第85話 転移ドア設置の旅2
旅の途中、エルムとマルチャールの間には目立った町や村もない。その為に野営を余儀なくされたが、土壁に囲まれた野営地が準備されているので魔物を警戒する必要はかなり少ない。
そのおかげで、俺たちは馬車を置いたまま、宿泊所のベッドで寝る事も出来た。
エルムの町では、牛乳と卵を大量に購入できた。魔道トートバッグの中は時間が止まっているので、大量に購入しても腐ることはない。
「これで、アル君の作るデザートがたくさん食べられるね」
「プリンがいい」
女性には、胃袋が幾つもある。
旅は順調に進み、予定通りの日程でマルチャールの町に着いた。
到着して最初に俺たちの目を引いたのはエルフ族だ。他の町ではエルフ族を滅多に見ることはない。しかし、この町では至る所で耳の長いエルフ族を見かけるのだ。
「この町はエルフ族が多いな」
「エルフの森が近いからでしょうね」
魔道学園の討伐研修のときに、彼女たちはバグベアーに追われて山を越えた。そしてたどり着いたのがエルフの森だ。
あの時は、もう一度山を越えて魔道学園に戻ったが、マルチャールの町を経由して魔道学園に帰るという選択肢もあったと思う。だいぶ遠回りになるけど。
「エルフの森っていうと、あの時を思い出すわね。今だとあんなの簡単に倒せるのに」
「おいおい、バグベアーだってCランクの魔物だぞ」
「今は全然怖くないわよ」
あんなの呼ばわりされたバグベアーだが、当時は恐怖しかなかったはずだ。それだけエミーも精神的にも強くなったということだ。
「エルフ族って、エルフの森から出たがらないんじゃなかったの?」
「マルチャールは例外らしいぞ。領主様がエルフ族と親しくて、街の住民にも偏見が無い。エルフの森との交易も盛んだって話だ」
「ジムって、よくそんな事までよく知ってるわねぇ」
「騎士団の座学で習った事だけどな」
(騎士団って座学もあるのか)
俺はてっきり身体だけ鍛えている脳筋集団のように思っていたが、確かに騎士として知識は必要だな。
マルチャールはグランデール王国の西の方に位置し、人口は約4万人の織物業に特化した街だ。グランデール王国内の衣類は、殆どがここで作られていると言っても過言ではない。
先ずは宿屋を探して休憩しながら、マルチャールへ予定通り到着した報告を国王へ済ませる。あとは領主様からの連絡を待つだけだ。
宿屋でゆっくりしていると、その日のうちに迎えが来た。
「あなた様がアルフレッド騎士爵様ですね、領主様の命でお迎えに上がりました。私はマルチャール領主館で従者をしておりますヘッセンと申します。馬車を用意しましたので、ご準備が整いましたらいつでもお乗りください」
礼儀正しい従者さんだ。でも、俺たちが乗ってきた馬車で行った方がいいのではないか?
