻孔を刺激してくる。大人の女性としての特徴も出てきているし。
いかんな、こんなことを考えているとロリコンと言われても文句が言えないぞ。やめやめ、そんなこと考えるのは。……俺はロリコンじゃないんだ!
「んん……」
リサちゃんが俺の左腕に手を回してきた。そして肩にもおでこが当たっている。
『ドクンドクンドクンドクン』
俺の心の臓が早鐘を打っている。恐る恐る、左に顔を向けてみる。
「スー、スー、スー」
静かに寝息を立てているリサちゃんがいた。
安心しきっているその表情によって、頭の中に渦巻いていた不浄な考えを消し去ることが出来たのだった。
◇◆◇
ドアをノックする軽快な音が、俺を夢の世界から呼び戻す。
「ご主人様? ……8時になりましたが、お起きになられてますか?」
「ううっ? っ!! ……起きてる、起きてる!」
リサちゃんが俺の布団の中で寝ている。この状況を理解するのには少々時間がかかってしまった。
「リサさんもまだ起きて来られませんが、起こして差し上げましょうか?」
「いや、昨日は疲れたのだろうから、今日はまだ寝かせといて」
「承知いたしました」
(……もう行ったかな? ……セーフ!)
「なんだ、起きてたのか」
「えへへー。アルお兄ちゃんと一夜を共にしちゃった」
「なっ!」
「私とお兄ちゃんの二人だけの秘密ね!」
「おうふっ」
リサちゃんはニコニコしながら、俺の部屋を出ていった。
機嫌がいいから、まあいいか。
「おはようございます、マルコさん」
「おはようアル君。リサは大丈夫だったかい?」
「大丈夫だったかといいますと?」
「いやその、リサは生まれてからずーっと私たち親元を離れたことが無かったから、一人でちゃんと眠れたのかなって……」
「眠れたんじゃないですかねー、今朝も元気そうでしたよ?」
「それだといいんだけど。リサは甘えん坊で、夜中に寂しくなると私たちのベッドにもぐりこんでくることがあるんだ。そんなことなかったよね?」
「いえ、そんなことはあーりませんでしたよ?」
「そうか、迷惑かけてないでよかった」
何だこの背中を何かが流れる感覚は! 汗? こ、これが冷や汗って言うやつなのか?
この日は魔道具師の作業をしながらも、朝の話がぶり返されるのではないかと、1日中気が気じゃなかった。




