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Hi-Bana

 セットの巨大な衝立ついたての裏までBGMが届いてきた。今し方通り過ぎた『シャンティラブ』北田のネタを受け、吉又にはひとつの決意が生まれていた。

 『ピン芸人頂上決戦』用のネタは3本、全てがこれまでの芸人人生を凝縮した傑作に違いない。だが、その中でもやはり自分なりの優劣はあった。吉又は単純に最終戦から逆算して、「ここぞ」のための最高の一本を最終戦に当てるようにしていた。だが、相手はこれ以上ないほどの本気を出した北田だった。北田の本気と対峙して、吉又はこの大会に勝つこと以上に、北田に勝ちたい、という気持ちが上回ってしまった。

「最高のネタをぶつけなけなコイツには勝たれへん」、という勝利にこだわる気持ちと、「最高のネタをやらな失礼に当たるで」、という戦闘相手をとうとぶ気持ち、とをない交ぜにして。

「最高のネタ温存して運良うんよう『頂上決戦』に行けても、それで勝てても、勝った気ぃせえへんわ。運で勝てたかてそんなん心残りやで、俺はコイツに勝ちたいねん、俺の、最高の本気ぶつけたるからな、それでどないに散ってもうても後悔ないわ!」


 かつてないほどの凄まじい拍手が歓声が、巨大な波のように押し寄せていた…………


「出番やで!」

 一声! そして上手かみてから勢いよく駆けていった。


 舞台中央にはスタンドマイクが置かれている。その手前……。

「藪田さん……らへん……」

 いつしか吉又の舞台には藪田のイメージが宿るようになっていた。スタンドマイクの後ろに立った藪田のイメージと溶け込むように、いつも吉又はピッタリと、たたずまうその場所へと一致させ、精神へ、藪田を宿らせてネタを演じていた。しかし、なぜ……今…………。

 定位置に立った瞬間、吉又はなぜかしら頭上より強烈なまばゆさを感じ、そして見上げた。


 藪田はった。いつものイメージにもまして、光輝な、濃密な藪田のイメージが、あたかも天から射し込んだように、きらめいていた。黄金だった。黄金の、憧れの、破天荒芸人藪田メドゥーサがそこにはみなぎっていた!

 吉又はその瞬間、両腕を広げ、高々とかかげた。

 刹那せつな、藪田の荘厳なイメージが吉又へと降り注ぎ、憑依ひょういし、吉又と藪田はひとつになった!

「やったるで!」

 ネタを前に、舞台上の吉又が、センターマイクへと叫び上げて、会場へと……電波に乗って国じゅうへと……気迫のこもった声が、響きわたった!



 シュールの権現ごんげんやで! 

 シュールのお出ましやがな。俺、シュール大使やから、一番面白(おも)ろい情報を触れ回っとんねん。

 さっそく面白ろいヤツ歩いて来たで~。赤いランドセルお腹にかついでバックで逆走しとるがな、なんやねんお嬢ちゃん、それ、何の意味があんねんな? お嬢ちゃ~ん! 

 そんで他にもなんか面白ろいで~おもてたけどアンタ、顔面の皮膚めちゃめちゃ割れてんのに内側からガムテープで補修しただけの窓ガラスやないか! なんやねんその顔面、狂気やでアンタ! 

 ええがなええがな、せっかくやから面白ろいこと教えたるわ。綺麗~な公園歩いとったんや、

 ほなら道にうつ伏して「たすけてくれ~!」云うとんねんな。何やコイツ! 思てやね、

「落ちんねん崖から~」云うて、よー見たら地面にバーコードみたいな頭がたくさん埋められてんねん、生身のオッサンやがな、少ない毛ぇひらひら風にそよいどったわ。ハリウッド俳優の手形とか道に敷かれとるやろ、あんな感じでオッサン埋まっとんねん頭頂部やがな。

