第56話 シルシェア盆地の調査
「えーっとねアルフレッド君。君を呼んだのは、魔石と素材の事なんだが……」
「魔石ですか?」
獣人族と騎士団とで、手分けしてセージトータスの処理をしている様子を見ている時、騎士団長から呼ばれたのだ。
「ああ、君が仕留めたから魔物の魔石は君に所有権がある。この村の長カザムさんもそれは同意見で君が持ち帰るべきだとの意見だ」
(魔石って大きいのかな?)
「魔石というのはどのくらいの大きさなんですか?」
「中を探している最中だけど……30マタール級の魔物だから、その巨体を維持するだけでもかなりの魔力が必要になる。だから……おそらく、この位の大きさにはなるだろう」
手で示してくれた大きさは、バスケットボールくらいの大きさだ。そう聞いたら早く見てみたい。
「俺は魔石を貰えれば、他は何も要りません」
「フフ、君は多分そう言うだろうと思ったよ」
「いいのかそれで……この肉をエイヴォンまで運んで売れば、かなりの収入になる。討伐の礼もしなければならんが、今は良い謝礼が思い当たらんしな」
カザムさんはそう言うが、俺は魔石があれば十分だ。
「それではこうしませんか。アルフレッド君には取り出した魔石を1つ。私たち調査隊は、報告に必要な頭部と腕及び足の片方づつ。それに馬車の負担にならない程度の肉を少々いただいて、残りはこの村で分けるという事でどうでしょう」
「それで本当に良いのか? この村はかなり得をしたような格好になるが……ああそうだ。であれば、このニーナをアルフレッド君にあげよう」
「やったー!」
(そんな、子猫をあげるたいに…… いや、子猫なのか? 若干1名、ガッツポーズで喜んでいる子猫がいるのだが……)
「お断りいたします。俺には王都に、大切な女の子がいるんです」
「そうか? ……それは残念だな」
「だから、分配はレオノール隊長が言われたようにお願いします」
こうして配分は決まったが、俺の魔石は次の日まで見つからなかった。
セージトータスを討伐した次の日の早朝。再度レオノールさんに呼ばれて村の広場に行くと、そこにそれは鎮座していた。
バスケットボールより大きく、抱えきれないほどに大きい魔石だ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。魔石が見つかったぞ。これがセージトータスの魔石だ」
「結構大きかったんですねぇ」
「ああ、予想していたより大きかったよ。これだと、陛下にもお見せせねばならんだろうな」
「ええ、陛下に見せることになるのは想定の範囲内です」
あの国王陛下の事だから、ぜったい一目見せろって言いだすだろうなと。
「君も最近は分かってきたようだね」
「騎士団長様のご苦労、お察しします」
多分、レオノールさんは陛下に振り回される側の人だ。
「アハハハ、君は面白いねぇ。ところで、今日はシルシェアの盆地を調査することになった。君は、ここでゆっくりとすることも出来るがどうする?」
「俺も付いて行きます、行かせてください」
(ニーナさんに付きまとわれそうだから、連れて行ってください)
「分かった。朝食を頂いたら出発するから、君も準備をしておいてくれ」
魔石は村長に預けて、シルシェア盆地という場所の調査に行く事になった。
朝食には、昨日のセージトータスの肉が出てきた。脂がのった濃厚な味で美味しいのではあるが、朝に食べるのは少々微妙だった。
◇
セージトータスが通った道を逆に向かうと、3時間ほどでシルシェア盆地というところに到着した。
この場所はエルツ山脈の南西に位置している。エルツ山脈は、グランデール王国とカルトール公国との国境に跨る、標高が千メートル級の山々だ。
シルシェア盆地は、森の中なのにここだけ木が生えていない不思議な場所だった。
「あのあたりが、リトルトータスの生息地だね」
あのセージトータスは、このリトルトータスが魔物化し巨大化したものだという。この1m程度のカメが、なぜあんなに大きな魔物に変化したのか、そしてその傾向がまだ見られるのかを調査するのが今回の目的だ。
「リトルトータスには近づいても大丈夫なんですか?」
「こいつらは大人しい性質でな。通常は触っても何もしないから大丈夫なんだが、魔物化の傾向も心配される。武器は離さない方がいいだろう」
