第100話 初めてのデート
アイアンリッジから戻って半月が経った。
各所の武器の生産もほぼ順調で、この屋敷内で生産している魔道スクロールも、1600本の完了まで残り僅かになってきた。時々進捗の確認や材料不足などの問題がないか確認しているが、特に遅れは無いようだ。
(この分だと、国から要求された納期2カ月が守れそうだ)
「ねえ、お兄ちゃん」
「何? リサちゃん」
休みの日の朝、俺だけ早く目が覚めたので食堂で一人ぼんやりしていると、横からリサちゃんが話しかけてきた。
リサちゃんは聡く融通のきく子だから、使用人の前では『お兄さん』と言うが、俺と二人だけの場合は今だに『お兄ちゃん』で通している。
「あのね、お兄ちゃん。たまにはエミお姉ちゃんとデートでもしてくれば?」
「ええっ? で、デート?」
「うん、そう。お兄ちゃん、このところお仕事で忙しかったでしょ? お姉ちゃんは多分、寂しい気持ちでいると思うの。お兄ちゃんはエミお姉ちゃんの彼氏さんなんだから、もっと一緒にいた方がいいと思うの。」
「そう……なのかな?」
魔道武器の製作に2カ月という期限があったものだから、ここ最近は休みの日も材料の手配や進捗の確認などで走り回っていた。確かに彼女と向き合う時間が取れなかったのは確かだ。
「そうだよ」
「そうだな、忙しさにかまけてしまって彼女の事を構ってあげられなかったな」
「だからデートだよ」
デートか。このルノザールの街でデートって、いったい何をすればいいんだろうか?
「何処でもいいんだよ、お兄ちゃん。買い物でもいいし、二人っきりで食事でもいいしさ。教会に行って二人でお祈りするってのも有りだと思うよ」
先回りして教えてくれるリサちゃんは、やっぱり聡い子だ。
「分かった、今日暇そうだったら誘ってみるよ」
「その意気だよお兄ちゃん。エミお姉ちゃんの次は私ね!」
「え?」
「食事の準備するね」
リサちゃんはウインクして厨房に入っていった。
(冗談なのか本気なのか、この子の場合は本当に分からないんだよな)
「アルフレッドさん、ここの部分の魔法陣は魔力を蓄積する部分だから、この様に描き替えても大丈夫ですよね?」
「エレン、実はそれではダメなんだ。蓄積と言ってもトリガーがあった時に一気に放出する必要があるからね」
「ではアルフレッドさん、その場合このようにバイパスを作ってあげる方法は考えられませんか?」
「ああ、それだといいかもね。ノーラはその方法を突き詰めていけばもっと効率のいい魔法陣が描けるかも知れないよ」
朝食が終わると、エレンとノーラが魔法陣の事についてよく聞いてくるようになった。
もうすぐ2カ月の契約期間が満了になるので、今のうちに聞いておかなければという探求心の塊がそうさせているのだと思う。
俺も知識を授かった技術者の端くれだ。聞かれた事には純粋に応えてしまう。そうすると、時間もあっという間にすぎてしまう。
「しまった! エミーが食事を終えて自室に戻ってしまった」
「あ、エミリーさんと何か話があったのですね」
「申し訳ありません、気付かなくて」
「いやいや、俺が悪いんだ。部屋に行けばいいので、ではこの辺で失礼するよ」
今日はエミーをデートに誘うって決めていたのに、ついつい周りに流されてしまった。
エミーとの距離をもっと詰めなければと、俺は2階に上がってエミーの部屋の前に立って深呼吸をした後、ドアを3回叩く。
「エミー、いるかな?」
「えっ、な、なに?」
「ちょっと話があるんだけど、ちょっといいかな?」
「うん、い、いいよ」
「じゃあ、開けるよ」
デートに誘う決心をしてドアを開ける。
「やっほー」
「ミラ、もいたのか?」
「お邪魔虫だから出る。じゃあ」
ミラがドアの前にいたのにはビックリしたけど、これで話が出来るかな。
「な、……何かな?」
