第35話 終わりの始まり
――転生七十五日目、午前十時、ヴィター侯爵邸、自室。
アンティークなインテリアが囲む室内で、姿見と向き合う。
そこに映るのは愛しの少女。
キャロル・L・ヴィターという名の侯爵令嬢。
何の因果か、ボクが死後に転生してしまった宿主様。
――いつか取り戻すと誓った少女が映る鏡を眺め、独り呟く。
「新調したパーティードレス。キャロルに良く似合ってるな」
桃色の髪に白桃色の睫毛。
髪形はウェーブの入ったボブカット。
整った容姿にスリムなスタイル。
そして鮮やかに輝く真紅のドレス。
今日はこれから王城で社交界の予定がある。
ダンジョンでボスを討伐した功績を認められ"騎士栄誉勲章"を国王陛下より賜る。学生の身分でそれを叙勲するのは異例だそうで、今までに騎士栄誉勲章を授与されたのは極少数の軍人しかいない。
つまり、初めて"英雄"に成った一般人がキャロルである。
(荷が重いけど、これも理想的な環境を作る為の必要経費だ。割り切ろう)
誰にも干渉せず、そして干渉されず過ごせる安息の桃源郷。
それに賛同してくれる人がどれだけ居るのかは分からない。
しかし数の力は何かを得る上でも、守る上でも必要になる。
(多数派には成れないとしても、多数派に潰されない程度の数は揃えないとな)
間違い無く、ボク以外にも生き辛さを感じている人達は居る。
同じ思いを抱く人達と手を組めれば、それが変革の兆しに繋がる。
(もっとも、その切っ掛けを作るのはボクでは無く"ロミオとジュリエット"の役割だけど)
冒険者の労働組合組織である"アナザーゲスト"を通じて水面下で進めているロミオとジュリエットの布教活動。それもいずれ日の目を浴びる事になるだろう。その時が来れば、あの二人には表舞台で大立ち回りして貰わなければ成らない。
(凶と出るか吉と出るか……どっちにしろ、あの二人からは嫌われそうだな)
勝手にこんな事を計画していると知られれば、流石にあの二人でも怒るだろう。
しかしこうでもしなければボクも彼等も自由を認めて貰えない。
全ては悪魔が起こした仕業として、彼等にはキャロルを許して貰おう。
――等と悪役らしく身勝手な陰謀に浸っていると、ドアから響くノック音。
「お嬢様。お時間になりました」
「分かりました。今出ます」
声の主は執事のアルバートさんだった。
今日は王城までキャロルの兄、オリバー・L・ヴィター卿が送迎してくれる。
父であるレオナルド・L・ヴィター侯爵は前線を離れられない為、代わりに兄であるオリバー卿が社交界に出席する事になった。状況が状況だけに、今最前線はいつ全面衝突しても可笑しくない状態だという。
(魔族の襲撃はボクのマッチポンプに過ぎないはずだったけど……嘘から出た誠ってやつか)
正直ゴーレムの件に関しては状況証拠しか無いので疑問だが、最早関係が無いのだろう。これを魔族の仕業に仕立て上げれば確実に国の上層部を動かせる。父も兄も、事の真偽よりまずは戦争に勝利する方が重要だと考えているようだ。
(魔族と外交が成り立たない以上どの道戦争は止められない。……ボクとしては活路を開く為に、それを利用するまでだ)
――赤いルーンが刻まれた黒い手袋と、金細工が光る白いマントを身に付ける。
英雄らしく長い衣を翻し、白色マントが空にはためく。
金細工が光る真紅のドレスに、対照的な黒い手袋。
上質な白と赤のコントラストが、近寄り難い覇気を醸し出す。
(よし……行こう)
これでなるべく話しかけて来る人が減れば良いな、何て僅かな望みに賭けながら、玄関前で待つオリバー卿の元に馳せ参じるのだった――
▼ ▼ ▼
――午前十一時、大通り、馬車内部。
舗装された道を走る華美な馬車から外を眺める。
祝日とあって大通りは行き交う人々で溢れていた。
この国一番の商業区画となれば、通りに面したお店も高級店ばかり。
(都心部ともなれば人の混み合い具合も相当なもんだな。馬車の車列も、今までに無いくらい続いてる)
――外の活況を感慨深く眺めていると、オリバー卿から話し掛けられた。
「今回の式典では、俺は国の重鎮達を相手にしなければ成らない。遺憾だが、お前をサポートする余裕は無いだろう。不安はあるか?」
「無いと言えば嘘になります。ですが、無難に熟すくらいは出来ますよ」
「ならば良い。……あぁ、そうだ。今回の叙勲式には"勇者"も出席するそうだ。お前はまだ勇者を見た事が無かったな? この機会に、勇者とはどういう存在かを見て置くと良い」
何とも気になる言い分である。
そんな妙な言い方をされると、どうしても好奇心が疼いてしまう。
「勇者ですか……オリバー兄様から見て、どのような印象で?」
ボクから問われ、オリバー卿は視線を窓の外に向けてつまらなそうに言い放つ。
「ただの人柱だ」
――その一言で何となく察した。勇者という存在を。
(特別な力を持って生まれてしまった者の宿命か……)
勇者部隊が持つ戦力はたった数人で一個師団に匹敵する。
一人でも一騎当千の強者達だ。
考えてみれば、そんな戦略級の人材を国が放し飼いにする訳が無い。
オリバー卿は続けてボクに忠告する。
「奴らはただの兵器だ。間違っても情など持つな。ヴィター家にとっては、魔族を攻略する為の道具でしかない」
一般的に言って勇者とは栄誉ある称号だ。
身内から勇者が出れば、その家族は国から保護され優待される。
出自に関わらず、勇者として生まれた者は皆、国に重宝されるのだ。
(でもそれは外側から見た話。内側から見れば、自由も無く生涯を国に拘束された存在でしかない)
オリバー卿の言う勇者は兵器、とはそういう事なのだろう。
それを踏まえた上で、一応確認としてオリバー卿に問い掛ける。
「勇者を此方側に引き込むのは愚策ですか?」
「ククク……野心的だな。その心意気は悪くない。だがそれは、この"アヴァロン王国"を相手に戦争する事と同義だ。暗部と敵対したく無ければ止めて置け」
なるほど。勇者に手を出せば、やはり国の暗部が相手になるか。
この国にとっては戦闘機みたいな存在だろうし、それも当然の話だ。
(諸刃の剣か……ボクの目的は飽くまでキャロルに適した環境を作る事だし、下手なところには手を出さないのが無難だな)
その境遇を可愛そうに思うが、現状ではどうにもならない。
――等と考えている内に王城が見え、馬車は正門の内側へと入って行く。
(ようやくここまで来れた。英雄として認められれば、後は……)
僅かな感傷に思うのは苦難の道のり。絶え間無く襲い来る不安を思考を回して掻き消しながら、王との謁見に備えるのだった――




