第86話 転移ドア設置の旅3
旅の最後の訪問先は、エルミンスターを出てから19日間かかけて到着するブリストルだ。
砦の街エルミンスターとの間には標高3千m級の山々が連なるヘーゲル山脈があるため、エルミンスターからブリストルまで行くには、ヘーゲル山脈の尾根を迂回して王都エルテルスを経由するしかない。かなりの遠回りなのだ。
この地はグランデール王国の最北地方であるが、北のバーン帝国とは同じくヘーゲル山脈で仕切られているので陸路での人の往来は困難な地勢だ。
「ここがエドの故郷だね」
「港町だけど、エイヴォンとはちょっと違った雰囲気」
ブリストルと言えば、魔道学園でお友達になったエドの父親が治める領地だ。ブリストルの人口は約5万人、工業が盛んであるが、東側に広がる海は軍港でもある。
魚釣りが得意だと言っていたが、街は海に面していて小さい時にはいくらでも魚釣りができたのだろう。
「この街もガレットさんと同じような体格のドワーフの人を良く見かけるわね」
「ドワーフの山が近いからな」
西の山々はヘーゲル山脈であるが、山脈の東側の高原はドワーフの山とも言われており、地下にはドワーフ族の管理する鉱山が多く存在している。
「では、ブリストル領主館を目指しますか」
旅の移動中、ブリストル領主への連絡は王宮を中継しているのだが、ブリストル領主からの返事と共に、エドからのメッセージが添えられていた。
来てくれるのを楽しみにしているようで、宿などには泊まらずに是非とも我が家に泊まってくれよとのメッセージだった。
「みんな、よく来てくれたねぇ」
「久しぶりねぇ」
「エドも元気そうだね」
「エド、ちょっと痩せた?」
門番に到着したことを伝えたら、エドワード君自らが迎えに出て来てくれた。
「ジムは知ってるよね」
「ああ、魔術科の修業旅行でも会ったし、君たちと幼馴染だってことも聞いてるよ。僕はエドワード、エドと呼んでくれて構わないから、宜しく!」
「俺はジェームス、こいつらの様にジムと呼んでくれたら嬉しい。宜しく!」
(ジムのことも覚えていてくれた。記憶力がいいなエドは)
俺たちは応接室に通されるとソファーの大きさが目を引いた。
4人が楽に横一列で座れるソファーって、貴族では普通なのだろうか?
魔道学園での思い出話に花を咲かせていると、部屋にノックが響く。領主様が来たようだ。
「みなさんよく来てくれたね、私がエドワードの父、アーサー・ペンブルック・ブリストルだ。ここの領地の領主も任されている」
俺たちはエドの友達だとの認識だからなのか、領主である事よりもエドワードの父親であることの方が優先された自己紹介だ。友達のお父さんに会っている感じで何だかほっこりしてしまう。
「4人の事は、先日の王宮での叙爵式と勲章授与式に出席していたから良く知っているさ。みんなその歳で、この国の名誉勲章を持っているなんてとても珍しい事なのだよ」
先日の謁見の間には、魔道転移ドアを設置する領地の領主様しか呼んでいなかったが、エドのお父さんは来ていた。
謁見の間での叙爵が済んだらすぐに陛下との打ち合わせがあって、それぞれの領主様とは話が出来ていないのだ。
「どうしたらあんなに凄い魔道具が作れるのか、うちのエドにも秘訣を教えて欲しいもんだなぁ」
それは別の世界のIT技術で作っているんですよ、とは言えない。
「彼は記憶力がすごくいいんですよ父上、魔法陣を一度見ただけで全部憶えてしまうという特殊な能力があるから、私には無理ですよ」
「ほう、それは凄いな」
(エドが助け舟を出してくれたけど、それはちょっと盛りすぎ感があるぞ)
「そしてアル君は、その記憶した魔法陣を全部手書きで再現するんですよ」
「アルは昔はあんまり頭良くなかった」
