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TUNIC 企画参加作品

惑星の歯車

「……という訳。臨時ですまないがしばらく主任を君に任せようと思って」
 男はパチっと左目でウインクをした。繊細な肌理きめの麗しい白肌だった。親密さを顕わにして綻ばせる、左目の下の星型の涙ボクロが特徴的だ。

「にしても急すぎるわ。所長の命令でも渋る素振りすらなかったじゃない」
 女はコシのある美しい黒髪を持て余すようにイジっていた。
「魔の海域……」
 視線を落とすとくるんと巻かれた睫毛だけが覗いて見える。白衣の下の赤いインナー、研究室には不似合いな格好だ、膝上のタイトのミニもスーツというよりドレスに近い。

「所長だけなら露骨に抵抗しただろうね、でも国からの直の要請なんだ。それに研究内容とピッタリだった」
「……だけど!」
「色んな噂。海域というのは今では名ばかり、完全に埋め立てられた島国と云っても過言ではない土地だからね」
「行けるかが問題なの、だって飛行機とか消えちゃってる訳だし」

 ははははっ、と噴き出し笑い。
「そんなの噂だよ、迷信に近いくらいさ。俗にバミューダトライアングルとかつて呼ばれた魔の海域も、今では衛星写真にもはっきり写るほど、のっぺりと人工の白い肌を見せる現世的な代物だよ」

 男の呆気なさに無言のまま上気して、やや涙目なくらいで。
「海の真ん中にそんなもの。ますます不気味じゃないの……それに……」
 震える声を察し男は優しい表情を返した。
「自転を止めたこの星……あの人工島を境に闇のとばりが全てを覆う世界が始まっていくよ、闇には様々な云われがあるね。だけどそれは大陸での話さ、あの大海を泳ぎきる化け物の話なんて一つも報告がないよ」
 諭すように優しく伝えた。
「……でも、何をするの? あたしも見たけれど南極みたいだった。研究所が一つあるだけ。でもウチとの共通性がわからないの、ウチなんて半分機械屋みたいなもんだし……」
 女の怪訝さを払うようにカラカラと笑った。
「話を受けた時、まさしく得意分野だと諒解されたんだ、ウチは様々な部品を研究し開発してきた……とくに歯車をね。あのだだっ広い人工の地の中央、映像では何もない場所。話によると肉眼でも同じだと」
「何なのよ、一体」
「ああ……。単なる空中さ。上空3メートル、確かに足場だけはしっかりと組まれていたよ、だけど何も見えない……そこにはね、歯車があるらしいんだ……」
「何よそれ」
 驚いた女の大声。
「だよね? でも……もし事実だとしたら、それは……凄まじい技術だよ。なにせ、ミクロの領域だからね」
 女は目を丸くして驚いた様子、だが反面柔らかい表情になった。
「冗談みたいな話だけど腕が鳴るのも本音なのさ」
 噴き出すように笑った。
「でね? 目的。そのミクロの歯車が回らなくなっているらしくて……。つまり、ウチの経験や研究成果を注いで歯車を再び回そう、という訳」
 女は口すら大きく広げて宙を見回した。
「何のおとぎ話よそれ、まるで笑わなくなった王子の説話みたいよ」

 ははははっ。女のツッコミに笑う。
「何だよその例え、やけに文学的だなあ」
「どこが文学よ、トンデモ話にしか聞こえないわ」
「まあ……どうであれ」
 女はデスクに手をついて腰を少し引いた状態でしばらく動かなくなった。
「ねえ……ナギサ? 最後に……いいでしょ?」
 かがめた腰に両の手を這わせて扇情的なしぐさで胸のあたりまで自ら撫でてしまう。

「渚呼びはオカしいだろ? 体の関係だけだからってさ? 僕の下の名前は幹二郎だから」
「ナギサのほうがあなたに合ってるのよ。何だか爺臭いのよね、その名前」
 アハハハ、と。
「人の名前で笑うな」
「ごめんね。でもさ、何であなた二郎なのよ……だってお兄さんいないじゃない?」
「あれ?」
 男は怪訝な顔。
「そうか、云ってなかったね。まあ、こういう立ち入った話はなかなか、ね。実は年子の兄貴がいたんだ、でも生後すぐ亡くなったから僕も知らないよ」
「まあ……ご免なさい。そんなことからかってしまって」
「いやいや、いいのさ」
 胸をつまんだまま真面目な表情に返った女を見つめる。気づいて女は赤面した。
「間が悪いわ。恥ずかしい」
「悪いけれど発たなきゃいけない。これで我慢してよ?」
 男は女の口元へ……女の人差し指が男の眉間を制した。
「ダメ。余計欲しちゃうじゃない……。いいわ、何にもいらない……でもね、ナギサ?」
 見つめ返す男。
「無事に、帰って来てよね」


