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【第二章完結】転生スペクトラム ~悪役令嬢の英雄譚~  作者: もふの字
第一章 英雄のフィロソフィー
34/51

第34話 悪役令嬢スペクトラム


 ――転生六十五日目、午後二時、ライトダンジョン第一(【ベイルロンド】)層、大通り。



 あの動乱から翌日。

 街の警戒態勢も解け、活気が戻って来た。

 ベイルロンドを歩けば以前と変わらない光景が流れて行く。


(黄金街の活力は凄いな。異常なまでに立ち直りが早い)


 二層への出入口はまだ復旧作業に追われている。

 溶けた地面に崩落した瓦礫(がれき)、そしてモンスターの死骸(しがい)

 それらを片付けるには今しばらくの時間が掛かる。


 ――街を散策しながら思案を巡らせる。


 今はアナザーゲストにお忍びで立ち寄っていた帰り。

 あの後の事について、グレイ・フィルターから報告を受けていた。

 その時に聞いた話では、あのゴーレムの介入は偶然では無いらしい。


(第三者の介入……此方(こちら)の動きを察知して利用した何者かがいる)


 彼が言うには、これは魔族の介入である線が強いという。

 ボク達は魔族の裏工作に見立てて、今回の計画を実行した。

 なので飽くまで魔族はボク達のスケープゴートに過ぎないはずだった。


(ボスは基本的に攻撃を加えなければ人を襲う事は無い。なら今回、ゴーレムが街を襲う異例の事態に陥ったのは、誰かが意図的にボスを攻撃して街まで誘導したからだ)


 ボスモンスターという存在は、自然発生的に現れる。

 事前に討伐しても、その辺にいる普通のモンスターが突然変異してボスになる。

 その為、ボスの発生を防ぐには階層全てのモンスターを殲滅(せんめつ)する以外に無い。


 そしてボス化したモンスターの討伐は、基本的に"勇者部隊"が対応する。

 その理由は、ボス化したモンスターの強さは一個師団に匹敵する為だ。


 勇者は一人でも強力な戦力になる。それを部隊単位で運用する事で、最小限の労力でボス化したモンスターの討伐を実現できる。おまけに魔族に対する抑止力としても働くので、国からすれば勇者と言う存在は非常に都合が良いのだ。


(……まぁ、どの道この分なら魔族にヘイトが向かう。好都合な事に変わりない)


 裏で動く魔族の事は気になるが、今はそれよりもやらねば成らない事がある。


(今日の五時に、オリバー卿との会談か……正念場だな)


 フロイト男爵に渡した手紙は無事にオリバー卿の元に渡ったようだ。


(宿屋に戻ったら、オリバー卿に贈る菓子折りを忘れないようにしないと)


 加えて先日購入したプレゼントもある。

 事が事だけにこれで機嫌が取れるとは思わないが、無いよりはマシだろう。


 ――心を過ぎるのは昨日の動乱。そしてそれを起こした自分に対する自責の念。


 ボスを除く二層のモンスターだけなら、時間を掛ければ騎士団だけで安全に対処できる戦力差だった。そこに障害物の排除という裏工作を行って冒険者達の活躍の場を作りつつ、ボクの魔法で状況を好転させる。


(そこまでは順調。実際、そこまでは上手く行っていた)


 今回の騒動で街や民間人に被害は出なかったものの、騎士団や冒険者には被害が出てしまった。計画通り進めばどちらも被害が軽微で済むように調整していたのだが、流石(さすが)にボスの介入までは対策出来ていなかった。


(……とは言え戦いに犠牲は付き物。これを計画した時点で分かっていた事だ)


 幾らストレスに(さいな)まれようと、これだけは後悔する訳には行かない。

 悲願成就の為、失った命を背負う為にも、心を鬼にしてでも突き進む。


(それにこの事だけは、万が一にも部外者に知られる訳には行かない)


 もし隠蔽(いんぺい)しきれず露見した場合、ボクはキャロルを守る為に悪魔(・・)になる。

 文字通り、キャロルは悪魔に憑かれて操られていたという体裁(ていさい)をとるつもりだ。


(実際、何も間違っていないしな)


 とは言え今はまだバレる訳には行かない。

 時間を稼ぐ意味でも、オリバー卿の協力は必要不可欠だ。


(今日の交渉は必ず成立させる)


