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ダルカレーと月のかけら 後編

◇◇


 『月のかけら』――

 幻とされている宝石で、実際に目にした者は誰一人としていない。

 でも古くからの言い伝えによれば、ダグラ山の山頂で、満月の翌日に影を作る場所で、それは採掘できるらしいのだ。

 満月からちょっと欠けた部分が宝石になって地上に落ちてきたのだろう……。

 だから『月のかけら』と言うのだそうだ。

 

………

……


 マルコさんのクエストが却下されてから数日が経った。

 今宵は満月。

 もしクエストが無事に発行できていたなら、今夜『ポム』は明日旅立つ冒険者たちで満席になったはずだ。

 

 でも、そんなことはなかった……。

 

 あれ以来、マルコさんは武器屋にも出てこず、もちろんここにもやって来ない。

 

 

「はぁ……。マルコさん、大丈夫かなぁ」


「そんなやわな男じゃねえよ。あいつはよ……」



 オンハルトさんが背中を向けながらボソリとつぶやく。

 その声色がすごく寂しくて、私は思わずうつむいてしまった。

 ……と、その時だった。

 

 

「そんな顔しないでおくれ、エミリーヌさん」



 と、氷のような透き通った声が聞こえてきたのだ。

 


「レアンドロさん!?」


「こんばんは、エミリーヌさん」



 なんと、そこには王都の病院に入院しているはずのレアンドロさんが立っていたのである。

 白い肌に穏やかな微笑は何ら変わらない。

 でも、痛々しいほどにやせ細った体は、彼の壮絶な闘病生活を如実に物語っていた。

 

「どうしたい? その様子じゃ、まだまだって感じだが」


 オンハルトさんが水を差し出しながら、問いかける。

 するとレアンドロさんは、変わらぬ口調で答えた。

 

「ええ、しかし親友がまた無茶をしようとしていると聞きまして……」


 それはマルコさんのクエストのことを指しているのはあきらかだ。

 彼の耳にも『月のかけら』のことが届いているに違いない。

 

「ああ……。しかしクエストは却下されてだな……」


「ええ、だからこそ、無茶をするはずです。あなたも……」


「えっ?」


 私が目を丸くしたその時だった。

 

 カラン。カラン。

 

 と、来店を報せる鐘の音がした。

 そこにはまるで冒険者のように装備を固めたマルコさんが立っていたのだ。

 

「レアンドロ……。お前……」


「マルコ」


 険しい顔つきでマルコさんを睨みつけたレアンドロさん。

 つかつかとマルコさんに近寄っていく。


「なんでも話すのが親友なんだろ!? 一人で無謀な旅に出るのが、私のためだとか思ったのか!?」


 そして殴り飛ばしそうなほどに拳を固めた。

 

「レアンドロさん! やめて!」


 と、私が叫んだその瞬間……。

 

――ガシッ!


 と、マルコさんを抱きしめたのだった。

 自分の身に何が起こっているか分かっていないマルコさんは、ただ目を丸くしている。

 するとレアンドロさんは震える声で言った。

 

「ありがとう。ありがとう。ありがとう」


 三回続けた感謝の言葉。

 そこにすべての想いはつまっていた。

 マルコさんとレアンドロさんの目から同時に大粒の涙が溢れ出す。

 

 とても暖かくて、優しい涙だ。

 

 互いを想いやり、互いを大切に思っているからこそ、流せる涙だ。

 

 二人の間にそれ以上の言葉はなかった。

 それでも小さな泣き声が、何年ぶんも語り合っているように思えてならかった。

 

 ……と、そこにオンハルトさんがやってくると、二人の前にダルカレーを置いた。

 

 

「二つの豆だからこそ、活きるんだよ。どっちが欠けてもなんねえ。だから、二人とも……。『生きる』んだ」



 二人は無言でうなずくと、一口カレーを頬張る。

 

 

「おいひいです……」



 ようやく絞り出した言葉の後は、泣きじゃくりながらカレーをゆっくりと食べ続けていた。

 するとオンハルトさんが巨大な剣を背にして、ゆっくりと店を後にしようとした。

 そして私に一言だけ告げたのだった。

 

 

「明日は仕込みから全部任せる。いいな?」


「えっ? オンハルトさん? いったいどこへ?」


「野暮なこと言わせるな。こういう時は、黙って見送るのが粋ってもんだ」



 オンハルトさんが店を出ていく。

 私とマルコさん、そしてレアンドロさんの三人は、オンハルトさんを追って店を飛び出した。

 

 すると、次に飛び込んできた光景に目を疑った――

 

 なんと……。

 

 数十人の冒険者たちが、満月の空の下で集合していたのである――

 

 

「冒険者ってのはよ。時に『バカ』しちまう人種なんだよ」



 オンハルトさんが背中を向けたまま言うと、冒険者のみんながニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 

「損とか、得とか。金になるとか、ならねえとか。そんなことばっかで生きてても面白くねえだろ。時には美しい友情のために、ひと肌脱いでやろうってのも、人生の面白みってやつさ。なあ! そうだろ!? てめえら!!」



 オンハルトさんが夜空を震わせるような咆哮をあげる。

 

――おおっ!!


 みんなも彼に負けじと大声で返した。

 そしてオンハルトさんは右手を上げながら叫んだ。

 

「行くぞ! 目標はダグラ山! 明日の月夜までに到着するんだ!!」


――おおおおおおおっ!!


 地響きのような掛け声とともに、私の目から滝のような涙が溢れ出した。

 もちろんマルコさんとレアンドロさんも泣いている。

 そして何度も街を出ていく冒険者たちの背中に向けて「ありがとう」と言ったのだった――

 

 

◇◇


 『ムーン・デスティニー』――

 「月の運命」という異名のアクセサリーは、『月のかけら』をベースに作られる幻のアクセサリーだ。

 身につけたものには限りない幸運が訪れるという。

 

 この世にはまだ、一つも出回っていない。

 でもたった一つだけ、こうこうと輝いているのを、冒険者なら誰もが知っているのだ。

 

 

 心優しく、友人想いの青年が病魔と戦っているベッド中で――

 

 


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