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第71話 ミラの暴走

 22階層。

 バグベアーやトロールが行く手を塞ぐと、ミラが前に出て魔道ロッドを構える。


「ファイアストーム!」


 魔物単体の場合は『ファイアボール』で十分だった。しかし、22階層より下はこのクラスの魔物が2体で現れることが多い。


「おいアル、あいつ大丈夫なのか?」


 ジムもミラの事を心配しているようだ。

 前衛でもない魔術師のミラが、前衛の俺たちを差し置いて魔物に先制攻撃をかましているのだ。


「マズいかもしれないな。ジム、魔力切れになったらあいつを回収してくれ。魔物のほうは俺が何とか対処するから」

「分かった」

「ねえミラ、あんまり無理するんじゃないわよ?」

「うん、でも楽しい。フレイムバースト!」


 今の彼女は、聞く耳を持たない様だ。


 魔道ロッドからは「ゴオォー」という音を伴った火炎が発動され、次第に大きくなりながら魔物の方に向かってゆくのだが……。

 複数の魔物でも、範囲の広いフレイムバーストならば大丈夫だ。いや、大丈夫じゃなかった。


 3体のトロールの群れに果敢に立ち向かっているミラは、フレイムバーストを唱えた直後にいきなり倒れた。当然魔法の炎は魔物に当たらず炸裂もしない。


「ミラ!」

「ジム、回収!」

「おう!」


 ジムがミラを回収している間、俺は魔道ガンの銃口をトロールに向け、連射する為に両手を添えて構えた。

 マズいな! 動くトロールに対してトリガーを引くが、ジムたちへの安全機能が働いてトリガーを引けない場合がある。


 ジムはミラを背中に背負いながら片手で大剣をコントロールし、複数のトロールの攻撃を上手く対処しているが、これも決定打に欠けている。せめて相手が動かなければ……


「エミー、スタンをお願い!」

「えっ、スタン?! 覚えたけど、短縮は無理……」

「分かった」


 通常詠唱じゃ間に合わない。俺は、魔道ガンをトロールに向けて構え、小さく呟いた。


「スタン」

「えっ? ええっーーー?」


 3体のトロールは動きを止めた。


(魔道ガンにも、魔道ロッドの機能を持たせておいてよかった!)



