第26話 王都へ
ルノザールでの馬車の乗り継ぎや、途中のリーゼでの宿泊と野営などは意外とスムーズだった。
費用は前もって領主館から商業ギルドを通じて振り込まれていたし、宿泊所の予約までもしてあったのだ。野営についても定期馬車に専任者が2人いるおかげで、何の問題もなく王都に着いた。
途中で盗賊に襲われるとか、貴族のご令嬢を助けるとかのイベントも無かった。この国は比較的豊かで、盗賊も殆ど出ないのである。
「多分、王宮の近くに貴族街があったはずなんだ」
マルコさんは、何度も王都を訪れたことがあるとの事。魔道具師になる為には王都の魔道学園で学ばなければならないし、魔道具屋の用事でも時々来るらしい。
しかし、王都は広い。ルノザール領主様の伯爵邸が、何処にあるのかまでは知らないらしく探しているのだ。
「確か、こっちの方だと思うよ」
定期馬車の停車所は王都内に数か所あって、降りる場所を指定できる。マルコさんは王宮前の停車所を指定して降ろしてもらい、貴族街を目指して歩いているところだ。
少し歩くと、いくつもの豪邸が立ち並ぶ場所へと出た。豪邸と豪邸との間には木が植えられているし、垣根もあって仕切られている。マルコさんは手前の邸宅の門番の方へ歩いて行った。道を尋ねるようだ。
「ルノザール伯爵邸を探しているのですが、何処かご存じでしょうか?」
「ああ、それなら隣の邸宅だな」
「ああ、よかった。ありがとうございました」
到着した邸宅は、庭が広くて建物も一段と豪華だ。
「ルナの町から来ました、魔道具師のマルコと申します。こっちは奉公人のアルフレッド。ルノザール伯爵様の命を受けて、本日王都に到着いたしました」
「伯爵様から聞いているぞ、ギルドカードを確認する」
門番は、ギルドカードを受け取って本人確認をしている。ちなみに俺は冒険者ギルドカードを手渡した。
「二人とも確認が取れた。入ってよいが、剣はこちらで預からせてもらうぞ」
前にも思ったが、この国は結構セキュリティーがしっかりしている。俺も一応は冒険者なのでここまでは剣を身に着けて来たが、館の中では武器は携帯できない。俺は両手剣の鞘のロックをしたまま門番の一人に手渡した。
「メイドが迎えに来るので、ここで少し待つように」
そう言って門番は、魔道具らしき装置のレバーを操作している。
「あれは、通信の魔道具って言って、こちらで操作した内容が館の方に伝わる仕組みだね。操作によって数種類の内容を伝えることができる、特殊魔道具の1つだよ」
なるほど、簡単なモールス信号の様な物か。そういえば、ルナ迷宮にもあったな。
暫くすると、館の方からメイドさんが一人、小走りで駆けてきた。庭が広いので大変そうだ。
「ハアハア、マルコさんとアルフレッドさんですね。伯爵様から連絡が来ておりますので承知しております」
「お世話になります、マルコです。こっちはアルフレッド君」
「アルフレッドです、宜しくお願いします」
「私はメイドのクララと申します。ご案内いたしますね」
俺たちはルナの町で領主様と言っていたが、王都では伯爵様と言った方がいいみたいだ。門にも“ルノザール伯爵邸“と書かれてあったし。
メイドさんは、帰りはゆっくりと歩いている。と思っていたら、急に立ち止まった。
「ああっ、忘れていました、お荷物お持ちします!」
「いえいえ、いいですよ。こんなか弱い女性に荷物を持たせたんじゃ男が廃ります」
「……恐れ入ります」
(本当は、台車のようなものを持ってくる予定だったのが、急いだあまりに忘れて出てしまったのだとか。クララさんってもしかしたらドジっ子ちゃんなのかな?)
次の日、伯爵様がこの王都の館に到着した。俺たちが1日早く着いた形だ。執務室に呼び出された俺たちは、今後の予定について聞かされていた。
「本日王宮に使いを出したから、今日、明日のうちに謁見の日時が決められて連絡が来るはずだ。それまではこの館で待機して欲しい。謁見時には私も同行するが、例の武器を国王陛下に献上することにしたい。武器は別便で王宮騎士団宛に送らせているから、もう到着しているはずだ」
「あの、謁見時の礼儀作法や服装には、何か決まり事があるのでしょうか」
気になることを聞いてみた。
「まあ、そうだな。一般庶民の場合、服装は気にせずとも良いのだ。作法については最低限の決まり事があるから、そこはメイドに教えるよう言っておこう」
(クララさんが教えてくれるんだろうか。大丈夫かな?)
「ああ、それから。武器を献上した後に、陛下は間違いなく試し撃ちを所望されると思われる。王宮騎士団の中から選ばれた者が試し撃ちを行う事になるが、その者には事前に撃ち方というか、使い方を教えておいて欲しいんだ。流石に陛下の前で、初見の者に武器を持たせる事は出来ないのでね」
「わかりました」
謁見の間での作法について教えてくれたのは、クララさんじゃなかった。年配のメイドさんで作法についても詳しい人との事だった。
庶民の謁見では、可笑しくない服なら正装でなくてもよいこと、時間は守ること。膝まづいて頭を下げて挨拶すること、陛下や重臣からのお言葉には顔を上げて簡潔に答えること、を最低限知っておけば良いと教えてくれた。
地球の知識の中にある貴族の作法とあまり変わらないが、服装はラフでもいいようだ。
(謁見の日時は、王都に到着した4日後の14時と決まった。マルコさんは日に日に顔色が悪くなっているけれど、大丈夫だろうか)
「だって、この国の国王様だぞー、これを緊張しないでいられる君の方がおかしいよ。一度君の心臓を取り出して見てみたいよー」
(いつもの、行け行けマルコさんはどこへ行ったのだろう)
謁見の日の前日、俺はルノザール伯爵様に連れられて王宮内に入った。正確には王宮騎士団の訓練場だ。
通常の場所とは入り口が異なっており、伯爵様は顔パスだった。門番の人たちが直立不動で敬礼する前を、俺は伯爵様の後から申し訳なく付いて行く。
「彼が試し撃ちを行う予定の、騎士団長のレオノールだ」
「騎士団長を務めている、レオノール・ヴァレンティーノだ。今日はよろしく」
「魔道ビームライフルの開発者、アルフレッドです。宜しくお願いします」
「聞いてはいたが、こんな若い子だったのですか……」
訓練場の広さは、国立競技場ほどあるだろうか。いつもは訓練に使っているのだろうが、今日は10人ほどの騎士が集まっているのみだ。
100mと200mほどの距離にそれぞれ、直径1mほどの丸い標的が横一列に20個ずつ用意されている。
「準備は出来ているから、早速使い方を教えて欲しい」
俺は、台の上に用意されていた魔道ビームライフルの使い方、ビームの到達距離や1マガジンでのビーム持続時間などを説明した。
「分かった。狙い通りにいくのかどうか、後はやってみなければ分からないな」
騎士団長が、では早速やってみるぞと、線が引かれた位置まで進んで構えをとる。
そして次の瞬間。「ブーン」という電気音の後、100mと200mの両方の標的が煙をあげて次々と弾け飛んでいった。
「うーむ! 聞いていた以上だな!」
騎士団長さんは、満足そうに頷きながら戻って来た。
標的の後ろの石壁にも、多数のひびが入ったり砕けたりしている所が有るが、気にしない、気にしない。
「これなら、必ず陛下は満足されるであろう。君は明日の謁見に備えなさい」
そう言って、騎士団長さんは部下に指示を出し始めた。




