19話
翌日。
母星に辿り着いた私達は、平八の監視下の元、近くの活気ある街をぶらぶらと散歩することにした。
呼び込みの賑やかな声、往来を行き交う人々のざわめき、あちこちで繰り広げられる値引き交渉の威勢のいい掛け声と、路地を通り抜ける車の駆動音。
四人で軒先売りの団子を頬張り、瑞々しい果物をかじりながら歩いていると、大通りの喧騒から少し外れた場所に、ひっそりと佇むさびれた神社を見つけた。
その神社は、周囲の賑やかな喧騒から取り残されたようにひっそりと佇んでいた。石鳥居はところどころ苔むし、参道の脇には枯れ葉が積もっている。それでも、不思議と嫌な暗さはなく、どこか厳かで静かな空気が満ちていた。
「あ、神社。お賽銭はないけど、果物でもお供えしていこーよ」
桃李がそう言うと、上着のポケットから手品のように真っ赤なリンゴを取り出し、木製の賽銭箱の前にコト、と置いた。
「……何でお前はポケットにリンゴを丸々一個放り込んでるんだよ」
平八が心底呆れたように眉をひそめる。
「金持ちになれますように」
桃李は平八のツッコミを完全にスルーして、両手を合わせ、目を閉じて調子のいい願い事を呟いた。
「桃李と平八の頭に隕石が落ちますように」
隣に並んだ重治が、淡々とした声でとんでもない呪詛のような願い事を唱える。
「罰当たりなお願いごとしてんじゃねーよ」
「いやいや、二人まとめて隕石って物騒すぎるでしょ!」
私がすかさず突っ込むと、桃李が「せめて俺だけは軌道から外してくれよ!」と大真面目に抗議してきた。
「どっちにしろ、神様もリンゴ一個でそんな物騒な注文は引き受けねぇよ」
平八が呆れたように鼻で笑い、腕を組んだまま鳥居の柱に背を預ける。口元はいつもの意地の悪い笑みを浮かべているけれど、その眼差しは、久しぶりに四人で他愛もない言い合いをしているこの光景を、どこか楽しそうに見守っているようでもあった。
それからワイワイガヤガヤと騒ぎながら参道を下り、再び大通りの賑やかさに合流したときだった。
ふと、通りの角にある、こぢんまりとした飴屋の店先が目に留まった。
色とりどりなガラス瓶が並ぶ軒先を、子供達が熱心に覗き込んでいる。
一番小さな男の子が、つま先立ちになって瓶の中の黄金色のべっこう飴をじっと見つめていた。その横で、少しお姉さんらしき女の子が、自分の手のひらに載せた、数枚の硬貨を何度も数え直している。
「あーあ、あと一枚足りないや」
女の子ががっかりしたように肩を落とすと、小さな男の子が「そっかぁ……」と寂しそうに俯いた。
「おーい、どしたの?」
桃李がすかさず、ひょいと腰を落として子供達の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
最初は警戒していた子供達も、桃李の底抜けに明るい笑顔に毒気を抜かれたのか、女の子がもじもじと手のひらを見せた。
「あべかわ餅、みっつ買いたかったんだけど……お金、これしかなくて」
「なーんだ、そんなこと!」
桃李はそう言うと、隣に立っていた平八の肩をバンバンと叩いた。
「おい平八!監視役サマなんだから、これくらい奢ってやれよー」
「あぁ!? なんで俺が餅代を払わなきゃならねぇんだよ」
平八が眉間に思いきりシワを寄せているが、私達はほぼ身一つで連れてこられたので、お金は持っていない。
「仕方ねぇな……」
平八は信じられないほど深い、地の底から這い出るようなため息を吐き出した。
「飴屋、こいつらに安倍川餅三つ。あとラムネを人数分」
平八はぶつぶつと文句を言いながらも、懐から財布を取り出して渋々とお金を飴屋に手渡す。
「わあ……!ありがとう!」
子供達の顔がパッと輝き、一番小さな男の子がぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。
飴屋の店主は「はいよ、毎度あり!」と威勢よく笑い、包んだ飴とラムネの瓶を平八に渡す。
平八はその包みをしゃがみ込んで子供達に持たせる。
「喉詰まらすんじゃねーぞ」
子供達は両手いっぱいに飴の包みを抱え、「お兄ちゃん、ありがとう!」と何度も振り返りながら、嬉しそうに雑踏の向こうへと走っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私たちは手渡された冷たいラムネの瓶をそれぞれ手にする。
「てか、飴屋なのに安倍川餅あるんだね」
