カレーパンとおにいちゃん 前編
◇
ある日、オンハルトは王宮に呼び出された。
王国内で店をかまえて暮らしていく以上は、断れるはずもない。
彼は店を臨時休業として、王宮のある都へと足を運んだ。
そこで彼を待っていたのは国王の側近、フランツだった。
線の細い、いかにも切れ者の好青年といった風貌の彼は、王宮の応接間にオンハルトを通すなり、いきなり本題を切りだした。
「あまり勝手をされると困ります」
フランツが丁寧な言葉遣いで苦言をていしたのは、クエストが却下されたマルコの代わりにオンハルトが他の冒険者たちを引き連れて『月のかけら』を取りに行ったことだ。
もちろんルール違反であり、これが冒険者だったら冒険者の資格をはく奪されてしまってもおかしくない。
だがフランツはオンハルトに罰を与えようとは考えていないようだ。
それは彼が困ったように眉をひそめている様子からもよくわかる。
オンハルトは頭をかきながら言った。
「悪かったな。国王陛下からの文句だったらいくらでも受け付けるからよ。マルコたちに害がおよばないにしてくれよ」
「はぁ……。まあ、今回のことは『穏便に』というのが陛下のご意向ですから……」
「そいつは助かる。じゃあ、話がそれだけだったらもう帰るぜ。明日の仕込みがあるんだ」
そそくさとその場を立ち去ろうとするオンハルトに対し、フランツは慌てて声をかけた。
「お待ちください! 陛下からの伝言があるのです!」
「国王からだと? ふん! どうせろくでもないのは目に見えている。失礼させてもらうぜ」
なおも部屋を出ていこうとするオンハルトに、フランツは早口で告げた。
「冒険者に戻って欲しい! この国と旅人の安全のためには、貴殿の力が必要なのだ! とのことです!」
オンハルトは足を止めずに、ひらひらと手を振った。
言うまでもなく「戻るつもりはない」というそっけない答えだ。
フランツにとっても予想通りの答えだったのだろう。
彼は表情を変えずに続けた。
「それと、あのエミリーヌという少女!」
今度はぴたりと足が止まるオンハルト。フランツは声の調子を落として言った。
「彼女は『魔法』が使えますね?」
「さあな」
オンハルトは背を向けたまま生返事をした。
フランツは彼の反応を確かめる間もなく、言葉を続けた。
「私は彼女の優れた才能を伸ばしてやりたいと思っております」
オンハルトは黙ったまま、その場に立ち尽くしている。
フランツは続けた。
「王宮の魔法研究所の職員として彼女を迎え、そこで自身の魔法の研究と、才能を伸ばすための訓練を積ませてあげたいと考えております!」
「……そしてこの国のために、彼女の魔法を使わせてもらおうという魂胆かい」
オンハルトのぼそりとつぶやいた声に、かすかな怒気がこもる。
しかフランツは臆することなく続けた。
「この国のためではありません! この世界に住む全ての人々にとって、彼女の魔法の力が役立つのではないかと思っているのです!」
オンハルトは無言のまま歩き出した。
フランツは彼の背中に熱のこもった視線を送り続けた。
しかし彼はついに振り返ることなく部屋を後にしたのだった――
◇
今日はオンハルトさんが王都へおでかけしてしまったので、『ポム』はおやすみ。
私、エミリーヌのアルバイトもなくなってしまったが、その代わりお使いを頼まれていた。
月に1回、オンハルトさんは『カレーパン』を作って、教会で暮らす孤児たちにプレゼントしている。今日はそんなオンハルトさんの代わりに、私がパンを届けにきたのだ。
「わーい! パンがきたぞー!」
「きゃはは! カレーパンだいすきー!!」
カレーパンがいっぱいつまった大きなバスケットを抱えた私に、教会で暮らしている孤児たちが一斉に集まってくる。
たちまち子どもたちに囲まれて困っていたところに、神父様の穏やかな声が響いてきた。
「これこれ、エミリーヌさんが困っているだろう。みんな、行儀よく一列に並びなさい」
「はーい!!」
子どもたちが一斉の私の前に並ぶ。
