16話
ある日の放課後。西日の差し込む私の部屋で、いつものようにミカちゃん達と机を囲んでいた。
山積みにされたノートと、半分も進んでいない宿題。手元のお菓子をつまみながら、他愛もないおしゃべりに花を咲かせていた、まさにその時だった。
急にミカちゃんがカレンダーを指差して声を上げた。
「ああ!明日星祭りだ!」
「え、星祭り?」
突然のイベントの登場に、私は持っていたシャーペンを置いて思わず目を見開く。すっかり忘れていた。毎年この時期に商店街で開催されるお祭りだ。
「今年はみんなで行こーよ」
ミカちゃんは目を輝かせながら、私たちの顔を順番に見回した。その勢いに引き込まれるように、みんなも「賛成!」と手を挙げる。
「じゃあさ、せっかくだし、浴衣着よー!」
「浴衣!?でも、自分で着られるかな……」
「大丈夫、ネットで着付けの動画見ながらやればなんとかなるって!それに、お母さんに手伝ってもらえばいいじゃん!」
一気に部屋の中が華やかな作戦会議の場へと変わる。
明日着る浴衣の色、合わせる髪飾り、屋台で何を食べようか。さっきまで重かった宿題の空気はどこかへ吹き飛んでしまい、明日の星祭りに向けて思いを馳せていた。
そして迎えた星祭り。
夕暮れ時の空が、深い藍色と燃えるような茜色に染まり始める頃。私たちは、慣れない浴衣に身を包んで、商店街へと続く坂道に集まった。
「あ、みんな!こっちこっち!」
坂の上から大きく手を振るミカちゃんの姿を見つけて、私たちの間から思わず「わあ!」と歓声が上がる。
いつも学校の紺色の制服や、休日のカジュアルな私服姿ばかり見ているから、赤や紺、淡い水色といった色とりどりの浴衣に身を包んだみんなの姿は、なんだか少し大人っぽくて、直視できないほどまぶしい。
「みんな、すごく似合ってる!」
「歩くのちょっと大変だけど、やっぱり浴衣にして大正解だね!」
カランコロンと、アスファルトに小気味いい木製の下駄の音を響かせながら、私達は一歩ずつ、楽しげな音楽が聞こえるお祭りの喧騒へと足を踏み入れた。
「ちょっと、待って~!」
背後から情けない声が聞こえる。振り返ると、お気に入りのピンクの浴衣の裾を気にしながら、まるでペンギンのようにヨロヨロと歩くミカちゃんが、ワタワタと両手を広げてバランスを取っていた。
母星では、洋服よりも和服のような衣服が一般的だった。だから下駄を履いて歩くことなんて、私にとっては朝飯前で、すたすたと早歩きだってできるくらい慣れている。
だけど、地球生まれ地球育ちのみんなにとっては、鼻緒が指の間に食い込む感覚も、木底の不安定さも、慣れていないのか足取りがおぼつかない。
「転ばないように気をつけてね!?」
「う、うん。ダイジョブダイジョブ」
商店街に入ると、きらきらと輝く提灯の光が私達の顔を照らした。
香ばしい焼きとうもろこしの醤油の匂い、お祭りの定番である色鮮やかなりんご飴、まるで大きな雲のようなわたあめ、水面でカラフルに揺れるヨーヨー釣り。お囃子の太鼓の音がズンズンと体に響いて、まるでお祭りの熱気が体中を駆け巡るよう。
「わあ、すごい賑やか……!」
見上げるような大きな屋台の列に、私は目を輝かせた。まるで宝箱を開けた時のようなワクワク感が止まらない。
「ねえねえ、まずは何から食べる? 私、絶対にりんご飴が食べたい!」
いつの間にか下駄の歩き方に慣れたらしいミカちゃんが、今度は現金にもぐいぐいと私の手を引っぱっていく。
「私はたこ焼き!マヨネーズ多めのやつ!」
リンちゃんが待ってましたとばかりに元気よく手をあげる。
それから私達は、金魚すくいに一喜一憂し、唐揚げを買い食いし、お面屋の前で笑い転げ、輪投げに挑戦し……とにかくお祭りを遊んで、遊んで、遊び倒した。
