第101話 告白
「驚くと思うけど、今……話しておくべきだと思う。エミーにはちゃんと伝えておかなければならない事なんだ」
「う……うん。分かった」
「手、繋いでもいいかな」
これから重要な話をする。エミーには、俺の本音を分かってもらいたい。
目を見て話す? いやそれよりも、手を握って話すこと……気持ちを伝える手段は、これが一番だ。
「……うん」
俺は正面に見える池を見ながら、彼女の右手を優しく握った。
「まず俺は、間違いなくエミーと一緒の籠に捨てられていたアルフレッドという人間だ」
「うん、そうだね」
「そして、10歳の時にシスター長からヘアーバンドが返されたことは覚えているよね」
「アル君のお母さんが残してくれたっていう、あのヘアーバンドだよね?」
「それが、実は母さんのヘアーバンドじゃなかったんだ」
エミーは俺を見た。
「じゃあ……誰の?」
「そのヘアーバンドだと思っていたものは、実はとてもとても遠い“地球”という星に住んでいた一人の人間の持ち物だったんだ」
エミーは地球という言葉が理解できなかった為か、首をかしげている。
「これがそうなんだけど……、これはこの世界とは違う世界から、亜空間を介してこの世界に来たもので、“月見里拓郎”という人の持ち物だったんだ。で、これは一種の魔道具のような物なんだ」
俺は、装着していたMR装置を外して、エミーに見せた。
「え? 今どうやったの? ……どうしてそれが今ここに出てきたの?」
「こうやって装着すると、他の人には見えなくなるし、外すと見えるようになる」
「本当だ、不思議―っ」
「そしてこの中には、その月見里拓郎という人の脳の記憶が記録されていて、その知識や記憶を俺も共有することが出来るようになってしまったんだ」
「……それは、その人の知識や記憶を見ることができる……って事かな?」
「ちょっと違うけど、大体そんな感じ」
それを聞いた瞬間、彼女は悟ったような表情を見せた。
「それでだね。魔道学園で久しぶりにアル君に逢った時、前より大人びて感じたのは」
「そうかもしれない」
「その、ヤマナシって人は何歳だったの?」
「28歳」
「だいぶ年上だね。それで納得だよ」
(もう納得したのか?)
「孤児院にいた時には、私がお姉ちゃんだと思っていた。だけど、魔道学園でのアル君は私よりも大人になったように感じたんだ。背が伸びてたってのもあるけど、でも私にとっては頼り甲斐があるって感じで……」
「そうなんだ」
「でも、小さいころからの記憶はそのままなんでしょ?」
「勿論、そのままだよ」
「じゃあ、私は今のアル君を受け入れるよ。アル君はアル君だよ」
「ありがとう。正直、これを話したらエミーがどういう反応をするか分からなくて、……怖かったから話せなかったってのもあるんだ」
エミーがどんな反応を示すか分からずに悩んでいたことが、スッと消えていったのが分かる。
「あ、でもいつまでも君付けは良くないよね」
「んー、俺は別にいいけど……」
「う~ん、私が良くないの。これからは君を無くすね、アル……何か恥ずかしいけど」
「俺も恥ずかしいけど、そのほうがグッとくるな」
「エミー」
「アル」
もう片方の手も握り合い、上半身だけお互いに向かい合った。
「……エミー」
「……アル」
エミーの潤んだ瞳に、俺が映っている。そして、彼女の向こう側には木陰に隠れたよく見知る二人の顔半分も映っていた。
「ねえ、エミー」
「な、何?」
「向こうの木陰で……ミラとジムが覗き見してる」
エミーが振り向くと、それぞれの顔半分は髪の毛だけ見えるくらいに引っ込んだ。
「プフっ」
「アハハハハハ」
俺とエミーは、おでこを当てがって暫く笑い合った。
「おーい、お前たちそこで何やってんだ?」
ジムは昔と同様に、悪巧みがバレた時の様なバツの悪い表情をして、頭を搔きながらやってくる。ミラはいつも通りの無表情だ。
「キスするのを待ってた」
「いやいやミラ、お前たちが見てるのに気づいたら出来る訳ないだろう?」
「ごめん」
(素直でよろしい!)