「皆様の馬車は、別の従者が領主館までお運びさせていただきます」
疑問に思っていると、ヘッセンさんが教えてくれた。「領主館の馬車でお迎えに上がるのが、目上の人に対するこちらの礼儀です」だそうだ。
そして、王命を受けて動いている貴族は、王族に匹敵する権威を持っている。ここの領主様はそう考えられているとのこと。
「ようこそお越しくださいました。マルチャール領を治めております、ラファエル・フォンテーヌ・マルチャールと申します。こうやって対面でお話しするのは初めてでございますね」
「私はグランデール国王陛下より、魔道具の設置の命を受けて旅をしておりますアルフレッドです。この3人はパーティメンバーのジェームスとエミリー、それにミラベルです」
自己紹介する時には、私からの命で動いている旨を必ず入れるようにと陛下から言われている。俺を受け入れた貴族は領土内外に王国に対する忠誠を示す事となり、大きな意味を持つのだとか。
(貴族ってよく分からないな)
「これは、皆様お揃いで有難うございます。国王陛下の命を受けたアルフレッド騎士爵様と、王国名誉勲章を授かった皆様をお招き出来たことは、身に余る光栄でございます」
「マルチャール領主様のお言葉、必ず陛下にお伝え致しましょう」
「有難き幸せです。さて……堅苦しい挨拶はこのくらいにして、設置して頂ける魔道具のお話に移りましょうか」
これまでは社交辞令の様なものだったようだ。こんな会話は慣れていないし、俺もやりたくはない。
「転移ドアの設置と聞いておりますが、一度に何人ほどの移転が可能なのでしょうか?」
想定していた質問に一つずつ答えていく。
一度に何人の転移が可能なのか、魔石はどの程度の頻度で交換すればよいか、ここから転移が可能な場所、転移する為の手順、手続き等の取り決め事項を詳細に説明していった。
「説明したことは一通りこれに書かれておりますので、目を通されておいてください」
各領主館に設置することでルール決めが必要だろうと、作成したマニュアルを領主様に手渡す。
「これは助かりますな」
「では早速設置を行いましょうか」
「分かりました。では、ご案内しましょう」
案内されたのは兵舎の中だった。ここマルチャールは辺境の街エルミンスターと王都の間に位置し、有事の際にはどちらにも兵を動かせるように兵力を確保している。このため、兵力の移動に都合がいいのは兵舎なのだという。
「ではこの部屋に設置させていただきますね」
魔道トートバッグから取り出した、魔道転移ドアを組み立てながら床に固定する。どこでもやっている事なのだが、ここの床は土間なので他と違って勝手が違う。アンカーを床に打ち込んで固定することにした。
「これはこの地方の特産品であるシルクの反物です。馬車に乗せる状態で用意していますので、是非お持ち帰りください」
この地方は蚕の養殖から生産される生糸と、綿花から採取される綿糸、羊のような動物から取れる毛糸の生産がどれも盛んだ。特に艶やかな生糸は、シルクの生地にして貴族のドレスなどに用いられている。
「沢山のお土産品をいただき、誠に有難うございます」
二人で持たないと重そうな箱の中に、びっしりと並べられた奇麗なシルクの反物を見た時、これでエミーの花嫁衣裳を作ったら、さぞや奇麗だろうな……なんてことを思ってしまった。
次に向かったのは、砦の町エルミンスターだ。
北のバーン帝国に対して、唯一陸路が繋がっている辺境の街であり、エルミンスター辺境伯が砦を守っている。街の北側には砦があり、そのまた北にはバーン帝国側の砦がある。
以前からバーン帝国との国交はない。この砦を通れる者は、国から認可された交易証をもつ商人だけに限られている。
「よく来てくれた、アルフレッド殿。歓迎するぞ」
エルミンスターの領主様は、がっしりとして屈強そうな体躯をもつ軍人だ。あご髭も豪華なため、森から出て来ようものならクマと間違えて撃ってしまいそうだ。
「卿が作られた転移ドアの話を聞いて、この魔道具はエルミンスターにとって大いに役立つ魔道具と心得た」
この街はバーン帝国との国境の街として作られている。兵隊は常時5千人ほどが常駐し、農業や工業を生業とした防人の里がエルミンスター周辺には多く点在している。
「1日に何千という兵をあっという間に動かせると言うではないか。これがあれば常時5千の兵もたった1日で1万に増強することができる。更にこの周辺から兵を集めれば、一気に2万の兵をこの砦に集結させる事が出来ようぞ」
バーン帝国が仮にこの国を攻めて来たとした場合、せいぜい2万の兵だと予測されるのだとか。
砦が建設されているため、2万の兵が障害なく流れて来られる訳ではない。こちらに2万の兵が集結している事が判れば、敵は攻めて来られないだろというのがエルミンスター辺境伯の見方だ。
「倍で攻めて来ようとしても、撃退するがな。ハッハッハ」
この屈強な守りが、長年グランデール王国を守ってきたのだ。
エルミンスターもマルチャールと同様に兵舎の中に魔道転移ドアを設置した。