 視線を鋭く虚空を(にら)み、未だ暗闇の中を彷徨(さまよ)う宿命を背負いながら、因縁の相手を取り込む為に歩みを進めるのだった――




   ▼ ▼ ▼




 ――午後五時、ライトダンジョン第一(【ベイルロンド】)層、ヴィター侯爵家、別荘、執務室。



 妖精印のお菓子から漂う甘い香り。

 それは贈呈した嗜好品(しこうひん)と共に(かたわ)らで華を添える。

 オリバー卿へ贈ったお詫びの品は、意外な事に好評だった。


(キャロルの日記には、オリバー卿は前衛的なアート作品を好む傾向があると書かれていたけど、本当だったみたいだな)


 ――今現在、ボクは執務室でオリバー卿と一対一で対面し、着席している。


 丁度、ここに至るまでの経緯(いきさつ)を彼に説明し終えたところ。

 アナザーゲストと共闘した事。妖精の力を借りた事。

 そして、ボクと彼等の功績を認めて貰いたい事。


 ――加えて、この一連の騒ぎがボクの意図した策略である事も。


 意外な事に、これがマッチポンプであると告げても彼は落ち着いていた。

 贈り物にそれ程の効果があったとは思えないが……事実は奇なり。

 当初の予想は、決闘もかくやという程の怒りを受けると想定していた。


(何を考えている……?)


 瞳を伏せて思考に浸る彼の姿に不信が募る。

 機先を制した方が良いかと口を開いた時、彼が先に口を開いた。


「ククク……不安そうだな? 俺が激昂しないのが、そんなに意外だったか?」


 演技がかった口調と態度で、彼は脚を組み替える。

 肘立てに頬杖(ほおづえ)をついて、不敵な笑顔を見せる彼に心の中で悪魔が(ささや)く。


(交渉と説得は望み薄か……仕方が無い)


 予定通りとは言えないが、最悪の事態には常にカードを伏せて置くもの。

 是が非でも狙いを定めた結果を引き寄せる為に、使える物はすべて使う。


 ――そう考えて左手の手袋に右手を添えた時、彼がボクを制して(なだ)めた。


「そう焦るな。わざわざ荒事にせずとも、お前が望んだ結果になる」


 言葉の意図を計りかね、彼に怪訝(けげん)な視線を送ると、彼はこう答えた。


「手紙には、魔族がベイルロンドの襲撃を画策している証拠を掴んだ、と書かれていたな? 例えそれが自作自演であったとしても、俺には……いや、ヴィター家には都合が良い」


「ヴィター家には……?」


 思わず聞き返すボクに、オリバー卿は不敵に笑う。


「ククク……なるほど。如何(いか)賢明(・・)なお前と言えども、そこまでは推察しきれていなかったか。少し期待外れだが、まぁ、結果を(かえり)みれば悪くない(・・・・)


 彼の言葉に漂う違和感。

 その原因は恐らく、彼がボクを認めている所為(せい)だろう。

 敵対姿勢を明確にしていたはずの彼が、なぜかボクを受け入れている。


 ――その心変わりに意表を突かれていると、突然、オリバー卿から現在の社会状況について問い掛けられた。


「今、魔族の動きが沈静化しつつある。人類側が優勢になった訳でも、魔族が人類との融和に目覚めた訳でも無い。なのになぜ、今まで烈火の如く人類を攻め立てていた魔族が、ここに来て動きを止めたと思う?」


 正直魔族側の事情には(さと)くない。

 しかしここで的外れな見解は悪手(あくしゅ)だろう。

 彼が心変わりをするつもりなら、此方(こちら)はそれを利用するまでだ。


(戦闘狂の魔族が、自ら戦闘を抑える理由か……)


 こういう時は敵勢力の指導者の立場に立ってみれば良い。

 自分達のアイデンティティ、そして求心力を落としてまで抑える理由。

 離反されるリスクを背負ってまで求めるリターン。


 それらに矛盾しない答えと言えば……




「勝利を確信したから、ですか?」




 人類に対しては勿論、離反する勢力に対しても勝利できる程の切り札。

 魔族の指導者はそれを手に入れる算段を整え終えた。

 故に不測の事態を防ぐ為、あえて味方の動きを抑えたのでは無いだろうか。


 ――ボクの出した結論に、彼は両手を叩いて賞賛を送って来た。


「ハハハッ! 悪くない答えだ……! やはり、お前にもヴィターの血が流れているな……!」


 そしてボクの返答に興が乗ったのか、彼は続けて言葉を(つむ)ぐ。


「俺もお前と同意見だ。戦闘狂共が大人しくなる等、そこに何かしらの画策があるに違いない。当然父上もそう考え、これを契機に魔族側に一転攻勢を掛けようと上層部に働きかけている。だが……」