「うん、実はね……ここんところ忙しくして休みの日も仕事してただろう? 今日は久しぶりに休めそうだから、その、エミーと一緒にどこか行きたいなって」
「二人で?」
「うん、エミーが良かったらだけど」
「行く、大丈夫。行きたい!」
(エミーは嬉しそうだ。良かった)
「何処に行くかは決めてないんだけど、街に出てから決めようかなって。それでいい?」
「うん、じゃあ私、支度するわね」
「わかった。支度が終わったら教えて。1階の居間にいるから」
「うん!」
女の子っていうのは、デートの前にはおめかしをしなければならないって事は知っている。少々時間がかかるっていうのも知っている。
だから、一応俺もよそ行きの服に着替えて居間で待とうと思ったのだが。
「で、何でお前らがいんの?」
「気にしなくていい」
「気にするよ!」
「いやね、アルがエミーをデートに誘ってるっぽいってミラが言うから」
「ミラさん? あなたドアの外で聞いてましたね?」
「きいてないー(棒読み)」
まあ、こいつらは長い付き合いだから気付いてもしょうがないが、いったい何を企んでいるのかが気になる。
「付いてくるなよ」
「いや、俺たちは別行動だから、ねえ」
「うん」
「ふーん」
そこへ、「ガチャ!」と少し大きな音をたてて、エミーが入って来た。
「おまた、あれ? 何でみんないるの?」
「あいや、俺たちは別行動な、ミラ」
「うん、別行動」
「……」
エミーが俺に視線を向けてくる。
「何か、ばれてるんだよね」
「アル君が言ったの?」
「いーや(じーーー)」
「あぅ、私がドアに耳当てて聞いてた」
ミラが白状した。耳まで当てて聞いてたのか。
「そっか、そっか。アル君がバラしたんじゃなければいいんだよ」
「俺じゃなかったらいいの?」
「うん、別にこの二人に知られたって、今更ねえ」
(そんなものなのか?)
「じゃあ、行こっか」
「グラハムさん、エミーと二人で出かけるから、何かあったらよろしく」
「畏まりました。仲睦ましく実によろしい事です。夕食も済ませて来れられるという事でよろしいですかな?」
「あ、はい。では行ってきます」
屋敷のある高台から少し坂を下りると、ルノザールの繁華街が広がっている。商業地区の中心には広場があって、スイレンの様な植物が花を咲かせる池もある。
池の周囲には植林がされてベンチも用意されており、老若男女問わず格好の憩いの場所なっている。
俺たちは空いているベンチを探して座った。
「エミーとこうして二人っきりで話をするのって、何か久しぶりのような気がするな」
「そうだよね、いつ振りなのか私も覚えていないよ」
「魔道学園を卒業してからは、ミラとジムとがずっと一緒だったし、屋敷を買ったり、使用人を募集したり、国内の主要な街に魔道ドアを設置したりと、ずっと目まぐるしかったもんな」
それに加えて、ルナ迷宮攻略の毎日と、国王陛下からの魔道武器の量産の依頼で方々へと奔走した。
「本当はこんなに忙しい毎日を送る予定じゃなかったんだけど、どうしてこうなったのか」
「私はね、もっと力を抜いて無理をせずに、出来ることをやっていればいいと思うよ」
(力を入れすぎていると……)
「何か、困っている人を見ると、黙っている事が出来なくなっちゃうんだよ」
「アル君って、昔からそうだったよね」
「昔から……か。前にルナ迷宮に潜っている時に俺が魔法を使ったことがあっただろう?」
「うん、いつ話してくれるのか、ずっと待ってたよ」
あの時は、後でちゃんと話すって言ったままだったからな。
その後から、エミーとはちゃんと話す機会が無かったけど、今がそれを話すタイミングだ。
100話まで話を進めることが出来ました。
ここまで読んでくださって有り難うございます。
これからももっと魔道具を開発していって、あんなものやこんなものを作ってくれると思います。何を作っていくのかは、次話以降にどうかご期待ください。




