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神の悪意の物語  作者: 王立魔法学院書記官
1.南のはしっこの森
12/204

10 端村はじまって以来の大宴会

 のちに、北方まで語り継がれたその夜。

端村はしむらはじまって以来の大宴会』の一端いったんしかマルコは思い出せない。


 目覚めた時はすでに、酔った村人たちが、あちこちで盛んに話をしていた。


 テーブルには皿や杯が所せましと置かれ、真ん中に獣の白い骨がある。

 食事はあらかた済んだようで、余り物はほとんどない。

 今日の猪豚いのぶたとみられる骨は、身がほとんど残ってなかった。


 男手が、椅子ごとマルコを暖炉から離す。

 運ばれながらマルコは、恨めしそうに骨をながめた。

 するとそれに気づいたソフィアは、涙目のまま笑顔になる。


「やあだ! 食べちゃったと思ってるの?

 ちゃんと、マルコの分とってるわよー。

 一番いいとこ。

 あなた! そろそろいいんじゃない?」


 誰かと笑い合っていたポンペオは、夫人の呼びかけで不機嫌になる。

「本当にやんのか?」と、ぶつぶつつぶやき近づいてくる。


 その夜の亭主夫婦は、明るい草色の礼服を着ていた。

 ポンペオは赤いスカーフ、ソフィアは桃色のスカーフをそれぞれ付けて着飾る。


 亭主が歌う小熊亭の食堂を見回し、演説をはじめた。


「あー。みんな! ちょっと聞いてくれ。

 本日の、儀礼ぎれいをはじめます!」


 するとその場にいた老若男女が、みな床をドン! ドン! と二度、強く踏み鳴らす。

「おう!」と、力強い歓声をあげる。


 ざわついた空気は一瞬で静まり、ポンペオに注目が集まった。


「えー、ここに……座ってるマルコは! 

 長かった冬を乗り越えた今日!

 初の大物を、村にもたらした狩人だ!」


 みなが一斉に「イェー!」と叫び、皿や杯をテーブルにぶつけて大騒ぎ。

「森をいろどる神の祝福を!」と声援もある。


「なんで……その働きに応じてえ!

 春のぉ、つまり、次に北の大地が稲の緑におおわれるまで!

 端村はしむらの英雄になった事を宣言します!」


 またも部屋中に大歓声が吹き荒れた。

「よっ! 春の英雄」とかけ声があがる。


 あまりの事にマルコは、なぜかさびしい気持ちになった。

 だが人混みが割れその姿に気づくと、自分のことなど忘れて、見入った。


 明るい草色のスカートと、緑色のブラウスを着たシェリーがいた。


 胸元には、高貴な紫色のスカーフ。

 美しく編んだ桃色ピンクの髪が暖炉だんろの炎でかがやく。

 まさに花の精霊そのものだった。


 大きな盆を手に、シェリーはマルコのもとへと歩み寄る。

 彼は、盆の上のものに気がつかなかった。


「春の英雄。あなたには、この一番の成果をささげます」


 マルコは、夢見心地で盆に目をやる。

 すると、きつね色にこんがり焼けた猪豚いのぶたの顔が、ニッコリ微笑ほほえんでこちらを見ていた。


     ◇


 うたげの者たちは、その儀礼をひと目見ようと動物のように騒ぐ。


 シェリーが耳まで赤くしながら、フォークでさした猪豚いなぶたの鼻を、マルコの前に突き出す。


「た……食べて。これ、伝統だから」


 大きすぎるかたまりを突きつけられて、マルコは息も苦しかった。

 だが椅子にしばられ逃げられそうにない。

 ヤケになり、大口を開きガブリとかじりついた。


 とたん女たちの歓声と、あたたかい拍手がわき起こる。

 泣きながら抱き合う女たちは、ソフィアへ「おめでとう」と声をかけ手を握った。

 目頭を押さえる夫人は、「そんなんじゃないんですよ。本当にね」と嬉しそうだ。


 男たちは頭をふりながら、次々とポンペオの肩をたたきに集まる。

 亭主は顔を赤黒くして、「まだだ! まだ認めんぞ!」と怒声をあげていた。


 この儀礼は何なのか、マルコは空恐そらおそろろしくなってきた。

 成り行きに従ってるだけなのに、重大な約束でも交わしているのか、といぶかる。


「はい……食べて……はい」とシェリーは、残りの肉を突き出してくる。


 彼女の顔は、火がついたように真っ赤。

 マルコが血走る目で訴えても、うつむきながら「風習だから……」とささやいていた。


     ◇


 その晩。

 亭主夫婦に寝室まで運んでもらったあと、マルコは部屋のあかりもつけずに寝る用意をしていた。

 すると扉が開いて、窓の薄明かりのした、スカート姿のシェリーが立っている。


「今、話していい?」と彼女が言うので、マルコは快く応じた。


「ゆっくり休んで……早く治してね。

 明日は満月だから、私は市場に行くね」


「市場……?」


「ここから馬車で少し行ったとこ……。

 夕方には帰るから」


「そう……。そこで、何するの?」


 そう聞いたシェリーは、くすくす笑い出す。


「マルコ本当に遠いとこから来たんだね! 市では、いろいろ……ブッシを売って、必要なものを買うの。

 ほら! 一緒にとった獲物の羽とか皮。

 お肉は、お父さんとお母さんが燻製くんせいにしてくれたから、それを売るの」


 マルコは「ふうん」と呑気のんき相槌あいづちを打ち、素朴な生活に好感を持った。


 ふいに、シェリーが切り出す。


「あのね! マルコは、狩りが得意だよね。なんか、あきらめないし……。

 でも、私のお兄ちゃんは、もっと得意で、森にも好かれてて。

 あなたは……兄のようにはなれない」


 そう言うとシェリーは、ゆっくり扉を閉めはじめる。

 閉じる前、隙間すきまから、彼女の恥じらうような微笑みが見えた気がした。


 マルコは「それって、どういう意味?」と聞き返したかった。


 がしかし、それをたずねる機会は、その後ついに、一度もなかった。

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