人数は10人くらいだろうか。王都や町の外で孤児となってしまった子どもたちも神父様が引き取っているそうだ。子どもたちの食費などは王宮から出されているらしい。
「はい! どうぞ!」
「わーい! ありがとう! おねえちゃん!」
一人一人にパンの入った包みを渡していくと、子どもたちは目を輝かせて受け取ってくれた。
その場で「おいしい!」と言いながら、口いっぱいに頬張っている。
彼らの様子を見ているだけで私も幸せな気分になっていった。
そして今ここにいる子どもたち全員に手渡ったところで、パンは残り一つ。
きっと神父様のぶんに違いないわ、そんな風に思い、彼に包みを手渡そうとした。
しかし彼は首を横に振って、受け取ろうとしなかったのである。
「もう少し待っていてください。そのパンを渡すべき人がここにやってくるでしょうから」
「え? そうなんですか?」
キョロキョロと周囲を見回していると、一人の青年がこちらにゆっくりと近づいてきた。
顔を伏せたまま、どこかばつが悪そうだ。
すると彼を見つけた神父様が笑顔で迎え入れた。
「よくやってきたね。コンスタン。ささ、こっちへきなさい」
「はい……」
「エミリーヌさん、彼に残りのパンをお渡しくださいな」
「え? で、でも……」
オンハルトさんからは「子どもたちに配ってくれ」と言われている。
目の前のコンスタンと呼ばれた青年は明らかに私と同年代か、少し年上で、『子ども』というには年を取りすぎていると思った。
私の戸惑いを察してくれた神父様が、優しい口調で言った。
「コンスタンの妹さん、アナベルというんだがね。彼女は病気がちで家を出られないんだよ。彼は亡くなった両親の代わりに、アナベルの面倒を見ているというわけだ」
私は目を丸くしてコンスタンさんを見つめた。
彼はますます小さくなって頭をかいている。
「そんな事情も知らずに、ごめんなさい! これ、どうぞ!」
「ありがとう。妹も喜ぶよ」
彼は私が差し出した包みをそっと受け取ると、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
そして神父様と私に一礼すると、そそくさと教会を後にしたのだった。
その背中を見送る私の横に立った神父様は、私だけに聞こえるような小さな声で言った。
「不幸な事故でね。となり町に買いだしに出かけたご両親がモンスターに襲われてしまったのだよ」
「モンスターに……」
「ええ。『危険察知』の魔法に誤りがあったようなんだ」
「まあ……」
町から王都までの道のりは兵隊さんたちが見回ってくれているので安全だ。
けど、他の町まで行くにはモンスターと遭遇する恐れがある。
そこで旅に出る時は、王宮の魔法研究所に立ち寄って、そこに所属する魔法使いに『危険察知』という魔法を唱えてもらうことになっているのだ。
『危険察知』という魔法で、いつ旅をすればモンスターと遭遇しないかが分かるからである。
でも、研究所の魔法使いの方の高齢化が問題になっているらしい。
そのせいで魔法の精度が下がっており、時折このような不幸な事故が起こってしまうと、聞いたことがある。
「彼には『冒険者になりたい』という夢があったんだけどね。モンスターに両親を殺されてしまったことや、妹さんの看病のために、彼はその夢を諦めてしまったんだよ」
「そうだったの……。なんだか悲しいわ」
私は空になったバスケットに視線を落とした。
しかし暗い気持ちを吹き飛ばすような子どもたちの声が響いてきたと同時に、私のエプロンがぐいぐいと引っ張られた。
「ねえ! おねえちゃん! おままごとして遊ぼう!」
「鬼おっこして僕たちと遊ぼうよー!」
私は神父様の顔を見ると、彼は苦笑いをして「よろしくお願いします」とつぶやいた。
「よーし! じゃあ、お姉ちゃんと『カレーごっこ』しようか!」
「カレーごっこ? それなあに?」
私は心のもやもやを吹き飛ばすように大きな声をあげると、子どもたちの輪の中へと入っていったのだった。