 そんでガッシリ掴んでんねん、確かにボルダリングみたいにあべこべに並んどるからやな、ソイツめちゃきつそうな体勢で耐えしのんどったがな。

 でもや! 地面やねんで? こんな感じで寝そべって「たすけてくれ~」云うとるがな、こうやで! 地面にべたーと寝てんねん。めちゃめちゃ狂気やろソイツ?』


 吉又は舞台上に寝そべって、うつ伏せ漫談に移行していた。 

 

『  

 腕はこんな感じに伸びとったがな。右手ひとつでバーコード頭ガシー掴んどったがな。めちゃめちゃわめいとったからなソイツ! 

 なにしてんねん! 云うたったわ。そもそも顔がオカしいねん。

 顔真っ青や。ちゃうで、ペンキかぶったみたいに本物の青やで。そんでよ~見たらソイツの顔『まこまこメッチュのひげぺんぺ』やったわ。なんやねん『まこまこメッチュの髭ぺんぺ』やがな、知らんのかいな! 云うとくけどめっちゃ有名やで、国家試験推奨級の超絶一般常識レベルや~云うねん。

 『まこまこメッチュのひげぺんぺ』云うたらやな、『目に顔面鼻バナナ口密閉』やがな? ほら、ピンときたやろ? なんで知らんねん、アホやろお前!

 目ぇからして終わってんねんソイツ。左右の眼球まるっとくり貫かれてんねん。ほんでそれぞれに『ひとつ目小僧』の顔面が埋まっとったがな。顔面に顔面が入れ子になっとる時点でそもそもが『存在としてのタスク』強制終了やで。

 ほんで鼻はバナナや。美味うまそうやな~やあらへんでほんま、あんなん食われへんで、めっちゃ固いねん、青や青っ! しかも青バナナやのにびっしり青カビ生えとったがな、どんだけの低確率やねんソレー! 

 で、唇は30針の完全密閉や! ほならさっきはどうやって発声できててん! めちゃめちゃわめいてたやないか~! いたったわ、どういう仕組みやねんな密閉~、ほんま不思議やわ~。

 そんで一番不思議なんは、なんか見覚えあるなぁ思てたらやね、ソイツよぉ見たら俺やってん…………』


 地面に這いつくばる吉又、しばらく沈黙…………。


 俺……一番狂っとったがな、あああ~~~いややでいややで~~~受け入れられへん云うね~ん、まあええがな。知らん間に別の世界線またいどってん、なんやろ……? 自分の狂気が……一番怖いがな。

 俺、別の世界線では『まこまこメッチュのひげぺんぺ』やってんで、何しとんねん別の世界線の俺~? 自分で自分が怖いわ。

 『目に顔面鼻バナナ口密閉』やねんで俺の顔! どんだけ『とんち』の利いた顔してんねんソイツ~! 考えられへんぞ、この世にあってはならぬ存在やでほんま』


 舞台上の吉又は、すでに、『まこまこメッチュのひげぺんぺ』の顔をしていた。


 そんで右手一本でどうにか持っとった命もやね~、そろそろ限界やねん、右腕ぷるぷる云うてもうとるわ……スマン! 先に行かせてくれ、ずいぶんと世話になった思うで、ほな、おおきに、うぎゃーーーー!』


 まるで落下してしまったように、床に這いつくばった吉又の体躯は、舞台中央からいったん下手しもて側に向って、あたかも崖から落下していったような凄まじい速度で舞台上の宙を横切っていき一瞬にしてけてしまった。

 しばらくして吉又はしずしずと舞台中央のスタンドマイクへと姿を現した。


 まあ、云うたらそんな話やってんな。俺、別の世界線から滑り落ちて急降下してもうたら、何のことやあらへん、元の世界線に戻っとっただけやがな、そこにはな~んも変化あらへんかったわ。

 ただ単にやね、俺、別世界では『まこまこメッチュのひげぺんぺ』やったんや~云うことがわかっただけやってん。ほんで風が吹いとってやね、ひら~ひらスポーツ紙が風に乗って飛んでたで?

