第12話 帝国の遠征軍が悲惨な目にあう話 (5)
三人称視点です。
オアシス都市の中央広場では、皇子を初めとして帝国遠征軍1万人の将兵達が、鉄の輪で体を縛られていた。
材料は鎧である。
庭師ゴーレムの少女達が、将兵達の来ていた鎧を素手で引きちぎり、それを材料にして作ったのである。
自慢の魔炎が効かなかった上に、そのような人間離れした所業を見せられ、帝国軍はもう何が何だかわからない状態だった。
が、火消坂がやってくると、彼らは自信を取り戻した。
火消坂の、いかにも戦ったことのなさそうなひょろりとした姿に、(こいつなら言いなりにできる)と思ったのだ。
様子を見るに、この火消坂という男は少女達のリーダーなのだろう。
(こんなやつがリーダーか)
金髪おかっぱ頭がトレードマークの皇子は「ふん」とバカにしたように鼻を鳴らした。
「おい。そこの蛮族」
皇子は火消坂に向けて高圧的に言うが、火消坂の反応はない。
「お前だよ! そこの黒髪の蛮族の男。この僕が呼んでいるんだぞ! さっさとこっち向け!」
皇子がイラつきながら言うと、火消坂は「ああ、僕のことか」と振り向いた。
「何?」
「お前がこの女どものリーダーか?」
「うん、そうだよ」
「ふん。貴様、その顔つき、帝国人ではないな。僕が誰だかわかっているのか? 聞いて驚くなよ。帝国遠征軍司令官にして、帝国の第8皇子様だぞ。本来、お前なんかが気安く話せる存在じゃないんだ。野蛮人は礼儀も知らないのか? まずは土下座だ、土下座。土下座して詫びろ」
皇子がそう言うと、周りにいる部下たちも元気を取り戻し、そろって罵声を浴びせる。
「そうだ、蛮族め! 帝国様にこんなことをしてタダで済むと思っているのか!」
「今なら、泣いて謝れば、手足の一本くらいで許してやってもいいぞ。ぎゃははは!」
「あはははは、見てくださいよ、こいつ。俺たちが帝国って聞いてビビってますよ。ほーら、クソガキ。今すぐ土下座しな。ど・げ・ざ! あひゃひゃひゃひゃ!」
皇子は火消坂をなめていた。
いかにも弱そうだからである。だから、強気な態度に出れば、言うことを聞くに違いないと思っていた。
ゴーレムにボコボコにされて、それでも皇子達が強気なのは、そういう計算によるものであった。
こんな弱そうなやつ、自分たちが帝国軍だと聞けば震えあがり、真っ青になって這いつくばるに相違ないと確信していたのだ。
が、火消坂の反応は違った。
彼はにっこり笑い、こう言ったのだ。
「うん、よかった」
「は?」
「いやね。お前達が『いい人達』だったらどうしようかと思っていたんだ。実は悪いのは帝国上層部だけで、お前達はいい人達だったらどうしようかな、と。でも、お前達の態度を見ている限りそんなこともなさそうだ。うん、これで安心して、実験とおしおきができる」
何を言っているのかはわからないが、敬意の欠片もない態度である。
泣いて謝ると確信していた『ゴミ蛮族』が、余裕たっぷりの無礼な態度を取ってきたことに、皇子はカチンときた。屈辱と怒りで顔を真っ赤にする。
「な、な……なんだ、その無礼な態度はぁ! ぼ、僕は帝国の皇子なんだぞ! 頭が高いぞ! この野蛮人めがぁl この野蛮……ゴホッ! ゲホッ! く、くそっ! おのれぇ!」
怒りのあまり怒鳴りすぎて声が枯れ、咳込む。
将兵達も怒りの声を上げる。
「そうだぞ! わかってんのか! 俺達は帝国軍様だぞ!」
「俺達に何かあったら、帝国が黙っていないぞ! お前みたいな蛮族、指先ひとつで消し飛ぶんだぞ!」
「帝国に歯向かったやつは、誰1人として生きていないんだぞ! 知らないのか、田舎者め。家族も友人もまとめて全員殺してやるからな!」
火消坂はそんな怒りに満ちた叫び声を全く意に介さない。
そうして、謎の『実験』を始めた。
はじめに準備として、オアシス国家の元首である評議会議長を呼び出し、広大な中央広場の土地一帯を自分に譲るように頼んだ。