サエちゃんの歩き方に違和感を感じれば、履き慣れない下駄のせいで靴擦れを起こしたのか赤くなった足の指が目に入る。
これ以上歩かせてはいけないと思い、ベンチに座らす。
「ごめんね、せっかく盛り上がってるところなのに……」
申し訳なさそうに眉を下げて、赤くなった足の指先をそっと庇うサエちゃん。
「何言ってるの!我慢して歩き続けて、もっと痛くなっちゃったら大変だよ」
アオイちゃんはサエちゃんの前にしゃがみ込み、持ってきていた巾着袋の中をガサゴソと探った。
「はい、これ使って!」
アオイちゃんが巾着袋から取り出したのは、可愛らしいキャラクターがプリントされた絆創膏だった。
「さすがアオイちゃん!」
「まだお祭り始まったばかりだし、焦らなくて大丈夫。ここで少し風に当たりながら休もうよ」
ミカちゃんがベンチの隣に腰掛けながら言うと、リンちゃんが「じゃあ、私がみんなの分の冷たい飲み物買ってきてあげる!」と、元気に立ち上がった。
「あ、私も行く!一人じゃ持ちきれないでしょ?」
「サンキュー、紫乃ちゃん!じゃあ、何がいい?」
「「「ラムネ!」」」
満場一致でラムネだった。
「分かった!」
リンちゃんと私は、元気よく手を振って賑やかな屋台の列へと歩き出した。
参道を少し下り、提灯の明かりがひときわ明るい一角にラムネの屋台を見つける。氷がたっぷり入った冷たい水の中に、涼しげなガラス瓶がぎっしりと並んでいた。
「すみません、ラムネ五つください!」
私が声をかけると、ねじり鉢巻を巻いた威勢の良い店主が「はいよ!」と、水の中から冷えたボトルを次々に引き上げてくれる。
「ねぇ、あっちに売ってあるたこ焼き買ってきて良い?」
リンちゃんが行列が作られているたこ焼き屋さんを指差して言った。
「いいよ!じゃあ、私はここでラムネを受け取って待ってるね」
リンちゃんは「ありがと!すぐ戻るね!」と手を振り、美味しそうな匂いが漂うたこ焼きの行列へと小走りで向かっていった。
店主が冷えたラムネの瓶を一本ずつ、丁寧に水気を拭き取って手渡してくれる。受け取ったガラス瓶は驚くほど冷たくて、指先からお祭りの熱気をすっと引かせていくようだった。
「お姉ちゃん、はい、五つね。気をつけて持っていきなよ」
「ありがとうございます!」
片手で二本ずつ、残りの一本をなんとか指に引っ掛けるようにして、私はラムネを抱えた。
少しすると、リンちゃんが熱々のたこ焼きが入った舟皿を誇らしげに掲げながら戻ってきた。青のりとソースの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、思わずお腹が鳴りそうになる。
「買えた!めちゃくちゃ並んでたけど、すっごく美味しそう!」
「お疲れ様!じゃあ、みんなのところに持っていこう」
私達は戦利品を抱え、みんなの待つベンチ向かうと、見慣れた後ろ姿が見えて足を止めた。
紺色の浴衣に特徴的な桃色の髪……桃李だ。普段のジャージ姿からは想像もつかないほど綺麗に着こなした浴衣。そして、その両手にはこれでもかと大量の屋台飯を持っている。
(やっべ、知らないフリしとこ……)
そっと目をそらし、気配を消して通り過ぎようとした――その瞬間。運悪く桃李がこちらを振り向き、バッチリと目が合ってしまった。
両手がラムネで完全に塞がっている私の状況など、その鳥並みの頭脳ではお構いなし。桃李はパッと表情を輝かせると、泥棒を見つけた警察さながらの勢いで距離を詰めてきた。
「あー!助かった紫乃!これ一人で持つの、マジで一苦労だったんだよねー!」
悪びれもせずそう言うと、桃李はまだ熱い唐揚げのパックや、タレが染みた焼きとうもろこしが入った大きなビニール袋を、私の腕の中にぐいぐいと押し付けてきた。
「紫乃ちゃんの知り合い?」
横で見ていたリンちゃんが、不思議そうに首を傾げた。私は真顔のまま、限界まで声を冷たくして言い放つ。
