あなたが最後です
──順番待ちの行列は、ゆっくりと、しかし確実に、前方にそびえ立つ大きな門に向かって進んでいく。
列に並ぶ者たちは皆、希望と期待に目を輝かせていた。
僕のすぐ前を進む2人組も、くすくすと笑い合いながら、楽しそうに言葉を交わし合っていた。
「ねえ、門をくぐったら、みんないったんバラバラになっちゃうんでしょ?」
「……うん、そうらしいね。 ……けど、ボクときみは、同じ場所へ一緒に向かうことになってるらしいよ?」
「ほんとに? 良かった!」
「……うん。……良かったね」
行列は進む。
そこに連なる者たちは、多少のおしゃべりや笑みを交わしながらも、皆、列を乱すことなく整然と進んでいく。
進みは遅いが、列からはみ出す者も、横入りする者もいない。みんなお行儀良く、しずしずと進んでいく。
「ああ、楽しみだなあ」
「うん……楽しみだねえ」
「どうしてなんだろね。こんなにワクワクするのって」
「うん……どうしてなんだろうね。こんなにドキドキするのって」
小声でくすくすと笑い合う2人。その楽しそうな声を聞いていると、自分の中でもわくわくするような期待感がわき上がってくる。
その間にも行列は進む。
長い列は、順調に消化されていき――そして、僕のすぐ前を進む2人組が門をくぐる番が来た。
「じゃあ、行こっか、相棒。また、向こうで」
「うん……そうだね、相棒。……また、向こうで」
手を繋いだ2人が、せーの、と勢いをつけて、飛び跳ねるように目の前の門の向こうに姿を消す。
手を振りながらそれを見送って。
僕は、そこで初めて、今まで一度も振り返ってこなかった、自分の背後を振り返った。
そう──誰ひとり続く者のない、自分の背後を。
「僕が最後なの?」
「……ええ。あなたが最後です」
受付の係の人が静かに頷く。
「またしばらくしたら、誰か後から来るのかなぁ?」
「どうでしょうか。 ……いえ、誰も来ないでしょうね。あなたが最後です」
少し躊躇った後、係の人はそう応えてくれた。
「……ふーん。…変なの。 門をくぐるのって、こんなに楽しみで、わくわくすることなのに」
「そ……うですよね、変ですよね……」
係の人は、この会話を早めに切り上げたそうな様子だったが、まあ、気にするほどのことじゃないか。
僕自身、早くあの門の向こうに行きたくて、気が逸って仕方がないのだから。
「じゃあ、僕も行ってくるよ! バイバイ!」
受付に並んでいる2人に向かって軽く手を振る。
若い方の人は、曖昧な笑顔を浮かべて手を振り返してくれた。でも、年配の人は、手元の書類に何かを書き込んでいる途中だったらしく、こっちを向いてさえくれなかった。
ちょっとだけ不満に思いながら、門に向かって歩き出す。
ああ、やっと、やっと向こうに行けるんだ。
何があるのか知らないし、何が待っているのか分からない。
だけど、それでも間違いなく。
胸のどこかに確信がある。
僕たちはきっと、望まれて向かうんだと──。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──最後の1人が門をくぐった後。
受付役を務めていた天使のうち、若い1人が溜め息をついた。
「……いやなものですね。1つの種族の終わりを見届けるというのは」
「……そうだな」
「原因は災害でしょうか? 病気でしょうか? それとも戦争か何か……」
「……それを知ることは、我々には許されていない」
年かさの天使がむっつりと応える。
「あんなに楽しそうに、嬉しそうに門をくぐって行ったのに……自分たちがその種族に生まれる最後の世代、滅びの世代だと知ったら、あの子たち……どんな気がするんでしょうか」
「……言うな」
年かさの天使は固い表情で、若い天使の感傷をたしなめる。
「……たとえ彼らが向かう先が、どれほど過酷で、悲惨な世界だったとしても」
「彼らはみな──望まれてその世界に向かったのだ」
「そう、生まれることを願われたからこそ、望まれて生まれゆくからこそ。だからこそ、彼らはあんなにも嬉しそうに…………」
──目の前で、光り輝く大きな白い門が、さらさら、きらきらと、細かい粒子に変わっていく。
風に吹き散らされて、空に溶けるように消えていく。
この門をくぐる者はもう、誰もいない。
まだ耳に残る、最後に門をくぐった子どもたちの笑い声を振り払うように──年かさの天使もまた、深い深い溜め息をついた。
FIN.