第57話 調査隊帰還
セージトータスの魔石を馬車に載せた俺は、魔石と一緒に荷台に乗り、馬車の中で色々考えながら港町エイヴォンを目指した。
昨日の夜にニーナから指摘されたことが頭から離れないのだ。
俺はエミーの事を守ってあげたい大切な姉弟ではなく、一人の異性として見るようになっている自分に気づかされた。
思い返してみると、魔道学園に入学した時にエミーと再会してからは、これまでとは違う感情が宿っていた。
そして、様々な場面での自分の気持ちやその時にとった行動が、エミーを意識していたものだと今更ながら気づいてしまったのだ。
エイヴォンに着くと、前に泊まった宿屋に再度泊まることになった。部屋割りも同じだ。
「俺は今夜、領主様に一連の出来事について報告に行かねばならない。後の事は副長に任せるから、調査隊の皆にはこれで美味い酒を呑ませてやってくれ」
部屋に入ると、レオノール隊長からリチャード副長に調査隊の祝勝会をするようにと軍資金が渡されていた。
「はっ、ありがとうございます。皆が喜びます」
「ああ、あんまり派目を外すなよ」
「了解であります」
敬礼までして、リチャード副長はとても嬉しそうだ。
隊長を見送った後、俺と副長のリチャードさんが各部屋に祝勝会の連絡をして回った。すると、祝勝会場となった飲み屋さんには、あっという間に調査隊の全員が集まった。
「今日の祝勝会は、騎士団長から軍資金を預かったぞ。獣人族の村も殆ど被害が無く、皆よく頑張ったとの仰せだ。今日は、皆美味しいメシと美味しい酒を腹いっぱい楽しんでくれ。特に今回一番の功労者であるアルフレッド君には、お店で最高のコースを楽しんでもらうようにとの事だ」
「おおーーー!」「やったねー!」
「あの、リチャードさん。さっきレオノールさんが『あんまり羽目を外すなよ』って言ってませんでした?」
「ああ、あれね。団長がああ言うときは、『羽目を外すくらい飲んでもいいぞ』って意味なんだよ」
(え、そういう決まり事があるの? いや、それって本当に本当?)
ここエイヴォンは港町である。南側を海に面しており、漁業も盛んなため美味しい魚料理も多い。
外国から仕入れているらしいワインや蒸留酒も、比較的安価なうえに料理にもよく合っていて美味しい。
「君は騎士団の中でも一人だけ若いのねぇ、ねえ君お名前は? 何歳?」
「いやあ、俺は騎士団じゃあないんですよ。まだ学生なんです。皆アルって呼んでます」
「学生って言ったら、あの王都の?」
「王都の魔道学園です。今は高等部ですね」
「わあ、すっごーい! アル君、幹部候補生じゃないのー」
「いや、俺は魔術科じゃなくて、魔道科だから幹部候補じゃないんですよ」
「魔道科だって、誰でも入れるわけじゃないわよ。結構高い授業料を払わないといけないからお金持ちしか行けないのは知ってるわ。うふ」
なんか、最高のコースとやらを副長が頼んだら、お姉さんが一緒に付いてきたのだ。
それを見たほかの騎士さんたちも何人か、自腹で最高のコース料理を頼んでいたが、俺と同じようにお姉さんが付いて来た。
「はい、アーン。ささ、飲んで飲んでぇー」
さっきからアーンして食べさせられて、お酒も進められている。さっきから結構飲んでるなー。
「で、アル君は今何歳なの?」
「えっと、15歳です」
「まだ15歳なんだー若いぃー、でももうすぐ成人だね。 恋人っているの?」
「い、いませんよ」
一瞬、エミーの顔がよぎったが、また一瞬で引き戻された。
「あは、いないんだー、はい飲んで飲んでー」
「今回みたいに調査隊に同行させられたり、前には討伐研修にも駆り出されたり忙しいんで、そんな余裕は……」
これはけっこう……酔いが回ってきたぞ。
