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第十一話

 父の葬儀から数日が経った。


 犯人はまだ捕まっていない。あれから時折警察が話を聞きにくるが、捜査の進展についてはあまり教えてくれなかった。


 家庭では父の話題は不自然なほど出なかった。祖父母の態度はいつも通りで、父が数年ぶりに顔を出してから亡くなるまでの数日間なんて、まるでなかったかのようだった。


 しかし私は忘れられない。父と過ごしたあの1日の記憶が鮮明に残っていた。父とまた一緒に暮らしたいという願望が胸に燻っていた。


 父を殺した犯人は誰なのか、そんなことをずっと考えていた。


 そのせいなのか、私を取り巻く日常に違和感を覚え、これまでと同じ平穏がどこか気持ち悪いものに思えた。


 私は火災のあった休憩所を訪れた。


 カラーコーンで敷地ごと封鎖されているが、現場は調べ終わっているのか誰もいなかった。


 燃え残ったプレハブハウス。崩れ落ちたのか天井は無く、壁も崩壊していたため中が剥き出しになっていた。


 焼けた車は骨組みこそ残しているものの、そのほかは全て燃え尽きて元の面影は残っていなかった。


 どちらも数日の間に降り積もった雪に覆われ、火災の痕跡は消えていた。遠目で見るとここで火事があったことなんて誰もわからないだろう。


 私はカラーコーンを無視して敷地内に入理、休憩所の残骸を前にする。


 ここで父が亡くなったのだ。


 正直に言って、まだ実感が湧いていなかった。


 また前の時みたいにひょっこりと帰ってくるのではないか、そんなことを考えてしまっていた。


 しかし、この燃え尽きた休憩所を目にしてやっと、父は死んだのだと、もう帰ってくることはないのだという事実が私に襲いかかってきた。


 そのまま、しばらく佇んでいた。


 雪が降ってきた。


 灰色の空から溢れるように落ちてきたものが、目の前の焼け跡をさらに覆い隠していく。私はその様子をじっと見つめていた。


 焼け跡が消えて見えなくなっても、父が死んだ事実は変わらないというのに。


「勝彦くん」


 後ろから声をかけらる。


 振り向くと傘を指す先生が立っていた。


「先生。なんでここに」

「さっき窓から家の前を歩く君が見えてね。着替えて追ってきたんです」


 先生は私に傘を差し出し、頭の上の雪を払ってくれた。


「こんな日に傘も差さず、寒かったでしょうに」


 体は冷えていたが、そんなこと全く気にならなかった。振り返り、休憩所の焼け跡に目をやる。


「お父さんがね、ここで死んだんだ」


 口にすることでさらに実感する。


「お父さん、殺されたんだって」


 言葉にすることで、その事実を再認識する。


 父は殺された。


 私が父と一緒に過ごす未来は永遠に奪われた。


 私の胸の奥で、ドロドロとした黒い感情が湧き上がる。


「絶対に許さない。僕が犯人を見つけてーー」

「勝彦くん」


 その先の言葉は先生に遮られる。先生は悲しげな表情で私を見つめると、しばらくしてゆっくりと口を開いた。


「私の家へ行きましょう。これ以上ここにいると風邪をひいてしまう」


 先生は私の手を引いて歩き出した。私は大人しく従う。


 道中は無言。ただ先生の手だけが温かった。


 先生の家に着くと、すぐさまリビングへ案内される。暖房をつけたまま私のことを追いかけてきたらしく、部屋の中は随分と暖かかい。


 先生は私をソファに座らせると、毛布を何枚も私にかけて包ませる。


「待っててください。今紅茶を淹れてきます」


 先生が紅茶を淹れている間、私はソファに腰掛けてぼんやりと待つ。キッチンで先生がお湯を沸かす音が聞こえてくる。


 それからすぐ、先生が湯気の立つティーカップを二つ持ってきてくれた。


「さあ、飲んで」 


 ゆっくりと紅茶に口をつける。


 いつもなら角砂糖を一つ入れるのだが、この時は何も入れずにそのまま飲みたい気分だった。熱い液体が喉を通り、冷え切った体の芯を温めていく。


 緊張していた体がようやく落ち着いたように感じた。


「先生。ありがとうございます」

「気にしないで。ゆっくりしていってください」


 紅茶をもう一口飲む。やはり物足りなくて角砂糖を一つ入れる。先生はそんな私を見て声を上げて笑った。


「もう寒くないですか」

「はい」

「体に気をつけなきゃいけませんよ。体調を崩しでもしたら、君のおじいさんとおばあさんが心配してしまう」

「ごめんなさい」


 先生の言う通りだ。前のように2人を心配させるような真似は避けたい。


「お父さんのこと、さぞショックだったでしょうね」

「いえ」


 どうなんだろう。


 父との思い出は少ない。私の短い人生の、さらにほんのわずかな時間しか父と過ごすことはできなかった。


 そんな父の死に、私はショックを受けているのだろうか。そう自問自答する。


「僕、なんだかあまり悲しくなくて。お父さんが死んだのにお葬式でも全然泣けなくて。僕って薄情なのかな」

「勝彦くん」


 先生は悲しい顔をしながら、労るように私の肩に手を置く。


「無理をしないでください。今の君は自分を守るために心を閉ざしている状態です。今はそうじゃなくても、そのうちに悲しみが押し寄せてくる筈です。それは普通のことで、君は決して薄情な子なんかじゃありません」

「そうかな」

「そうです」


 先生にそう言われると少しだけ救われたような気がした。 


「さっき君は犯人を見つけたいって言ってましたね。それはやっぱり、お父さんのことがショックだったからじゃないでしょうか」

「そうだね、うん」


 先ほど思わず口にした言葉。あの言葉こそが私の本心だったのだろう。


「犯人を見つけたいですか」

「うん」


 犯人を見つけたところで父は帰ってこない。そもそも小学生の私なんかに見つけられるなんて、この時ですら思っていなかった。


 しかし何かをしたかった。このまま警察が犯人を逮捕してくれるのを待つだけなんてできなかった。

 

 このまま父の死を忘れ、いつも通りの日常に戻るなんて我慢できなかった。父がなぜ死ななければならなかったのか。その真実が知りたかった。


「わかりました。私も協力しましょう」

「本当に」

「ええ。勝彦くんが探偵。私が助手ですね」


 先生はそう言ってイタズラっぽく笑う。


「今日はもう終わりにして、明日から調査を開始しましょう」

「わかった」


 先生に促され家に帰った。


 この時、私は不謹慎ながらも少しだけワクワクしていた。



 家に帰り、父の骨壷が置かれた仏壇の前で座る。

 

 飾られた父の写真は数年前のものだ。再会した時よりも若く、仏頂面でこちらを見ている。


 父に手を合わせ、目を瞑る。


 この数日の間に嗅ぎ慣れた線香の香り。冷えた空気が肌を刺すが、私は無心で父のために祈った。


「お父さん、犯人見つけるからね」


 目を開き、仏間から出ようと立ち上がる。


 ふと、お供物の中にタバコの箱が置かれていることに気づいた。父が吸っていたものと同じ銘柄だ。


 じいちゃんだな。


 私はそう確信した。


 反目しあっていた2人。最期の別れは親子として最悪なものだっただろう。だけど、祖父は祖父なりに父のことを思っていたのかもしれない。

 

 備えられたタバコの箱を見ると、不思議と胸に込み上げてくるものがあった。

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