見た目は、地球のゾウガメみたいな感じだ。
「報告します。確認したところ、現在この場に生息しているリトルトータスは38匹であり、この中で魔物化の予兆がある個体は確認されませんでした」
調査隊の一人が隊長に報告している。地形の変化等も見られないし、とりあえず脅威は認められないとのこと。今回のセージトータスの発生事案は、単発的なものと報告することになるという。
ただ、その静けさがあまりにも整いすぎていることだけが、妙に気になった。
村からの出発は次の日に決まり、俺たちはこの村にもう一泊することになった。夕方には、昨日討伐したセージトータス三昧の大宴会が始まった。討伐祝いの意味もあるのだという。
「いやあー、今回のセージトータスの討伐では大活躍だったな!」
俺は村長のカザムさんから強いお酒を飲まされている。これまでは、ワインの水割りかエール酒のような弱いお酒しか飲んだことが無いのに、久しぶりに強いお酒を飲んだ感じだ。
「最初は魔道ビームライフルの攻撃を弾かれたので、正直どうしようかと思いましたよ」
「あの武器は君が開発したもんだと聞いたが、本当なのか?」
「まあ、考えたのは俺ですかね」
「その年で大したもんだ、あれは国宝級の武器なのだろう?」
(国宝級とまで言うのは、少々盛りすぎだ)
「国宝級というのは大げさですが、王宮騎士団で厳重に管理されていますね」
「ハハハ、それを国宝級って言うんだよ」
「国宝級の武器を作れるアルフレッド君は、将来有望だな。やっぱりニーナをもらってくれないか。今は無理なんだろうが、よければ考えておいてくれ」
「はあ…‥」
今すぐに断ってしまうのは印象が悪い。ここは胡麻化しておくしかないか。
この世界の夜空は、地球とよく似た星空だ。天の川のような薄い帯もあるし、惑星のように光の強い星や、小さく瞬く星もある。
この惑星も地球と同じように太陽の周りを回り、そして銀河の一部となっているのだろう。
宴の酣はとうに過ぎ、酔っ払いたちが蹲って寝てしまった夜半、俺は広場の端の方で一人星天を見上げながらそんなことを考えていた。
この星で生まれたのに、別の星の知識と記憶がある。これは本当に不思議なことだ。
この星が地球からどのくらい離れているのか。そもそも同じ宇宙空間なのかさえも分からない。
誰かにこんな話を打ち明けることが……できるのなら。
「エミーは今頃何をしてるのかな?」
「エミーというのは恋人かにゃ?」
「うわっ! ビックリした!」
いきなり耳元で声がした。
「そんなにビックリしなくてもいいにゃ、あたいはさっきからここにいたにゃ」
「気配がしなかったから、いきなり声がして慌てたよ」
だって、足音も何の音もしなかったのだ。
「あたいは音もなく近づくのが得意だにゃ。で、エミーていうのは恋人にゃ?」
「いやー、恋人って訳じゃないけど、俺と姉弟っていう事になっている幼馴染の女の子だよ」
「恋人じゃないのに、その娘の事を想って名前を呼ぶのはおかしいにゃ。多分アルは気づいてないだけにゃ。胸の奥があったかくなるような求愛の匂いがしてたにゃ」
「気づいてない?」
(そして求愛の匂いって何?)
「アルは、その娘のことが好きなのにゃ」
「俺が……エミーの事を?」
「そうにゃ」
(薄々と感じてはいたが……やはりそう、なのか?)
「姉弟でも、双子でも、好きなら一緒に子供を作ればいいにゃ」
頭の中で細やかな葛藤をしていると、ニーナが突拍子もないことを言ってきた。
「何てこと言うとかいな」
ニーナが変なこと言うから、俺の言葉も変になった。
「俺たちは多分姉弟でも双子でもないとは思ってる。見た目が違いすぎているからね」
「それならエリーって娘にちゃんと好きだって言えばいいにゃ。そしてあたいもアルに好きって言ってもらえるように頑張るにゃ」
「あー……、獣人族って一夫多妻って感じ?」
「あたい達獣人族は、強い子供を作るのを最優先に考えるにゃ。強いオスは多くのメスに子供を産ませるのが本能にゃ。多分人間も同じだにゃ」
「人間も? そうなの……か?」
少しの違和感を感じながらも、星の瞬きはそれを肯定しているかのようだった。




