第36話 奸雄の門出
――転生七十五日目、午後五時、王城、謁見の間。
華美な景色に上質な輝き。
神聖さを表すように静まり返る謁見会場。
会場の中央には玉座に続くレッドカーペットが敷かれていた。
辺りを支配するのは、己の足元から響く靴音一つ。
悠然と進む傍らで、左右に控えるのは神妙な面持ちの貴族達。
彼等は皆厳かに、ボクと国王陛下の接近を見守っていた。
(……やっぱり、静かな場所は好きだな。心が落ち着く)
まるで森林浴を楽しむように歩みを進める。
――しかしその道中、チラホラと何人かの貴族達から感じる鋭い視線。
敵意とまでは行かないが、かなり警戒されている様子。
そうなるのも当然か。警戒している者達はベイルロンド襲撃がボクの……否、ヴィター家の自作自演だと推察している。頭が回る者なら、ヴィター家にとって都合の良いこの襲撃事件を見て、そこに裏があると考えるはずだ。
(でも彼等は証拠を掴めなかった。だから今、ボクはここに居る)
裏を推察した勢力が証拠を掴んでいたのなら、ボクの名声は勿論、式典その物がご破算になる。しかし式典が予定通り行われているという事実が、オリバー卿による隠蔽工作が完璧だった事の証左だ。
(政治力に長けた協力者がいると物事がスムーズで良いな。……気になる事があるとすれば、融和派の貴族達の動向か)
今回の事件で魔族との融和を望む勢力は冷や水を浴びせられたも同然。
融和派からヴィター家に対する風当たりはより厳しくなるだろう。
――レッドカーペットの先、壇上の玉座で座して待つのは国王陛下。
アヴァロン王国の国王陛下、"グラストンベリー5世"。
本名は"サジタリウス・A・グラストンベリー"という。
(こうして近くで見ると、威圧感が凄いな……)
玉座の手前で立ち止まり、左腕を背中に回して右手を自身の右胸に当てる。
それから片膝を着いて忠誠の意思を示し、国王陛下のお言葉を座して待つ。
元首らしい衣装と容姿、そして雰囲気に包まれた老年の御仁がボクに問う。
「ヴィター侯爵家長女、キャロル・L・ヴィターよ。ダンジョンにおける此度の功績を認め、其方に騎士栄誉勲章を授ける。これは其方を英雄として認め、その在り方を定める事になるだろう。……その覚悟はあるか?」
重々しい声色に響く重低音。
厳かな雰囲気も相まって、それは戒めとして心に残る。
ボクは頭を垂れたまま、当然の意思と答えを返した。
「yes, your majesty」
――国王陛下が立ち上がり、剣を手に取る音が聞こえた。
儀礼用の剣を配下から受け取って、陛下は掲げるようにして宣言する。
「今ここに、新たな英雄が誕生した」
続けて、陛下は交互にボクの両肩に儀礼剣を添えて、祝辞を述べた。
「汝に我等が主の祝福と、女神の加護が在らん事を」
儀礼剣が鞘に収められた音が聞こえる。
そして陛下が再びボクの名前を呼び挙げた。
「英雄、キャロル・L・ヴィター。面を上げよ」
「はっ……」
短く返答して立ち上がる。
陛下は配下から剣型の勲章を受け取って、それをボクの胸元に取り付けた――
▼ ▼ ▼
――午後七時、王城、パーティーホール、ベランダ。
叙勲式も無事終わり、その後にあった授与式も恙無く過ぎた。
授与式ではアナザーゲストの代表者と、ボクに協力してくれた妖精さん達が出席し、陛下から報奨と名誉を約束する感謝状を受け取っていた。
アナザーゲストの代表者であるグレイ・フィルターが表彰された事で、彼が運営する冒険者ギルド"エルドラド"と、冒険者の労働組合である"アナザーゲスト"は世間から高い評価と、認知度を得る事に成功した。
(アナザーゲストの世間的な認知度が上がった事で、次の一手……"ロミオとジュリエット計画"を進められる)
その計画の目的は"自由"を貴族社会に認めさせる事。
そして貴族と平民の在り方、そして関係性を多様化させる事にある。
