第29話 魔道学園
国立魔道学園。
ルノザールの数倍はあろうかという王都の街の中で、北側にあって大きな存在感を示す、魔術と魔道具研究を司る学校だ。
ルノザールからの定期馬車は、東門から街に入ると右回りに王都を回るので、最後の終点が魔道学園の直前だ。
俺は馬車を降りて少しだけ歩くと、目の前にある学園の門をくぐった。
「ルナの町から来ました、アルフレッドです」
門をくぐると、すぐ左側に守衛室の様な小さな建物があった。手前の窓を開けて中の人に名乗ってみる。
「ちょっとまってねぇ、えーと、アル、アル、有った。アルフレッド君は魔道科の優待生だね。今日こっちに来たのかい?」
「はい、先ほど到着したばかりです」
「そうしたら、どこに何があるかも分らないか。校舎の方を見たら、手前に長ーい建物があるだろう? 左半分が魔道科の校舎で、右半分が魔術科の校舎となっている」
知識の中にある田舎の小学校の校舎が、2倍の長さになったような校舎が目の前にある。なるほど魔術科と魔道科の校舎が横一列に並んでいるという訳か。
「この校舎の真ん中には先の方まで延びた通路があってな、それぞれの校舎にはこの通路から入るんだ。そしてこの通路を奥に行くと、その先にはそれぞれの科の研究棟がある。そしてさらに奥に行くと、右側に講堂、左に行くと屋内練習所がある。そしてそのまた奥に行くと、食堂があってね、その両側には男子寮と女子寮があるんだ。あと、今日が初めての君の場合は、左側にある魔道科研究棟の一階にある魔道科長室に行きなさい。分かったかい?」
いやいや、今のを覚えるのは難しいよ。俺はMR録画機能をオンにしていたので後から聞き直せるからいいけど。
「だいたいは分かりましたが、分からなくなったら誰かに聞きますよ」
「皆だいたいそう言うよ。あ、男子寮は左側だからね。間違って女子寮に入ると大変なことになるぞ」
みんながそう言うのなら、地図とか用意していないのだろうか。あと、大変なことになるって、どうなるんだよ。できれば、そこまで教えて欲しいぞ。
「ありがとうございました」
守衛室を後にした俺は、目の前に見えている建物の中央通路を目指した。
「2つ目の棟で左に行って、魔道科長室に行けって言ったよな」
(研究室ばかり並んでいるな。魔道科長室は……あった。一番奥か)
他の教室とは一味違ったドアを、俺は3回ノックした。
「誰だい?」
「ルナの町から来ましたアルフレッドです」
「ん? 入って良いぞ」
(あっ、女の人の声だ)
気が楽になって、ドアノブを回す手も軽やかになる。
「君かぁ、アルフレッド君というのは。噂で聞いてるぞー。魔道具の勉強もしていないのに、様々な魔道具をあっという間に作ってしまう天才だってねぇ」
活発そうな女性がいた。あと、あっという間に魔道具は作れませんよ。
「あの、その噂、かなり盛ってますよ」
「あハハハハ、まあそうだろうがな」
この人が、魔道科長さんだろうか?
「あ、それからね、君には優待生として……初等科としては特別なのだが、研究室を与えるように指示が来ている。陛下からの私への直接の指示だ。……ああそうだった、まだ名乗ってなかったね、私は魔道科長のミレーナ・アルケインだ」
やはり、魔道科長さんらしい。
「君、陛下に何を見せたんだい? 君と会った次の日に、陛下がお忍びで学園長と私を訪ねて来た。君が作った魔道具が素晴らしいだとか、この国には彼が必要だーとか、一方的に話をしに来てだねぇ、まあ、早い話が、君に研究室を与えて好きに研究をさせて欲しいと。そういう事だ」
次の日に来てたんか国王陛下! 身軽な王様だな。
「付いて来なさい。研究者の勘として、君を放っておけないから、私が直々に学園内を案内しよう!」
そう言って、先に部屋から出て行ってしまった。
(ちょっと待って! この国の偉い人って、どうしてせっかちなんだ?)
俺は、魔道科長直々に学園内を案内してもらった。
魔道科の教室や研究室、実験室、図書館に加え、魔術科の施設や講堂、食堂、男子寮まで一通り見て回る。
学園長室は魔術科長室の隣だった。「挨拶に行くか?」と聞かれたので、やんわりと断った。
(思っていたより、いろんな設備があって、これは当分楽しめそうだ)
「それと、言っておかなければならない事がある」
(何だろう)
「陛下からの指示で、君が優待生であることや研究室を与えられている事は秘密にしなければならない。一般の学生と同じように試験を受けて入学したことにし、授業や試験も皆と同じように受けて貰わねばならん。だから研究室に籠れるとしても、暫くは一般授業が終わってからだな」
「目立ったらいけないって事ですか?」
「まあ、そういう事になるな。君の研究室は研究棟の一番奥だ。学生は基本立ち入らん」
この学園でも、目立てば面倒なことになるようだ。
「入学式は明後日になっているから、今日と明日は自室でゆっくりするといい。寮のカギは男子寮の一階に寮母室があるから、そこで受け取ってくれ」
学園内には寮も併設されていて、それぞれに寮母さんがいるのだそうだ。
「あとそれから、女子寮には入ってはいかんぞ、大変なことになるからな」
(だから、大変な事って何なんですか!)
魔道学園の学年は、初等部、中等部、高等部と三学年となっている。多くは13歳になる年に入学し、15歳で卒業する。
しかし、初等部に入る年齢が決まっている訳ではない。
家庭の事情や入試に落ちて14や15歳で入学という事もあるからだ。さらに落第すれば卒業時には20歳ということもあり得る。
学園には、魔術科と魔道科の二つの学科がある。
魔術科は魔力の持ち主であることが入学試験の必須条件なので、おのずと貴族の子息子女が多くなる。
魔術科の一般庶民は稀にいる程度だから、肩身の狭い思いをするらしい。
逆に魔道科は貴族がいない。魔道具師の跡継ぎや、王宮魔道具院に子供を行かせたい商家などが、お金をかけて入らせるのだという。
ここが寮母室のようだ。ノックをして反応を待つ。
「今日からお世話になります、アルフレッドです」
「……ちょっと待っとくれ」
中から声がして暫くすると、恰幅のいいおばさんが出て来た。
「おや、あんた新入生かい?」
「はい、今日からこの寮にお世話になるアルフレッドと申します」
「ほーう、あんた貴族じゃなさそうなのに、礼儀正しいじゃないか」
「孤児院では、礼儀作法も一応教わりましたから」
「孤児院出かい、そりゃいいことだ。えっとねぇ、……あんたの部屋は1階の109号だね。これがカギだ。あと、部屋は二人部屋だけど、今年の新入生は男子が少ないから同室する生徒はいないよ」
夜も魔道具の開発をするだろうから好都合だ。MRキーボード使っているところを他の誰かに見られたら、気味悪がられてしまう。
それから俺は、寮母さんから寮での決まり事や食堂の利用方法などについて一通り聞いた後、自分の部屋である109号室に向かった。
部屋に入ると、制服と筆記用具、それに教科書類とノートが準備されていた。この国では製紙技術が比較的発達していて、紙が多用されている。
しかし、教科書は貸し出し品となっている。1年間を終了した時に学校へ返却することとなっているので、丁寧に扱う様に注意が記されている。
学生寮なんて初めての経験だ。この先、どんな出会いと面倒事が待っているのか――
あさっての入学式が、待ちきれない。