 ほんまアホやで、別世界の俺、現世では捨てられた新聞やったわ。なあ、面白ろいやろ~?』


 そう云うと吉又は顔面を高速できゅるきゅる音がするまで極限に首を絞らせて回転するのだった。

 まるで燃焼機関! 早すぎる回転はむしろ止まって見えるただの顔面だった。


 ……ポロッ。

 吉又の顔面は極度の回転運動により頭部まるごともげてしまった! スタンドマイクの手前には、『首なし芸人』吉又ナオキの立ち姿だけがあるのだった。


 おもろいやろ?おもろいやろ?おもろいやろ?おもろいやろ?おもろいやろ?おもろいやろ?おもろいやろ?おもろいやろ?おもろいやろ?…………


 頭部を切断された吉又の水平になった首根っこからは血液の代わりに、大量の『「面白おもろいやろ?」液』が止めどなくあふれだしていくのだった。

 首なし芸人の右手に抱えられた頭部が舞台よりまっすぐに強い視線を送りつけて、ニンマリとしているのだった。

 抱えられた吉又の顔面には、黒く、太い文字で『ドヤ』と書かれているのだった。


『どうも、ありがとうございました~』

 いつの間にか吉又の顔は元に戻され、何事もない素振りで通常どおりに吉又は舞台からけてしまった。



 全てを出し切ったという心境を得た吉又は、これまたやりきった感のにじみ出ている隣合う北田をしばし見つめた。

 運命の発表! 審査員7名の投票により、4票以上を獲得した芸人が次なる『頂上決戦』への進出者が選出される。


「それでは審査が決定した模様です、発表お願いします」


 視界の人気ベテラン芸人の号令により、あとは審査員の後ろ側に設置された巨大モニタへと投票内容が映し出される流れであった。


 ドーーーーーン!

 強烈な効果音が地鳴りのごとく鳴り響いていた。


 ○シャンティラブ・北田

 ●吉又ナオキ

 ○シャンティラブ・北田

 ●吉又ナオキ

 ●吉又ナオキ』


 吉又のリーチ! 会場は絶叫に近い大音量の声が沸き起こっていた。


 ……○シャンティラブ・北田』


 互いにリーチをかけた。最後の一票までもつれ込んだ、運命の……一票!


 ○シャンティラブ・北田!』


 ドオオオオオオオ!

 

 発表の瞬間会場から生まれた凄まじい熱気は、なにも勝利した北田の人気のみが理由ではないだろう。無論、吉又のネタ、芸の素晴らしさ、そして互いにぶつかり合った決死の戦いをたたえてのことだったに違いない。

 とは云え、『ピン芸人』吉又ナオキの、初めての挑戦は、ここでついえてしまった…………。


 結果は吉又との『熱闘』にて、やや燃えつきた感のある北田が、優勝候補『昼顔』の安定感を崩すことはできず、『昼顔』という新王者を生みだして『ピン芸人頂上決戦』は幕を閉じたのであった。



 深海…………

 

 ほんのわずかな間だけ闇が占領して、フロアにはむしろ興奮と熱気が生まれて漆黒しっこく内奥ないおうより数多あまたの歓声や嬌声が沸き起こっていた。

 その間流れ続けていたシンセの変幻的にひずんで、波を打つようにスウィープされたメロディーのノイズがどこかしら予感めいた空気をつないでいるようだった。

 遠くから届いてくるような……フェードインで再びベースドラムから無機質な四つ打ちの音像がじわじわと形づくられていった。

 シンセは海のように豊穣ほうじょうに折り重なって、高速のビートが焦燥感をあおりつつも観客の血をたぎらせていくようだった。


 『CLUB link』……お笑い大会『カキョゥ』のオープニング演出のまっただ中、パイプイスに並んだ観客は、これから『お笑い』が繰り広げられていくとは思えないほどに、音楽と、照明による演出に心酔し、熱狂している様子だった。