――等と夜風に当たりながら思案していると、後ろから声を掛けられた。
「夜風はお身体に悪いですよ? レディ・キャロル」
振り向けば、そこに居たのは一人の偉丈夫。
アナザーゲストの代表、グレイ・フィルターその人だった。
彼の顔を見ればボクと同様、英雄の祝賀パーティーに疲れた様子。
貴族の相手に嫌気がさして、パーティーホールのベランダに出て来たのだろう。
そんな同族に、少しエッジの効いた皮肉を返した。
「夜風より、貴族のお偉方を相手にする方が身体に悪いと思いませんか?」
「ははは、確かに。不慣れな私では特にそう思いますね」
皮肉に余裕を持って応えられるなら、彼はまだ大丈夫そうだ。
という訳で、物のついでに計画の進捗状況を彼に問う。
「次の計画……ロミオとジュリエットは順調ですか?」
「ええ、勿論。既に広がりを見せ始めています。……しかしあのような戯曲、良く思い付かれたものですね。どうやら貴女には作家としての才能も御有りのようだ」
戯曲とは、ドラマあるいは舞台の事を指している。
この画策はシェイクスピアのロミオとジュリエットから着想を得た。
なので次の計画は"ドラマチックな舞台"が鍵を握っている。
「まさか。私にそのような才能はありませんよ。先人の知恵を借りただけです」
「先駆者が既に居られると……? それは一度会ってみたいものですね」
ここが地球で、今が中世と同じ時代なら会えていたかもしれない。
ボク個人としても、会えるものなら会って見たいものだ。
――不意に彼は視線をホールに向け、そして"勇者"を見やった。
釣られて視線を送ればそこには異彩を放つ三人の勇者の姿。
会場の壁際で、軍人然とした様子で規律正しく、微動だにしていない。
身動ぎ一つせず会場を俯瞰しているその様子。
それは非常に周囲から浮いて見えた。
「あれが勇者……噂には聞いていましたが、まさかあそこまでとはね」
彼が言うあそこまで、とは勇者の人格の事を指しているのだろう。
異質な覇気を纏い、まるで機械のように己を律しているその姿。
話し掛ける者など居らず、そして勇者もまた誰かに話し掛ける事も無い。
(戦術兵器としての勇者……人では無く兵器扱いだからこそ、ああなるまで過酷な訓練を課される訳か……)
そしてそれは勇者達の姿にも表れている。
白いローブで全身を覆い、顔は三人共に仮面で隠れていた。
体格の差異は分かる物の、あれでは性別すら判然としない。
(徹底した素性の隠匿。極限まで削ぎ落された個性……確かに、オリバー卿が言う通り勇者は人柱、だな……)
軍とは合理的な集合体だ。理の無い事などしない。
故に兵器として必要の無い部分は徹底的に削ぎ落される。
特殊部隊の、それも国家の戦略を担う存在となれば道理だろう。
(……と、悪い癖だな。探れば暗部に目を付けられる。只でさえ清くない身だ。なるべく勇者には関わらないようにしないと)
触らぬ神に祟り無し。
オリバー卿からの忠告を守り知的探究心から目を逸らす。
――すると、視線を逸らした先には可愛らしい妖精さん達の姿が見えた。
テーブルの上で思い思いに過ごしている妖精達。一人は満足げにお皿の上に寝転がり、一人は書状の入った筒を背負いながらスイーツを頬張り、一人は料理の飾りと一体化してキリッとアピールしていた。
(相変わらず妖精さん達は自由だなって)
周囲の事など我関せず。己の自由を謳歌する生き物達に心が惹かれる。
そんな姿を見ていると、悪戯心からつい構いたくなってしまった。
という訳で、グレイ・フィルターに一時別れを告げる。
「そろそろ戻ります。お相手ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。それではまたの機会に」
共犯者である戦友と別れ、純真無垢な妖精達の元を目指しながら、自由な生き物達の生態を調査する為に室内へ戻るのだった――