「エミー、助かった!」


 ジムは動きを止めたトロールを苦も無く屠ってゆく。こっちを振り返ったジムは、スタンを撃ったのがエミーだと勘違いしているようだ。


「ねえ、何で……? 何でアル君が魔法?」

「帰ったあとゆっくり話すよ。先ずは魔力切れで倒れたミラを連れて帰ろう」

「うん……わかった」


 ジムがミラを背負ったまま、こっちに歩いてくる。


「ミラは大丈夫か?」

「大丈夫そうだ。ボーとしているようだが、ちゃんと意識がある」

「すまんジム、急に倒れるとは思ってなかったし、安全機能が働いてうまく撃てなかった」

「スタンで動きが止まったから大丈夫さ、これを持っててくれないかアル」


 大剣の鞘を俺に持ってくれと言うジム。


「ねえ、大剣を持ったままミラを背負えるの?」

「何かあった場合のために大剣は手にしていたいし、それに鞘から出したほうが軽いんだよ」


 魔道大剣は鞘に入れてしまうと風魔法を展開できない。

 大剣自体は重さが12kgあるのだ。普段は鞘に入れて背負っているが、今はその場所をミラが占領してしまっている。


 転移魔法陣のある25階層まで戻って地上に出る。

 俺たちは迷宮入口で定期馬車を暫く待って、ルナの町には夕方前に到着した。


「ジムとエミーは宿泊所に行って、ミラを見ててくれないか? 俺は冒険者ギルドに寄って魔石の買取を依頼してくる」


 ジムとエミーにミラを任せると、俺は冒険者ギルドに向かった。

 1日だけで魔物から回収する魔石の量はかなり重くなるの。毎日買い取ってもらわなければならないのだ。

 俺が受付のリリアンさんに魔石の買取を依頼していると、横からいきなり腕組みをされた。


「アール君!」

「お、うお! ……リアナさん」

「おひさー 元気そうだね」

「リ、リアナさんも元気そうですね……」


 いきなり腕を組んでくるとは、3年前のままだ。


「うん、元気だよ。実はアル君が魔道学園を卒業した後にこっち来てるの知ってたんだけど、女の子二人を入れたパーティでいつも一緒にいるんだもん。何だか話しかけにくくてさー」


 俺が気付いてないだけだったのだ。


「俺らの事、見てたんですか……」

「うん、みんな仲が良さそうだよね」

「みんな、ここの孤児院の幼馴染ですからね」

「そっかそっか、それじゃあ私のことを忘れちゃってもおかしくないよねー」


 リアナさんの事は、ずっと忘れずに覚えている。


「……リアナさんのこと、忘れる訳ないじゃないですか」

「え、そうなの? 嬉しーい」


 あの日、衝撃的なキスをしたあと「私のこと忘れないでね」と言い残して走り去ったリアナさんの事を、俺がどうしたら忘れるって言うのだろうか?


「実は私ね、アル君のこと待てなくて結婚しちゃったんだー」

「?!……」

「あは、ごめん、ごめん。『アル君を待てなくて』は冗談だけど、最近結婚したんだー。相手はね、君も知っている暁星集団のエリクなんだよ」


 俺はあの日からずっと心の片隅にリアナさんが居て、エミーといる時であっても心のどこかにリアナさんが潜んでいて気になっていたというのに……。

 彼女は「俺を待てなかった」と言ったのも冗談だと笑っているのだ。


(女心と秋の空って言うもんな)


 あの時の事をまるで忘れてしまったかのように「だからね、新婚なんだよー」と笑っているリアナさんを見ていると、胸のつかえが下りていったような気がした。


「それは、おめでとうございます!」

「うん、ありがとね。アル君も頑張りなよ。じゃあまたねー」


 リアナさんは昨年の10月に結婚したのだそうだ。

 去り際に 「私のこと忘れないでね」と言ったのも忘れてしまっている女心というのは、俺には理解できないままだけど、まあ、リアナさんが今幸せだったらそれでいいか。

 そう自分に言い聞かせて、冒険者ギルドを後にした。


 宿泊所のフェアリーナイトに戻ると、エミーたちにミラの状況を聞いた。


「大丈夫みたい。喋ることは出来てたから、明日の朝にはケロッとしてるわよ」


 俺は知らなかったけれど、ミラはこれまでに何度か魔力切れで倒れた事があるらしい。魔力量が他の人より多いので、それ故についつい調子に乗ってしまうことがあるようだ。


「あいつは冷静に物事を見てるかと思えば、どっか子供っぽく無邪気なところが有っから、俺たちが注意しとかなきゃなんねえな。それとこれ、夜にはひもじくて起きるだろうから」


 今は寝ているようだが、夜中に起きてひもじい思いをするだろうからと、ジムが買ってきた焼きパンと果物ジュースをエミーに渡している。


(意外とこういうところ、気が付くんだよねジムは)



 次の日朝、俺とジムがいつもの訓練を終えた後に宿泊所のロビーにいると、案の定ミラはいつもと変わらない様子で降りて来た。


「エミー、ミラも元気そうだね。おはよう」

「お、ミラもおはよう。顔色もいいみたいじゃねぇか。朝飯にすっか?」

「うん」


 いつもの通り表情はないが、迷惑かけてごめんと言っている様な気がする。


「みんなおはよう。夜中にミラが起きて『お腹すいたー』っていうから、ジムの焼きパン食べさせたよ。ジムに貰っててよかったよ」


 エミーがそう言うと、ミラのほっぺは少し赤みを帯びた。

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