 バーカウンター。吉又よしまたナオキは久しぶりの『カキョゥ』出演を前に、着付け薬のつもりで酒を注文していた。

 カウンターに出された、紙コースターに乗ったテキーラのWのロック。

 吉又からすると左側にある客席より伝い来る音響や照明演出を浴びながら、クールな素振りでぐいとグラスを傾けた。

 

 背を向けていたはずの右側へ……燃えるようなまばゆい影を不意に感じた。影であるはずのそれは……とても熱く、明るく感じられるので、奇妙だった。

 ひとつ間隔を空け右隣に座ったその存在は、荒々しい声質の大声で、


「テキーラ4つ」

 とバーテンに注文した。

「なんやねん2つでじゅうぶんですよやあらへんがな! ツーツーフォーやで……ほんでみなWや」

「テキーラWで4つってそれ8杯やで!」

 吉又は震えながらもどうにかツッコミを入れた。まさかの声……あの憧れの芸人が再び、突然、姿を現すなんて…………。


「あ……あんた、藪田さん……やんな?」

 すると棘にぽつぽつと覆われた茎がしなり、『コクリ』、とお辞儀をした。


「山籠りしててん……」

 藪田はやはりあの、山中に、およそ2年もの間……潜伏し続けていたのだろうか……。否、そんなことより…………


「どないしたんすか、その格好……?」

それは…………


 『』。


 あの合宿で不意に遭遇した一面の『緋色ひいろ』の花畑……しかも、その中央、藪田がひと目で涙を流した、あの、一際濃い『緋』色をした花だった。


「オッサンが『緋花ひばな』になっとったら面白おもろいやろな~思てな……」

「なんすか…………それ」

「せやけど時間かかったわ。なんせたねから始めなあかんかったからやね……長いこと消えとったんやろ~な自分でも思うねん」

「……もう意味わからんわ! どう云うことですのん?」

「せやからな、遺伝子書き換えせなあかんから数年も食らったんや~云う訳やで」

「遺伝子書き換えってなんやねん。そんなんできんのか!」

「ず~っと土の中に埋まっとったがな、人間、どないでもなるもんやな、ははははっ、まあ、今は『緋花ひばな』やけどな」

「なんやねん……、藪田さんが長いこと土ん中埋まっとってとうとう『緋色ひいろ』の花になりよったって……考えたら段々面白ろうなってきよったやんけ」

「せやで……」

「…………いやいや。にしてもやな! サイズよ……サイズ」

 相も変わらずの見上げた、大柄……。

「何はともあれよう。吉又! 久しぶりやなぁ……お前、噂によるとピン芸人で暴れまわっとったらしいなぁ」

「花やのにどこで噂なんて聞けんねん! そらそうやで、コンビ別れのピン芸人やねんから!」

「なあ…………」

 『緋花ひばな』は真剣なトーンの声音こわねで、熱い眼差しにて吉又を見つめた。


「また、俺と組まへんか?」



 BGMが鳴る、このハウスミュージックは、吉又と、再び組んだ永遠の相方藪田との、ウェディングソングだと思う。「もう離さへんで」。植物になった相方へと流し目。彼らはステージへと飛び出していく……ピン芸人として殻を破った吉又ナオキと、『緋花ひばな』になった藪田メドゥーサは『面白おもろい』アクションを駆使しながらセンターマイクへと向かい、やがて即興漫才へと突入していくのだった。

衝撃のオチ……『ヒバナ』。


お読み頂き感謝!

あと又吉直樹さんにも感謝します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一部から最終話まで拝読いたしました。 まず吉又と薮田と出会いから本番で無言漫才を披露するところまでで、胸を鷲掴みにされました。 お笑い頂上決戦で無言漫才をするところは、緊張感で震えがきまし…
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