 モニタに向かう真剣な男に近づく女、甲高いヒールの音に気づいて男は右目でウインクをした。右目の下には星形の涙ボクロ、肌白の色男だ。
「この日が来たな」
 助手らしき女に得意げな表情。
「ナギサ?」
「呼び方……?」
 男が苦笑する。
「いいじゃない、そっちがカッコいいんだし」
「酷いなあ……、どうせなら下の名前で呼んでほしいよ」
「だけど、あなたはナギサだって感じなの」
 女は視線を床の方へと落とし、無言になった。
「……悲しい?」
 再び視線を戻して見つめる。
「……ううん。もちろん悲しくない訳じゃ。だけど、正式な恋人でもなければ、上司のあなたに指図なんて」
「……男として引きとめて欲しい気持ちもあるけどね」
「……ねえ? 帰ってくるの、それとも……」
 女が不安げに。
「さあ。そればかりは。僕がこれから見るのは新世界だからね」
 男は高い天井に向って備えられた足場を眺めた。
「深い因縁だよ。二階建てにしてフロアへ設置すれば作業ももっと捗っていただろうに……だけど、すべては因縁だったのさ。そこには理屈なんて無関係なんだ」
 男に釣られ女も高い足場に乗った装置を見上げていた。
「でもどうしてよ?」
「建設の段階で敵わなかったんだ、強力な磁場が潜んでいる、としか云えないし実際そうだ、足場を組めているだけマシなくらいさ。深い因縁、技術の問題じゃなく、すべては、時と、場所の問題だった」
「何の話よ?」
 女は不思議そうに。
「他では育たなかった僕の開発した自動生成ナノマシン、問題は技術の不足ではなく、王者の智慧ちえ。それに相応しい場所が必要だったのさ。あの場所で嘘みたいに、すくすく育ち……つまり、極微の世界を極め……次元を幾度も上昇した。マシンは入れ子になっている、ハッとするほどの短時間で世界を構築してしまう、肉体、同朋、子孫、そして環境や世界までをも。次元の上昇、つまり1階層ミクロの世界を構築したマシンは、技術や情報を継続させたまま、上層のマシン自体を原料とする。桁を違えた原料は、粟粒ほどでも巨大な惑星のようだ。ミクロへと上昇を続けるナノマシンには、永遠の原料が外壁となって隣合う、永遠のエネルギーに包まれた世界で、思う存分更なる小型化への次元上昇を……そこに開発者の僕の介在する余地はなかった」
 早口でまくし立てた男にやや圧倒されていた。
「でも……それならどうして、あなたが出る幕になったのかしら?」
 不敵な笑みで迎え撃つ男。
「ああ。そうさ、とうとう、ナノマシンが、この世界における、極小の次元まで達してしまったんだよ」
 ふはははは、と完全に大笑い。
「どうしてそんなこと……」
「原子の先のミクロ世界から情報が送られて来たのさ、このスーパーコンピュータにね! 目的は果たされつつあるんだ……もうすぐ叶うのさ。僕は、意識をアップロードするよ……その、極小世界へと向けて」


 ふぅっと、息をつく。艶めかしい目線を送るだけで。
 仰々しい生命維持装置へとくくり付けられた男……これからはこれによって生かされていくのだから……。正確なデータを、と頭蓋骨には無数の電極、鈍色をしたヤマアラシのようだ。
「ねえ……」
 女は涙を浮かべている。
「樹一郎?」
「珍しいな、下の名前で呼んでくれるなんて」
「必ず……帰ってきてよね?」
 女の手はしっかりと男の手を握り締め、返事の代わりに……男の瞼が重く緩やかに閉じられていった。


 この世界の極微の秩序より成る世界で樹一郎は2度目の生を得ていた、腹向きでプラグと繋げられた壁だか天井だか地面だか、しかし新たな精神の容れ物たるナノマシンにとって胎盤のごとき役割をしているはずの金属質のフロアは、自らを親にして外の世界、何重もの入れ子に造られた最後の、ナノテクノロジーの砦である。
 思いのほか広大な空間。マシンである新たな体躯がそれだけ極微であることの端的な顕れだった。隣合うマシンはまだ覚醒していなかった。

「おねむみたいだな、へその緒を踏襲するとは粋じゃないか、このケーブルから僕の人生が長い旅路を伝っていたのがわかるんだ、そうだ、これも糸電話みたいだよ」

 海中を漂う生物のように。体感的には数キロほど泳いだだろう、目的地を瞬時に悟る。
 巨大な歯車があった。この新世界の中央に浮んで、しかし動いていなかった、そして理由は明白だった。歯車にはおびただしいマシンたちがへばり付いていた、巨大な歯車だった。それ自体も錆びついていたし、汚れやほこりにまみれていた、歯車にとっての不純物を、雑食であるマシンたちは食べつくし、結果的に歯車は……。

 歯車の中央、わずか覗き穴ほどしかない孔が穿たれていた。覗けば、不思議なことにその背後の情景ではなくまるで幻灯のように、もう一つの世界の情景が見えた。
 裏側の世界でも歯車は動いていないようだ、強行策……爆薬などの突発的なエネルギーの残滓がますます歯車を錆びつかせていた。
 しかし、こちら側。有能なナノマシン群が、もうそろそろ、全ての付着物を食べつくし、歯車はいよいよ……そして…………

 その瞬間、歯車を、世界を、まばゆい白が包んでしまった。


 虚脱したように男は帰還していた。

「お帰りなさい、ナギサ」
「その呼び方……」
 男は、しかし嬉々と笑う女を見てほっとした表情へと戻していった。
「バミューダ海域の辺りで航空機が突然揺れて、結果的にとんぼ返りさ。知ってる? あそこは色んな曰くが付いた悪魔の水域と呼ばれてるらしい」
「知ってるわよ、有名じゃない。まあ……戻ってこれただけでラッキーだと思うよ」
 きつい冗談を告げる女の安堵の表情。

「ああ……もう日が暮れそうだな、今宵は綺麗な夕焼けだぜ、なあご覧よ?」
「夕焼けなんて……なにを感傷に浸ってるのよ」 
「なんだか久しぶりな気がしてね」
「昨日も夕焼けだったわ。それよりナギサ?」
「その呼び方はよしてくれよ」
「どうしてあなた、お兄さんもいないのに幹二郎なの?」
「さあね」
 男は両手を上げ、首をひねっておどけた顔をする。
「オカしな両親なのさ、二郎……だなんて僕は長男なのにね」     

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