中央広場は国が管理している。もともとこのあたりのエリアは7年前、大火事で消失したエリアだった。ちょうど疫病に見舞われて人口が減っていたこともあり、再建する余裕も必要もなく、未だに広大すぎる土地が、中央広場という名の空き地となっていたのだ。
その中央広場を、評議会議長は二つ返事で譲った。もとより彼は火消坂に対し「このたびは我らを救っていただき、ありがとうございます! まことにありがとうございます!」などと這いつくばらんばかりに頭を下げて礼を言った人物である。反対するはずもない。
「は、はいっ! もちろんでございます! よろこんで火消坂様に差し上げますとも、ええ、もちろん!」
「うん、ありがとう」
ぺこぺこ頭を下げる議長に、火消坂はにっこり笑って礼を言った。
続いての行動は、さらに意味不明だった。
火消坂の行動を箇条書きにするとこうなる。
・実験1
ゴーレムに命じて「やめろこの野蛮人が!」と暴れる帝国兵を1人、広場の一角に引きずって行き、何やら念じた。
帝国兵の足下に草が生えた。
「僕自身は庭作りのメンバーに含まれていなくてもいいんだな」と火消坂は満足そうにつぶやいた。
・実験2
暴れる帝国兵をまた広場の別の一角に引きずって、念じた。
帝国兵は「ひひゃあああああああ!」と叫び声をあげながら、地面ごと空に飛んで行ってしまった。
地面はえぐれている。
その後、空飛ぶ妙な乗り物で、上空の帝国兵のところに向かった。
しばらくして連れて帰られた帝国兵は、なぜか『つらい労働をしていた』かのごとく、憔悴しきっていた。
「ハードモードもできるんだな」と火消坂は満足そうにつぶやいた。
・実験3
帝国兵2人を、食用サボテンが生えている広場の一角に引きずって行った。
続いて彼らの体に大きな布がかぶせ、その姿を見えないようにした。
そうして念じた。
帝国兵達はまた「ひぎゃあああああ!」と叫びながら地面ごと上空に飛んで行ってしまった。
上空から帝国兵達を連れて戻ってきた火消坂は「イージーモードはないんだなぁ……」と残念そうにつぶやいた。
ちなみにこの2人の兵達は「今度はハードモードでやってみよう」と言う火消坂により、もう一度絶叫とともに上空に飛ばされた。
とまあ、実験はこんな具合である。
火消坂以外は何をやっているのか誰もわからないだろう。
無論、皇子もわけがわからなかった。
なぜ草が生える? なぜ地面が飛ぶ?
こいつは何をやっているんだ? 何がしたいんだ?
まるでわからない。ただただ不気味である。
「いやあ、ありがとう。お前達のおかげでいい実験になったよ」
実験とやらが終わったのだろう。
火消坂は、にっこり笑った。
「っ!」
皇子はその笑顔にわけのわからなさを感じて一瞬ぞっとしたが、すぐにいつものプライドあふれる態度に戻った。
「ふ、ふん。まあいい。で、いつ僕を解放するんだ」
「え?」
皇子の言葉に火消坂は不思議そうに聞き返す。
相変わらずのぞんざいな態度に、皇子は怒りと屈辱でムカムカしながら、こう言った。
「ちっ、この頭の悪い蛮族が!
いいか、バカなお前はわかってないようだから、もう一度説明してやる。僕は帝国の皇子だ。西方の大帝国のことは、いくら田舎者のお前でも聞いたことがあるだろう? このあたりの数々の国を滅ぼした偉大なる大帝国だ。
僕はその大帝国の皇子なんだ。お前も、お前の家族も、友人も、簡単に皆殺しにできるんだぞ?
それがわかったら、今すぐ僕を解放するんだ! わかったか、この野蛮人が!」
皇子はあくまで強気な態度を崩さなかった。
こんな弱そうなクズの野蛮人、高貴なる帝国人の僕が本気で脅せば、泣いて言う通りにするに違いない、という気持ちがまだあったからだ。
だが火消坂もまた、あくまでその態度を崩さなかった。
彼はニコニコ笑って、こう言ったのだ。
「残念だけどそれは出来ないなあ。お前達にはこれからおしおきが待っているからね。これからお前達は一生、庭作りハードモードを味わってもらう。これまで何万人も殺してきたんだ。それくらい覚悟の上だろ?」