第68話 帰郷1
ルナの町の中程にある定期馬車の発着所に降りた俺たちは、まず最初にどこに行くか決めていた。
言わずもがな、孤児院である。
「あ、ミリアさんお久しぶりです。マデリーンシスター長はいらっしゃいますか?」
孤児院は以前と変わらず、子供たちの声で活気があった。
「ああ、エミリーさん、ミラベルさん、それにジェームスさんとアルフレッドさんも! ああー、皆さん何だか暫く見ないうちに立派になられましたねぇ」
「ミリア先生もお元気そうですね」
「はい、元気にしておりますよ。実はですね、マデリーンシスター長は昨年で退役されていまして、今年から私がシスター長の任務を仰せつかっているんですよ」
「ええー、そうだったんですか、それは失礼しました。ごめんなさい」
「いいんですよー。私もまだシスター長といっても名ばかりで、子供たちからそう呼ばれると、まだこそばゆい感じがしますからねぇ」
マデリーン元シスター長は、俺たちが孤児院を出た時には結構お年を召していらした。あれから6年が経ったのだから色々と変わっていてもおかしくない。
「シスター、コホン。マデリーンさんは今はどうされているのですか?」
「元気にしておられますよ。最近は町の北側の静かなところに家を買われていましてね、その家の庭にハーブ園を作ったとかで時々ハーブ茶を持って来てくださるんですよ」
「お元気であれば何よりです。マデリーンさんのハーブ園も訪ねてみたいですね」
「ぜひ行ってあげてください。喜ばれますよ」
退役をされたあとはハーブ園を作って、お元気そうに過ごされている様で何よりだ。この4人で訪ねると喜ぶだろうな。
エミーに目を向けると、やはり行きたそうな顔をしている。彼女の目を見ながら、俺は頷いてみせた。
「では、これからマデリーンさんの所に行ってみます。みんなもいいよね?」
「ああ、いいぞ」
「うん」
「勿論だ。ああ、それから俺たちは冒険者になって、この町を拠点に迷宮探索を行う事にしています。孤児院の方にもその内お世話になるかもしれませんので、その時は宜しくお願いします」
「冒険者になられたんですね、では万一お怪我などなされたときは教会をお尋ねください」
ミリアさんはエミーが魔術師になって、ヒールが使えることを知らないのか。エミーが申し訳なさそうな顔をしている。
「あー、ミリアさん。いえ、ミリアシスター長。実はエミーとミラは魔道学園を卒業して魔術師になっていましてですね、エミーはエリアヒールまで使えるようになったんですよ」
「え、エミリーさんエリアヒールまで…… すごい! それでは私のヒールなんか必要ないですね、ハハハ。それにシスター長と言われてもまだピンとこないんですよね、これまで通りミリアと呼んでくださいね」
「ミリアさんは前シスター長と同じように、孤児院や町の皆さんを助けてあげてください。私たちもそうしてみんな元気に育ってきたんですから」
「そうですよね。私はここにいる孤児院の子どもたちを、元気に社会に送り届ける使命があるんですものね」
「是非そうしてください」
「ふふ、皆さん心も大人になられましたね。私も嬉しいです」
ミリアさんもシスター長になったばかりで色々と大変なんだろう。少しやつれ気味なところが気になったが、エミーたちが時々行って力になりたいって言ってるから多分大丈夫だろう。
マデリーン元シスター長の住所も聞いたのでその後すぐに会いに行った。
彼女は60歳を過ぎて孤児院を退職したあと、街の北側の小さな家に住み、開墾した庭の畑で様々なハーブを植えて楽しんでいた。
「まあまあ、6年も経つとみんな大きくなるのだわねぇ。それぞれ違う道を歩んでいくのだと思っていましたが、またこうして集まって仲良く活動しているのを見ると私も嬉しくなりましたよ」
彼女は、自慢のハーブティーをご馳走しながら、俺たちが孤児院時代の思い出を楽しそうに話してくれた。
シスター長の時には鋭い目つきをしていた彼女が、今では柔和で穏やかな目をしているのが印象的だった。
いろんな意味で『ありがとうございました』と頭を下げて、マデリーンさんのハーブ園を後にした。
「さて、先ずは拠点にするための宿を決めないとな」
「宿っていえば、あそこしかねえんじゃねえか?」
「あそこしかないよね」
「他にもあるけど古い」
「そうだな、あそこに行くしかないよね」
ここは冒険者の為に作られたような町だ。なのに、冒険者の為の宿屋が『あそこしかないよね』と言われるのはなぜか?
前々回のスタンピードで、この町は壊滅的な被害を受けている。
フェアリーナイト宿泊所は、その時にいくつもの宿屋を1つの大きな建物にした集合住宅の様な宿泊所だ。
部屋数がなんと300部屋以上もあって、大型ホテル並みの規模だ。
俺たちは早速、部屋を借りて部屋を見てみた。
「小さいころから見慣れた宿泊所だけれど、一度泊まってみたかったのよね」
「中がどうなっているか、見た事なかったもんな」
「意外と狭いよね」
ここフェアリーナイト宿泊所は、2人部屋か4人部屋かのどちらかしかない。俺たち4人は2人部屋を2部屋借りて男女に分かれて泊まることにした。
2人部屋の中の広さは、魔道学園の寮に比べるとかなり狭かったのだ。
「まあ、こんなものじゃないか?」
部屋の中にはベッドが2つとテーブルが1つ。ベッドと反対側の壁には小さな物置とクローゼットがある。そして驚いたことに、入り口の隣には地球のホテルの作りと同様に水場とトイレがあるのだ。
風呂桶やシャワーこそないが、予め水を溜めておくことで押したら水が出る魔道具が各部屋に配置してある。トイレも水で流れていくようになっているが、どこに流れていくのだろう?
「各部屋に水場があるのはいいよね」
「水が出せる魔術師にとっては有難いわね」
「アルに覗かれる心配もない」
「なんで俺?!」
(ミラは冗談だと分かるけど、エミーさん何で目を細めて横目なの?)
小さな宿泊所では洗い場が男女共同だったりする事があるので、女性の冒険者には敬遠されることが多い。しかし、ここはその心配もないようだ。
宿泊料金は1泊1部屋で銀貨2枚だが、1カ月単位で借りれば大銀貨3枚と大変リーズナブルな料金になるのである。
「晩飯はどこで食う?」
「私、魔法の花園亭がいい!」
やっぱり、女性に人気の居酒屋らしい。
「俺はやだよ、ドラゴンの鱗亭がいい」
「えー、あそこ男ばっかり」
「じゃあ、勇者食堂にするぞ」
「わかった」
「うん」
「そこでいい」
フェアリーナイト宿泊所の1階は食堂街となっており、いくつもの食べ物屋が軒を連ねている。
勇者食堂は、冒険者の客も多いが一般の人もよく利用する大衆食堂兼居酒屋であり、食堂街の中で一番大きな食堂だ。
1日で最大1000人ほどの冒険者が宿泊できるフェアリーナイトには、食堂もたくさん必要なのである。
夕食を食べながら、2日目の行動をどうするか話し合った結果、それぞれにお世話になった場所を訪ねることが決まった。
俺は、マルコさんの魔道具店とガレットさんの工房を訪ね、ルナの町に戻って来たことを報告しに行こうと思っている。




