第154話 ベルモント沖の島
「すごーい!」
「快適!」
「なあジム、ちょっとだけ外を見てみろよ」
「嫌だ!」
俺たちは今、上空50mの高さでナイアドからベルモントをめざして高速移動中だ。
砂漠でのワーム討伐はゆっくりと索敵しながらの移動だったのでジムは平気だったが、スピードが速くなると途端に外を見ようともしない。
スピードというよりも、風に煽られるのが怖いのかもしれない。
「お前ら、良く平気だな!」
「気持ちいい」
「お前、もうミラの尻に敷かれてるじゃないか?」
「怖えもんは怖えんだよ!」
ミラは背が低いので、下で蹲っているジムの上に坐れば見晴らしが丁度いいらしい。
ベルモントまでは、直線距離にして180km程度だ。時速100kmのスピードが出ていても加速時間を考慮すると、2時間程度で着くだろう。
そのくらいだったらジムも辛抱できるだろうし、まあいいか。
俺たちが乗るサンドモービルは、砂漠地帯を猛スピードで駆け抜けた。
「あの砂漠の先に見える街が、ベルモントみたいだね」
「港町なんだね」
スピードを落として眺めるベルモントの街は、港町のテルミナと同様に商船らしき船がいくつも停泊中だった。
◇◆◇
街に着いた俺たちは、墓守のフィリップさんとの約束を果たすためにリュシアノス伯爵がいる領主館を訪ねた。
「姉さん……いや、これはまた姉さんにそっくりではないか!」
アルセリア地方の領主を拝命したアルフレッド・ノーマウントであることを守衛に伝えて、招き入れられるや否や、玄関でのリュシアノス伯爵の開口一番の言葉である。
「フィリップさんから手紙が届いていたからひどく驚きはしなかったけど、こんなに姉さんに似ているなんてね……」
どうやら墓守のフィリップさんは敢えて喋らなかったのだと思うのだが、このリュシアノス伯爵はエミリーの叔父さんにあたるような口ぶりだ。
「あの、あなたは私の母とご姉弟なのですか? 申し訳ないのですが、私は何も聞いていないのです」
「ああ、悪かったね……そうなんだ。私はジェラール・リュシアノスと申しまして、貴女の叔父にあたる。……ああ、夢物語だと思っていたことが、まさかこの様な日が現実に来るとは!」
リュシアノス伯爵の言葉は、後半が独り言のように小さい声だったが、アルセリア王派であるベルモント領の領主だった彼は、何とか保身して領主に留まっている。その際に、公爵だった爵位も失っているのだ。
貴族の爵位が降格されるということはめったに無いそうだが、それだけ厳しい処置だったのだろう。
エミーの母親は、この家から嫁いで王太子妃になられたのではないだろうか。
「そうなのですね」
「ええ、ええ。王族の血が途絶えていなかったことに、私は今、とても感激しておりますよ!」
「あ、あの……」
彼は、感激するあまりエミーの手を取って両足とも跪いてしまった。伯爵という貴族が平民に対して跪くということはあり得ないが、フィリップさん同様にエミーのことを今にも“殿下”と呼びそうな雰囲気だ。
「ああ、申し訳ない……、こんな所で立ち話をさせてしまって……ささ、こちらへどうぞ」
玄関での井戸端会議だったのである。
領主はそれにやっと気付いて、俺たちを応接室に通してくれた。
「私も今日、この領主館に着いたばかりなのです」
デザル迷宮で魔物討伐三昧をしてなければ、暫く待たされたかもしれない。
「よかったです、リュシアノス伯爵にお会いできて」
「そちらも大変だったでしょう。慣れない土地で馬車に揺られて、アルセリアからは5日もかかる行程ですからな」
「ええ、まあ……でも大丈夫です。皆、冒険者ですから」
「なんと、貴族なのに冒険者の肩書をお持ちとは」
「まあ……もとは平民ですから」
ジムが変な顔して俺を見てるが、さすがにサンドモービルでナイアドから2時間で来たとは言えないだろう。
それから俺たちは、カルトール公国を滅ぼすに至った経緯を話した。
「我々が20年間もの間、悲願であった王国の奪還をほんの数日で成し遂げられたその手腕、是非とも我らの道しるべとなっていただけると有難い」
しかし、色んな話をしても話はまた元のエミーのことに循環して戻ってくる。
