第0話 後世の記録
王国年代記、第十二巻、第三章。
「智将バルク」と称された軍師の名は、王国の歴史に深く刻まれている。
その策は緻密で、その判断は迅速で、その作戦は美しかった。彼が指揮した戦場では、敵軍はことごとく崩れ、味方の兵は一人として欠けることがなかったと伝えられている。
特筆すべきは「ローヴェン砦攻略戦」である。難攻不落と謳われた砦を、彼はわずか半日で陥落させた。後世の軍学者はこの戦を「軍師の理想形」と呼び、士官学校の必修科目として今なお語り継がれている。
また「黒樫の森撃退戦」では、夜襲に長けた敵兵を一人残らず捕縛。彼の卓越した戦術眼は、地形と心理の両方を完璧に読み切ったと記録されている。
智将バルクは、まさに歴史に名を残すべき名将であった――
「ねえ」
歴史書を読んでいた老人の、孫娘が口を開いた。
「おじいちゃん、これ本当?」
「本当だとも。バルク様は伝説の軍師じゃ」
「でも、おじいちゃんの日記には……」
孫娘は古びた日記帳を開いた。
『軍師バルク、本日も橋を担ぐ』
『軍師バルク、城門を素手で押し込む』
『軍師バルク、森の木を一人で倒す』
『軍師バルク、荷物のふりをして敵を捕まえる』
『軍師バルク、荷馬車を橋にして投げる』
『軍師バルク、本人は普通に軍師のつもり』
老人は咳き込んだ。
「それは、その、なんじゃ……」
「歴史書と全然違うよ?」
「歴史というものはな、後世の解釈で美しくなるものなんじゃ」
「美化しすぎでしょ」
これは、後世の歴史書には書かれていない、本物の智将バルクの記録である。
策はあった。ただし、拳の方が早かった。