エミーは池の方を向いているが、耳が真っ赤だ。
「えーっと、こいつらは無視してと。エミー、俺たちはお店とか見て回ろうか」
「う、うん」
俺はエミーの手を引いて、商店街の方向に歩き出した。
女の子と手をつなぎながら歩くのは、どんなにか恥ずかしいものだろうと考えていたが、いざそれをやってみると拍子抜けするほど自然にできる。
周囲を歩く人たちは、自分が考えているよりも俺たちには無頓着だ。
しかし、お店の人たちの中には逆に目を光らせている人もいる。
「そこのお兄さん! 彼女にどうだい、これなんか似合うと思うよ」
地面に台を置いただけの露店では、アクセサリー類を売っている。「彼女に」というフレーズが俺の足の動きを止めさせた。
赤い花の形をした髪飾りは、彼女の紫の混じった銀髪に多分合うのだろう。露天商の兄ちゃんは一目見ただけで何十と並ぶアクセサリーの中から、即座に1つを選んだのだ。
「これはなんの花?」
「ハイヒビスという花を形作ったものでね、彼女のような髪の色にはこういう赤一色の飾りが似合うのさ。“新しい恋”っていう花言葉も、君たちにぴったりだろ?」
(この世界にも花言葉ってあるのか、知らなかった)
「これ、いくら?」
「銀貨2枚だよ」
「それ貰うよ」
俺はポケットから銀貨2枚を取り出して、露天商の兄ちゃんに渡す。
「毎度あり!」
俺はエミーの方を向き、耳の少し上に髪飾りを付けてあげた。
「何だか、恥ずかしいよ」
「やっぱり似合うねぇ」
「うん、お兄さんも言うように、よく似合ってるよ」
(はにかんだ表情も、かわいいな)
「君たち二人に、良い未来がありますように」
「ありがとう」
さっきまでと違って、通り過ぎる人たちから視線を感じるようになった。これは多分、エミーの髪に向けられているのではないか?
(女性から見られるのはいいが、男から見られるのは許せないな)
昼は露店でファーストフードを購入して食べ、服飾店、雑貨店、武器屋、鍛冶屋、菓子・パン屋さんなど、この街にあるお店をいくつか回ると夕方になった。
最後にパン屋さんに行ったのは正解なのか間違いなのか。
「お腹すいちゃったね」
「夕食はこの近くで食べようか」
いくつかの店を見て回り、俺たちは落ち着いた雰囲気の料理屋に入った。
初めて入る料理店で、俺は牛肉、彼女は鶏肉のコース料理を頼んだ。最初に運ばれてきたスープは、コンソメ風の味付けがされた野菜スープだ。
「ねえ、その……アル?」
「なに? エミー」
「あなたの頭の中には、28年間生きてきた人の記憶があるのよね?」
「そうだね」
「その人って、どんな仕事をしていたの?」
彼の日本での仕事は簡単には言い表せない。プログラムの開発が主な作業だったが、このMR装置のようなハードウエアの設計も手掛けていたのだ。
この世界で分かり易く言うならば魔道具の設計かな。
「そうだな、この世界で言うと魔道具の設計が近い。特にその中でも新しい魔法陣の開発の仕事がよく似ていると思う」
「やっぱりそういう事だったのね」
地球での“プログラム”と、こちらの“魔法陣”ってやつは、見た目はだいぶ違うけれど、動きが似ているから相互変換が出来たのだと思う。
「あと、もう一つ。……その人の記憶には恋人っているのかな?」
「いないよ」
これには即答が可能だ。
「開発の仕事に明け暮れて、恋人を作る余裕は無かったらしい。何と言っても仕事場がベッドも用意された1つの個室でね、そこで寝泊まりしていたんだから」
「そう……なんだ」
エミーは何だか嬉しそうに目の前の食事を楽しんでいた。