「そしてエミリー殿が、この国を女王陛下として引き継いでくださるのならば、我らアルセリア派は最大限の協力を惜しみませんぞ!」
「私はそんな大それたことなど出来ないです。出来る器でも無いのですから」
「そこは我らが全力でサポート致しますから、そこを何とか……」
元アルセリア王家の血を引くエミーを、何とかアルセリア王国の女王になって再建して欲しいと彼、ジェラール・リュシアノス伯爵は懇願してくるのである。
しかし、アルセリア王国の女王として国を治めるという話に、どうしてもエミーが抵抗するのをやめないので伯爵は諦めたのか、少しこのあたりを観光してみたらどうかと勧めてきた。
「エミリー殿は、ここベルモントから南に30キタール離れた島に行かれたことはありませんよね?」
「ええ、ありません」
「では是非そこに行ってみられるといい。サンゴ礁の海がとても奇麗なところですぞ」
周囲が80kmもある比較的大きな島がこのベルモント港の沖合30kmの場所にあって、海水は透き通っているしサンゴ礁で覆われているから、まるで別世界に来たような錯覚を起こすのだという。
早速次の日に、その素晴らしい別世界とやらを見るために、俺たちはその島へ行ってみることにした。
本来は船で行くことになるが、島までまる1日ほどはかかる。しかし、俺たちのサンドモービルなら時速100kmで進めば30分とかからないはずだ。
「ジムも下を見てごらんなさいよ。サンゴ礁がとても綺麗よ」
「やだ!」
またしてもジムの高所恐怖症が再発したが、下が海だともっと症状が酷いことになった。海の上に落ちる想像をしたら、足が震えるのだという。
「奇麗だね! まるでエミーの髪のように綺麗な色だよ」
真っ白なサンゴ礁が光の加減でやや紫色にも見える。まるでエミーの髪の色のように眩いのだ。
「へっ、歯が浮きそうだぜ!」
「何よもう! ジムのバカ!」
「高い所でも、口だけは達者のな」
「憎まれ口とも言う」
サンドモービルの上では皆、言いたい放題である。
「島に近づいてきたよ」
「あそこに小さな村が見えるわ」
「じゃあ、その手前で見つからないように降りよう」
村から1kmほど手前でサンドモービルを降り、俺たちは徒歩で町を目指した。
「おお!」
「何と!」
「マリア様!!」
「王妃様!」
ここで会う人のうち、若い人を除いたほぼ全ての人がエミーを見るとこの様な反応をする。
呼び方は様々だが、エミーを見た瞬間に彼女の母親を連想しているようだった。
その都度、彼女は『マリアの娘でエミリーと言います』……という説明をしなければならないが、それを聞いた島民は嬉々として『では、是が非でも女王様に』とリュシアノス伯爵と同じことを懇願してくるのだ。
リュシアノス伯爵の陰謀に嵌まったと最初は思ったのだが、ここにいる人は旧アルセリア王国では重臣だった人やアルセリア王宮の従業員だった人が、難を逃れて移り住んで来たのだという。
カルトール公国から、リュシアノス伯爵が盾となって守って来た人々だったのである。
島の南側がもっと綺麗だと言う住人たちの勧めで、俺とエミーはこっそりと二人だけで島の南側まで足を延ばした。
そして、海が良く見えるサンゴ礁の塊りの上に腰をおろす。
「こんなに沢山の人から、私の母は慕われていたんだって……何だか嬉しかったな」
「みんな、エミーが女王になれば、公務は自分たちに全てお任せ下さいって言ってたな」
「そんなこと言っても無理だよ。女王になっても何をすればいいのか全く分かんないし」
エミーはふと立ち上がり、少し先の座り心地の良さそうな岩の塊りを見つけてそこに腰をかけた。
「ここは何だか心が落ち着くわ」
波もなく穏やかな海をじっと見ていると、やれ女王様だの王妃様だのと、世知辛い話も海原を見るだけで忘れさせてくれそうだという。
しかし、それは一瞬の出来事だった!
「あっ! キャーーーッ!!」
海の中から突然現れた何者かにエミーは捕獲され、そのまま「ザッパーン」という音と共に海の中に引きずり込まれていった。
「エミーーーーっ! くっそ!」
俺は慌てながらも、エミーを助けるために先ず靴を脱いだ。




