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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
4.西の海にしずむもの
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7 反抗期

 大河の流れを、ヌーラムの川岸でながめる男がいた。

 つばの広い旅人の帽子で顔を隠《かく》し、緑色の長靴《ブーツ》をはいた長い足を、土手に投げ出す。

 かたわらには長い長い弓。

 川の光りで、黄緑色の髪が輝《かがや》いた。

 南の森でマルコと出会った半《ハーフ》エルフ、エルベルトだ。


 近くから、声が届く。


「『星読《ほしよ》み』! 久しぶり!」


 ぎょっとして、エルベルトは声の主《ぬし》を見上げた。

 赤茶色の長靴《ブーツ》に、緑色の上衣の狩人姿。

 午後の日差しをうけて、赤い髪は燃え上がるような火色だ。

 数日前、水上料理店の舞台で舞った、アカネと呼ばれる少年だった。

 動揺を隠《かく》せずに、エルベルトは低く甘い声で答える。


「なぜ、ふたつ名で? エルヒノア様––––」


「あーっ! ここでは……アカネと呼んで」


 さらに驚愕《きょうがく》して目を開き、エルベルトは口を震わせた。


「隠し名の字名《あざな》を、そんな堂々と……」


「もう芸名にしちゃったんだ。エルベルト」


 アカネは悪びれた様子もなく、エルベルトのとなりに座ると、いたずらっぽい笑顔を見せた。


     ◇


 並んだ背中をはたから見ると、仲の良いエルフの兄弟《きょうだい》にみえる。

 しかしエルベルトは、くどくどとお説教を続けていた。


「いったい、『七色《なないろ》の君《きみ》』は、なんとおっしゃった? こんな大事なときに、護衛《ごえい》もなく、おふたりを人里へ送り出すとは––––」


「あー……大丈夫だよ、母上のことは。

 こうしてエルベルトとおち合うって言ってるし!」


 アカネの言葉にエルベルトは唖然《あぜん》とした。

 第一の民、最古の血統である双子の安全について、彼が責任を負わされている。

 エルベルトは半開きの口を閉じると、鋭い目つきになる。


「……『その日』は近い。『卵《たまご》』はすでに転《ころ》がりはじめ––––」


「『星を読んでも』だろー? わかってるよそんなの。あー、ヤダヤダ。面倒《めんどう》だよなぁ。

 なんで、おれらばっかりこんな––––」


 アカネの反抗的な態度に、エルベルトは帽子を脱いで頭を抱えた。

 年上のこの少年は、かつて自分に狩りを教えてくれた、兄のような存在だ。

 やがて背を追い抜き、エルベルトが精神的に大人になっても、彼の成長は遅いまま。

 最古の血統は、すなわち、最も長命な種族だった。

 そして彼は反抗期に入り、それがもう、ここ50年ほど続いている。


 エルベルトは、まだふてくされているアカネを横目で見ると、片方の長い耳に指をあてた。


「とにかく! 里を離れ、備《そな》えよう。

 それで……『月読《つきよ》みの姫《ひめ》』は?」


 アカネは、いつの間にか口にくわえた、ネコジャラシの草をゆらす。


「ひ、めぇ〜? まぁだそんな呼び方してんの? あいつはアオイで充分だって!

 アオミドリでもいい」


 エルベルトは、両手で髪をかきむしりながら、叫ぶように問い質《ただ》した。


「ではアオイ様は! 彼女は今どこに?」


 おもむろにアカネは、河の向こう岸を指さす。


「『いまのうちだよっ』って、向こうに」


 エルベルトは、––––この男には本当に稀《まれ》なことだが––––心からあわてふためき、アカネの両肩をゆする。


「行かせたのか? 止めずに、そのまま行かせたのか?」


 揺さぶられながら、アカネの赤髪がぶらぶらとゆれる。されるまま彼は「『やめ、とけ……ば?』って言ったん、だ、けど」と言葉をもらした。


 午後の太陽で、のんびりと輝《かがや》く大河の土手で、二人の細身の影がゆれる。

 やがて背が高い方の影が、両手を自分の頭にやり、大きくのけぞる。

 そして身体《からだ》を沈め、まるで消えたいかのように小さく小さくしゃがみこんだ。


     ◇


 大河マグナ・フルメナの広大な流れから、小さな支流が別れる。

 本流はそのまま西の広大な森へと消え、別れた小川は、だんだんと下る坂に沿って流れていた。

 その小さな流れの途中、木陰の脇におんぼろ馬車が止まっている。


「うまい! 冷たいトマトとキュウリ。

 もう、最高!」


 汗を流しながら、マルコが無邪気な声をあげ野菜にかぶりつく。

 両手にトマトとキュウリを持ったバールは、信じられない顔でエレノアを見た。


「本当に、よく、冷えている。い、いったいどうやって?」


「私は、水の魔法も使えるから。荷物を見たとき、こう、ちょちょっと」


 と答え、エレノアは照れたように笑った。

 バールは野菜に目を落とすと「傷《いた》みやすい物も、もっと仕入れておけばよかった」と後悔した。


 少し離れた木陰《こかげ》で、アルが「お肉も食べなきゃ!」と汗だくになって干し肉を炙《あぶ》っている。

 その姿を見ながらエレノアは、ヌーラムの月の院を出るときのことを思い出した––––。


     ◇


 石造りの玄関を出る前、アルの背中はまだためらっているように見えた。

 エレノアは、後ろの方で見送る巫女長の視線を感じながら、アルを見上げる。

 アルは、歩みを止めてふり返った。


「言わねばならない事があって……」


 エレノアは静かに見つめて、続きを促す。

 アルは、声をふり絞《しぼ》った。


「今は、きみを守り通せるか、わからない。私は……召喚術に全ての魔力を注いでいる。巻物《スクロール》がないと、魔法を使えないんだ」


 驚いて、エレノアの瞳が開く。

 アルはうつむいた頭を上げると、彼女に頼んだ。


「だからエラ。この仕事できみには、癒《いや》し手に加えて、水の術の力も貸してほしいんだ」


 やがて、エレノアの頬が染まり、小さくうなづく。見上げると、院の出口の逆光で、アルの橙色《オレンジ》の髪が輝《かがや》いた––––。


     ◇


 冷たい野菜や飲み物に大喜びするマルコとバールの姿を見て、エレノアは満足した。

 だがしかし、彼女は誤解《ごかい》していた。

 アルは戦いでの水の精霊術に期待をしたのだが、いま彼女は、何事においても全力を尽くし、一生懸命だ。


 長く単調だった巫女《みこ》の修行も、今となっては、この旅に必要だったからなのかもしれない。

 エレノアがそんな事を考えていると、遠くからマルコの歓喜の叫びが聞こえた。


「みんな! こっちに来てごらんよ! すっごい景色《けしき》だよ」


 木立の端に立つマルコのもとへ、若ドワーフ、月の巫女《みこ》、魔法使いの旅の仲間が集まってくる。


 木々がなくなった先は崖になっていて、遠くには砂浜が見える。

 快晴の空の下には、どこまでも青い海が広がる。

 そして、ムクムクと丸みをおびた入道雲がこちらを見ていた。

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