 上層部の動きは(うと)く、むしろ魔族を刺激しないように抑えているという。

 国の重鎮達は魔族の沈静化に伴い、対話の道が開けると考えているらしい。


(話を聞くに無謀だな。歴史を見る限り、魔族側が人類側に歩み寄った事は一度も無い。なら、これは何かの凶兆と見るべきだ)


 珍しくオリバー卿に共感を覚えていると、彼は続けてこう述べた。


「奴らが大人しくなった原因を調べる為にも、奴らの(ふところ)に入り込む必要がある。しかしこの国の重鎮達は在りもしない夢に(うつつ)を抜かし、自ら滅びの道を進むばかり……ならば、我々臣下はそれを正さねば成らない」


 ――そして彼は、ボクを好戦的な眼差(まなざ)しで見つめた。


「故にキャロル。お前の画策は上出来だった。夢に現を抜かす連中の目を覚まさせるには、この上ない刺激になるだろうよ」


 つまりボクは意図せずオリバー卿の期待に応えたという訳か。

 これで彼が終始上機嫌であった謎が解けた。

 運命とは、何とも数奇な物である。


「オリバー兄様は、私のマッチポンプを認めて下さるのですか?」


「ククク……! ヴィター家に名を連ね、人の上に立つ人間が、その程度の画策一つ実現できずに何を成せる?」


 ――そう明言して彼は立ち上がり、ボクに向けて片手を差し出した。




「俺はお前を認めるよ、キャロル。ヴィター家には、お前の力が必要だ」




 彼の瞳に映る真紅の野心。

 (あふ)れる喜色に(にじ)むプライド。

 彼もまたボクと同じ、悲願に心血を注ぐ者。


(予想した過程とは違ったけど……結果は同じか)


 この為に挑んだ事。

 ならば此方にその手を拒否する理由は無い。


 ――立ち上がって彼の手を取り、握手を交わす。


「認めて頂けたようで何よりです」


「俺は有能な者には寛大だ。例えそれが、かつて無能と見做(みな)した相手だったとしてもな」


「そう言えば、随分と酷い事も言われましたね」


「ククク……今までの非礼は()びよう。(つぐな)いの意味も込めて、後始末は請け負う。事が世間に露見する事は無い」


言質(げんち)を頂けて安心しました」


 ボクに別れの言葉を告げ、オリバー卿は立ち去ろうと背を向けた。

 その所作は仰々しく、演技がかっていて何とも彼らしい。


「あぁ……それと、お前と妖精、そしてアナザーゲストは功労者として祭り上げねばな。特に、ゴーレムを討ったお前は"英雄"として大題的にな」


「楽しみにしていますよ。パーティーは遠慮したい所ですが」


「ハハハッ! 俺の手腕を持ってしても英雄と社交界は切り離せん。諦める事だ」


 ――オリバー卿は最後まで上機嫌に答え、退出して行った。


(とりあえずは目的達成だな。次はレオナルド卿か)


 それも英雄の称号があれば道は開けるだろう。

 武人としての矜持(きょうじ)があるなら、英雄の言葉を無下には出来ない。

 ならばチャンスは必ず巡って来る。




 ――カーテンと窓を開け、独り孤独に虚空を見据えた。


 頬と髪を撫でる風。揺れるのは、思惑と情熱。

 この魑魅魍魎(ちみもうりょう)渦巻く異世界で、求めるのは死に場所一つ。

 この魂を彼女に転生させる為、必要なのは未知の知恵。

 その答えがダンジョンの奥深くに眠っているというのなら。


(歩み続けてさえいれば、必ず知性は答えをくれる)


 魔法と科学。その二つの知恵が合わされば、不可能など無いだろう。


 今はただ信じ、ひたすら暗闇照らす未来へ突き進むのみ。


 それが彼女を救う唯一無二の希望なら。


 ボクの未来に迷いは無い――








これにて第一章完結になります。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。


第二章は完成次第投稿したいと思います。

完成まで時間が掛かると思いますが、また見て頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 取り敢えず物語のキリが良いところまで読ませて頂きましたが、 世界観が忠実に練られていて、読みやすい作品でした。 特に貴族制度の点をWW1時代のイギリスに寄せていて、違和感なく読むことができ…
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