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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
4.西の海にしずむもの
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8 漁村、ピスカントル

 アルバテッラの西、さいはての海の砂浜にその村はあった。

 漁村、ピスカントル。


 午後、街道につながる小道から、ガタゴト音をたてて馬車が到着した時。日に焼けた村人たちは、呆然《ぼうぜん》とそれをながめた。

 上半身裸で、漁に使う網《あみ》を手入れする男。

 手には桶《おけ》をもち、額《ひたい》の汗をぬぐいながら小屋から出てくる女。

 よく日焼けした髭面《ひげづら》の男は、はっと我に返ると、あわてて家屋の一つに入っていった。


 おんぼろ馬車の御者台で、若ドワーフが馬を御して馬車を止める。

 右手に大杖を持つ魔法使いが、麦わら帽子のつばを上げた。

 二人の間から、黒髪の若い戦士と、水色の髪の娘が、順に顔を出す。


「ついに到着?」


 マルコが元気な声をあげると、アルとエレノアは微笑んで彼をながめた。


     ◇


 旅の4人を、村人がとり囲んでいた。

 髭面《ひげづら》の男のとなりで、よぼよぼの老人が両手を後ろに腰を曲げている。

 ピスカントルの長老イアンは、不意の訪問者を、じっくりと品定《しなさだ》めした。


 左端で緊張している若い戦士。となりのずんぐりした背の低い戦士。二人とも黒光りするおそろいの鎧を身につけ、いきが良さそうだ。

「兄弟じゃろうか?」と思いつつ、イアン老は期待するように、ゆっくりとうなずく。

 さらにとなり、麦わら帽で必死にあおぐ男は、魔法使い風。先ほど長々としゃべっていたが、怪《あや》しすぎる。なので、目をそらした。

 最後の右端に、ゆっくりと視線をめぐらせると、イアン老は喜びのあまり腰が抜けそうになった。

 少々薄着ではあるが、白い法衣《ローブ》の娘。

 なにより胸に光るメダルは月の巫女《みこ》の証《あかし》。しかも、満月にほど近いメダルの色は、修行を重ね力《ちから》をつけていることを示している。


 長老イアンは、小刻みにうなづきながら、エレノアに近づき手を取ろうとした。


「巫女《みこ》殿、よくぞ……お越しくださっ––––」


「あの小屋に行ってくだせぇ! 怪我人《けがにん》が多くて難儀《なんぎ》してますんで」


 髭面《ひげづら》の男が割って入る。

 すかさずエレノアは、「わかりました!」と答え、走った。

 向かう先では女が桶《おけ》を落とし、感激のあまり両手を口にあて、エレノアを迎え入れた。


 イアン老は、髭面《ひげづら》の男をちらりと横目で見た。

 気をとり直し、ゆっくりマルコへと向く。


「戦《いくさ》の手伝いは……戦人《いくさびと》の––––」


「若い衆は、あっちの砂浜へ! キースという男を探して、指示をあおいでくだせぇ」


 髭面《ひげづら》が口をはさむ。

 するとマルコは、「はい!」と答え砂浜へ勢いよく駆け出した。


 イアン老は、じろりと髭面《ひげづら》をにらむ。

 アルは帽子であおぐ手を止め、むずむずと落ち着かない様子。

 おどおどするバールが、なんとか声をふり絞《しぼ》る。


「おじ、ご、ご老体、取引があります!

 馬車に食料を––––」


「ありがてえっ! 食いものはこっちの家へ!」


 髭《ひげ》が叫ぶ。

 老人の口はゆっくりと開き、若ドワーフも何か言いかける。

 だが、アルの大声が勝《まさ》った。


「がってんです! みなさーん、馬車にお米もあります! 運ぶの手伝ってください!」


「わーっ!」と村の人々は歓声をあげて、大杖をかかげるアルに従った。

 そうして、笑顔の村人たちは、次々と馬車の荷物を手渡しで運びはじめる。


 イアン老とバールの二人だけが、その場に立ち尽くしたまま。お互いに無言で見つめ合った後、そろってため息をついた。

 世の中は、なかなかままならないということを、バールは初めて知った。


     ◇


 傷心からバールが立ち直り、砂浜のマルコのもとへと到着した頃。

 マルコは、褐色《かっしょく》の精悍《せいかん》な男と対面していた。


 裸の上半身には、ところどころに深い傷跡が残る。

 黒っぽい灰色の髪は、ぼさぼさと無造作に伸びる。

 だが口髭《くちひげ》はきれいに整えられていて、活力に満ちた瞳は、背後の海と同じ深い青色だ。

「彼がキースか」とバールは察した。

 向かい合うマルコが、調子のはずれた声をあげる。


「なるべく殺さない戦《いくさ》?」


「シーっ! 声が大きい! 村の者は、こじれた争いで、怒りにかられている。

 だがな、俺の雇《やと》い主《ぬし》である長老は別だ。戦《いくさ》の後の事を考えている。

 敵は、大事な商売相手なんだそうだ」


 雇われの戦人《いくさびと》、キースがそう語ると、バールはぴくりと耳をそばだてた。

 マルコが、瞳を輝かせる。


「そうですよね! いやな戦いなら、原因を見つけて、解決するのが一番!」


 張り切ってマルコが答えると、キースは青い瞳を見開く。


「原因? お前さん、変わってるな。暴《あば》れたくて来たんじゃないのか?」


「ぜ〜んぜん! なんとか乗り切って、無事に戻りたいです」


 マルコが大袈裟《おおげさ》に手をふる。

 キースは呆《あき》れたように背をのけぞらせた後、マルコとバールのおそろいの鎧姿を見比べた。


「殺さない戦術なんざ、面倒だがな……それでお前さんたちは、槍か棒は使えるのか?」


 マルコはとなりのバールに気づくと、顔を見合わせる。

 二人はキースをながめ、一緒にふるふると首を横にふった。

 キースはふうと息を吐く。


「戦《いくさ》では先を丸めた棒を使う。少しでも修行した方がいいな」


 そう言って彼は、二人を手招きして歩き出した。

 ふと、気になって仕方がないように、ふり返る。


「ところでお前さん方……兄弟か?」


 あわててマルコが手をふる。


「まさか! 種族から違いますよ! ね?」


 とバールに同意を求めた。


 しかしバールは、口の端を上げ、ニヤリと笑《え》みを浮かべるだけだった。

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