「小さい時は勉強できずによく泣いてたもんな」
(ミラとジムには後でデコピンしとこう)
「えーっと、そろそろ魔道ドアの設置をしませんか?」
俺が頭を搔き搔き提案すると、ブリストル辺境伯は設置場所に案内してくれた。
「私はもう少し君たちの話を聞いていてもよかったんだがねぇ。君たちの仲の良さが滲み出た会話を聞いているととても気持ちがいい。どうかエドワードともずっと仲良くしてくれないかな」
転移ドアを部屋に設置する途中、ブリストル領主様と話をした。他の4人は応接室で待機中だ。
「もちろんです。エドワード君には最初から助けられた恩もあることだし、何よりも性格がいいから俺も好きなんですよ」
「それを聞いて安心したよ」
(好きって、そっち系の好きじゃないからね)
不良二人組にから絡まれている時に助けてくれたのがエドだ。そういえばあいつ等、その後どうなったんだろう? 商人に拾われたような話も聞いたが。
魔道ドアを設置した次の日、エドが魚釣りをしようと言ってきた。
「王都では川魚を釣ったよね、あの時はお腹いっぱいだったし持って帰れなかったからリリースしたけど、今日釣った魚は料理長に頼んで調理してもらうから」
「わぁー、魚料理たのしみー」
「お前、釣らなきゃ食えないんだぞ」
「私、魚釣り得意だよ、前回は一番だったんだから!」
川魚と海の魚とでは勝手が違うと思うんだが……追及はしないでおこう。それよりもこの地方では刺身は食べないのだろうか?
「ねえエド、魚って生で食べたりする?」
「え? ……家畜や魔物の肉は熱を加えて調理しなければ食べられないじゃないか。魚の肉も同じさぁ」
やっぱり刺身は無いのか。醤油だって見た事無いんだし、ちょっとがっかりだ。
領主館から釣り竿を馬車に乗せて海岸沿いを行くと、すぐに堤防が見えて来た。今日はこの堤防の上で釣りを楽しむようだ。
「岩場で釣る人もいるけど危ないからね。ここでも十分魚が釣れるよ」
堤防から見える湾の中には、いくつもの大きな木造船が停泊している。
ブリストルと北のバーン帝国とは高い山に遮られているため陸路はないが、海に面しているので船での襲来を想定して軍艦が配備されているらしい。そう、このブリストル港は軍港なのである。
「ねえエド、こんなに沢山の船がいつも待機しているって事は、北の国が攻めてきたこともあるのよねえ?」
「僕は知らないんだけど、30年くらい前にバーン帝国が船で攻めて来た事があるそうなんだよね」
その時にはこちらも10隻の軍艦で撃退したそうだ。船に搭載する大砲はこの世界にもあるようだが、火薬が発明されていないから、鉄の玉を魔法で発射させる特殊な訓練をした魔術師が必要になるのだという。
ブリストル港の堤防で、大量に海の魚をゲットした俺たちは、それらを領主館に持ち帰り料理してもらう事になった。
「これだけ沢山の量が有れば、いくつか違った料理を致しましょうかな。それにしても、お坊ちゃまがこんなに楽しそうにしておられるのを見たのは何年ぶりでしょう」
「そんなことまで恥ずかしいから言わないでくれよ料理長、僕にとって彼らはいい友達で、気が合うのさ」
この日の夜から朝にかけて、様々な魚料理に舌鼓を打ったのは言うまでもない。刺身が食べられなかったのは唯一の心残りだが。
「今度来る時からは、馬車じゃなくていいよね」
「うん、エドもうちに遊びに来てくれよ、王宮に話を通せば一瞬で来られると思うから」
「ああ、そうだね。是非時間を作って行かせてもらうよ」
帰りはまたみんなで馬車に乗って王都へ帰る。馬車は転移ドアに入らないので仕方がないのだ。
一度王宮に戻り、指定されたすべての都市に設置が無事終わった事も報告しなければならないし、さあ、最終地の王都まではあと9日もすれば到着だ。
 