「じゃあさ、一足先に大人の階段を上ってみようか」
「階段……ですか?」
「そうそう、階段。お姉さんと一緒に」
「階段てどこの?」
「あそこの階段だよー、ね、行こ行こ?」
俺はお姉さんに手を引かれるがまま、ふらふらと薄暗い明りが灯った奥の階段を上って行った。
それはまさしく大人の階段だった……
どれほどの時間が経ったか分からない。大人の階段を降りるとまだまだ宴会は続いていた。しかし、お姉さんの数だけ騎士さんの数も減っている。
「君、凄くよかったよ。背も高くてたくましくて、お姉さん惚れちゃいそうだよ、チュッ」
お姉さんの口づけも、もう何回目だろう。
「のど乾いちゃったから、あたしも飲むねー」
(はい、飲んでください、飲んでください。あ、それ俺に飲ませてくれるんですか)
すぐ隣の騎士さんが、俺たちの方を見て話しかけてくる。
「アル君はいいねぇ、こんな美人のお姉さんに口移ししてもらってー」
(はい、なんか口移しでお酒を呑ませていただきました)
「彼が作った武器はね凄いんですよー、こーんな大きな魔物を一撃で倒すような長くてめっちゃ強い武器を持っているんですからー」
この騎士さん、名前何だったっけ。酔っぱらってるから良く分からんが、俺が持って行った武器の話とかこんな場所でしていいのか?
「私知ってるよー、彼の武器は長くて大きかったよ。私も一撃で落とされちゃったー」
(え、何の話? 魔道ビームライフルの話?)
やばい、俺も口移しのお酒で意識を落とされちゃいそうだ、壁がぐるぐる回ってきた。
次の日、俺は軽い二日酔いの中、何とか目覚めることが出来た。地球の知識が、『これは二日酔いだ』と紐解いてくれる。
アルコール分解速度はこの体、結構早いようだ。
「アル君、起きたかい? 昨日はけっこうお楽しみだったねぇ」
リチャードさんがニヤニヤと話しかけてくる。
(ヤバい……途中から記憶がないぞ)
「あの……俺、昨日何か変なことしてませんでしたか?」
「いや、別に変な事はしてないぞ」
「そうですか、よかった」
「男として当たり前のことをしただけだからな。帰りはちょっと肩を貸さなきゃ真っ直ぐ歩けなかったけど、そんなの誰でも一緒さ」
(あ、思い出した! 昨日は大人の階段を上っていったんだった!)
あんな形で童貞を卒業したけれど、地球の記憶からすると経験済みだった。でも肉体は初めてだったのだし……考えただけで頭痛っ。深く考えないようにしよう。
「あの、レオノールさんは?」
「ああ、団長は領主館にお泊りされたと早馬で連絡があった。領主様もセージトータスの討伐と被害が最小限だったことをたいそう喜ばれてね、領主館でもお祝いがあったのだそうだ」
朝食を済ませたあと、調査隊長の戻りを待つ間に俺は土産物などをゲットした。それから王都に向け出発したのだが、エイヴォンからは馬に乗せてもらっている。前の日の悩み事が、なんだかスッキリしていたのだ。
「アルフレッド君、エイヴォンの領主が君に宜しくと言っていたよ。またいつか会いたいそうだ」
王都に次ぐこの国2番目の都市、ここエイヴォンの領主様はフレデリック・クラーク・エイヴォン侯爵である。
俺が初めて国王に謁見し、魔道ビームライフルの試し撃ちをしたときに見物人の中に居た一人だ。
マーガレット王女殿下のお母さんであるキャサリン第3王妃はエイヴォン領主様の妹君にあたるらしい。
(あ、それでメグはマーガレット・クラーク・グランデールなのか?)
「あまり貴族様とはお知り合いになりたくないですねー」
「おいおい、君が今更言っていい言葉ではないぞ。国王に謁見をした時点でそれは諦めなければなかったのだ」
(さいですかー)