「それ、俺も言おうと思ってた!飴屋で安倍川餅って、どっちがメインなんだよ!」
桃李がラムネの瓶を片手に、我慢しきれないといった様子で吹き出した。
「うるせぇ。売ってたんだから細かいことは気にするな」
「……ラムネはあの子達が喉に詰まらさないように買ってあげたのか?」
「変な邪推すんじゃねぇ。俺はただ財布の小銭を減らしたかっただけだ」
「国民に優しいテロリスト……」
桃李がラムネの瓶を片手に、ニヤニヤしながら平八の脇腹を小突く。
「おい、昨日サメの餌にするぞって言っただろ。ここには海はねぇが、そこらのドブ川に沈めるくらいなら今すぐできるぞ」
「川はさすがに遠慮!汚れる」
「問題はそこじゃねぇよ!」
桃李のピントのずれた返しに、平八が額の青筋をさらに増量させる。そのやり取りがあまりにもいつも通りで、私と重治は顔を見合わせて思わずくすりと笑ってしまった。
「……全く、どいつもこいつも」
「あんまり変わってないよね……あの二人も喧嘩っ早さだけは健在だし」
「本当にな」
重治がポツリと漏らし、腕を組んだ。
ビー玉がカラリと音を立てるラムネの瓶を傾けながら、喉を鳴らして冷たい炭酸を流し込む。
母星のどこか懐かしい街並みと、お祭りの日のように賑やかな空気。
不気味なメッセージを送ってきたテロリストと、それに囚われた人質―――そんな重苦しい関係なんてどこにもなくて、ここにあるのは相変わらずバカなことばかり言って張り合っている、いつもの私達だった。
それから平八に案内されてたどり着いたのは、旧市街の端に佇む半ば廃墟と化した古い倉庫だった。
錆びついた重い鉄扉が甲高い音を立てて開くと、中は思いのほか整頓されている。散乱した機材や古い棚の隙間に、生活感の残る毛布や、簡易的な通信端末が整然と並べられていた。
「すげー、ちゃんとした秘密基地じゃん」
桃李が珍しそうにキョロキョロと周囲を見回しながら、入口近くにあった古い木箱の上にドカッと腰を下ろす。
裸電球が沢山付いており、換気のためかファンが回っている。
「秘密基地って言うな。ただの作業場だ」
平八に促され、私と重治も近くのパイプ椅子や頑丈そうな木箱へと腰を下ろす。
部屋の中央にある古いスチールデスクには、母星の都市図や、手書きのメモがびっしりと書き込まれた作戦書が無造作に広げられていた。
それらを眺めていた重治が、腕を組みながら静かに口を開く。
「意外に計画性を身に付けているじゃないか。昔は作戦を聞かなかったのにな」
重治の言葉に、平八はフンと鼻で笑い、スチールデスクに肘をついてこちらを見返した。
「一人で動く以上、行き当たりばったりじゃすぐに足がつくだろ。あの頃みたいに、俺が無茶をやってもフォローしてくれるお前らがいたわけじゃねぇんだからな」
その言葉には、毒づきながらもどこか素直な本心が混ざっていて、私と桃李は思わず顔を見合わせて小さく笑った。
「へぇ〜、つまり『俺達がいなくて寂しかった』ってこと?」
桃李がニヤニヤしながら身を乗り出すと、平八は間髪入れずに近くにあった丸めた紙くずを投げつけた。
「調子に乗んじゃねぇぞ」
平八は飛んでいった紙くずから目を逸らし、少し低く落ち着いた声で続ける。
「……重治、その計画書を見てどう思う」
重治は手元の都市図と手書きのメモに視線を落とし、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと指先で地図の一点を指し示す。
「……なるほどな。お前が一人でここまで詰めたのは認めてやる。だが、穴だらけだ」
「あー?」
眉を跳ね上げる平八に対し、重治は平然と淡々と穴を指摘し始めた。
「まず第一に、この抜け道の警備網の更新周期を計算に入れていない。第二に、突入のタイミングが……」
「なるほどなぁ、つまりここから迂回して……」
どうしよう。完全に二人だけの世界に入り込んで盛り上がっている。
「頭脳派楽しそー」
「それなー」
桃李と顔を見合わせ、声をひそめてケラケラと笑い合う。
目の前では、重治がペンを手に都市図の上をすらすらと走らせ、平八が「チッ、そこは監視カメラのブラインドスポットを使って乗り切るつもりだったんだよ」「そのブラインドスポット自体が先週から最新の熱感知センサーに切り替わっている」なんて、火花を散らす勢いで白熱した議論を繰り広げている。
飛び交う専門用語が、私達にはさっぱり分からなかった。