「ううん、全然知らない人」
「え?」
「全然知らない人は酷いだろ!」
私のあまりの即答ぶりに、桃李が焼きとうもろこしの袋を持ったまま大げさにショックを受けたような声を上げた。
その様子を横で見ていたリンちゃんは、目をパチクリとさせて私達を交互に見つめている。
「あ、あはは……冗談だよ。ちょっとした知り合い、っていうか幼馴染みたいなものかな」
私が引きつった笑みを浮かべながら慌てて訂正すると、桃李はすぐにいつもの調子を取り戻し、人懐っこい笑みをリンちゃんに向けた。
「そーそー、幼馴染。どーも、紫乃の友達? 浴衣すっごい可愛いね。俺、桃李って言うんだけど、良ければ連絡先どぅいったぁぁっぁあ!?」
ドカッ!!という、お祭りの太鼓の音よりも鈍く重い衝撃音が響き渡った。
どこから飛んできたのか全く分からない重治が、桃李の側面から美しい上段蹴りをぶちかましていた。
完全に不意を突かれた桃李は、顎を綺麗に蹴り上げられて凄まじい声を上げている。見るからに痛そうだ。
「お前、仕事をサボってこんなところでナンパか?お前のせいで風呂がブッ壊れた重みが、まだ分からんようだな……!」
胸ぐらを掴みながら桃李をがんがん地面に打ち付ける重治を誰も止めようとはしない。
リンちゃんは急に繰り広げられる喧嘩にオロオロしているし、私は巻き込まれないように気配を消そうと頑張っている。
「う、うわああ!重治、待って!祭り!ここ祭りだから!人目が! 人目が痛いッ!」
地面にがしがしと打ち付けられながら、桃李が必死に両手をバタつかせて悲鳴を上げた。
私はこれ以上関わると絶対に面倒なことに巻き込まれると直感し、すっとリンちゃんの肩を抱いて回れ右をした。
「リンちゃん、行こう。あの二人は放っておいて大丈夫だから」
「え、ええ!? でもあの桃色の髪の人、紫乃ちゃんの幼馴染じゃ……」
「大丈夫、あれはただの日常茶飯事だから。それより、たこ焼きが冷めちゃう」
私の冷徹な判断に引っ張られるように、リンちゃんは何度も後ろを振り返りながらも、トボトボと歩き出してくれた。背後からはまだ「重治ぃ!浴衣が!お気に入りの浴衣が破れるぅぅ!」という桃李の絶叫が聞こえていたけれど、私は一切耳を貸さずにベンチへと急いだ。
みんなの待つベンチに戻ると、ベンチから立ち上がったアオイちゃんが、私の腕を見て目を丸くする。
「おかえり!……って、紫乃ちゃん、それどうしたの!?」
そうなのだ。私の両手には、自分が持っていた5本のラムネ瓶に加え、桃李から押し付けられた大量の唐揚げパックや焼きとうもろこしの袋がある。
「お土産」
「「「お土産!?」」」
「うん、お土産。……というか、さっき道端でちょっとした『イベント』が発生して……」
私が淡々とした口調で言うと、ミカちゃん達が「イベント?」と不思議そうに顔を見合わせ、リンちゃんに目を向けた。
「そ、そうなの! ラムネを買った帰りにね、紫乃ちゃんの幼馴染っていう桃色の髪の男の子が突然現れて……!」
リンちゃんは、まだ興奮が冷めやらないといった様子で、身振り手振りを交えながら話し始めた。
「その人が両手いっぱいに持ってた屋台飯を、紫乃ちゃんに有無を言わさず押し付けたの。そしたら今度は、どこからか別の男の子が飛んできて、ものすごい上段蹴りをその人にぶちかまして……!」
「じょ、上段蹴り!?」
サエちゃんが目を丸くして、思わず自分の足をさするような仕草をする。
「うん!それでね、仕事をサボるなー!って怒りながら、その桃色の髪の人をそのまま引きずって行っちゃったんだよ。だからこれ、あの人たちが置いていった……というか、置いていかざるを得なかったというか……」
リンちゃんの熱弁を横で聞きながら、私は無言でコクリと頷いた。嘘は一言も言っていない。




