20:なんで地下に玉座があるのさ
あらすじ
ダンジョンを発見して探索を開始!
今からちょっと休憩するよ
【グリュネルの森・名前のないダンジョン】
◆
骸骨兵士を一掃した後の広間は、まだらに走った焦げ跡と、頭蓋骨を砕かれて崩れた骨の残骸が交差している。
んー、アルザさん的には消化不良なんだけど、ラナってばちょっと疲れた空気出してるだよねー。
この娘の場合は戦闘経験が少ないから、多少はしょうがないんだけどさ。
囲まれちゃったり不意打ちされたりすると、結構精神的に消耗してる事が多いんだよね。
「おいっす、お疲れだなー」
アタシが声をかけると、ラナは「なかなか凄惨な事故現場だねぇ」なんて言いながら、マントを足元に敷いて座り込んでいた。
耳を澄ましてみたけれど、骸骨を含めてモンスターの気配はなさそうだし、ゆっくり座って休んでもいいかもねー。
よーし、疲れを軽減させる為に、このアルザさんがちょっくら揉んであげましょうかね?
「らーなー、ちょっとアタシの方で揉んでやろうか?」
ちょっと、なんで目を逸らすの?
「いや、だって揉むって……」
にゃはは、恥らっておるわ。ではなく!人聞きの悪い事を言うなー。
気功を使って、疲労とかを取る為の施術するだけだよ。まぁたまにお尻撫でたりしてるけどな!
「いいからマント広めに敷いて横になるんだわ」
野宿ばっかりでお風呂にも入れてないし、今日も歩き通しだったから疲れてるのは疲れてるだろうしな。
まずは脚から揉んでやる事にする。
「――――――――!」
ラナから声に出ない悲鳴が出るけど気にしない。
痛いんだろうけど、それだけ疲労が溜まってるって事だからな。
遠慮せずに次に行くぞー、次はお尻だ。
いつもの柔らかいお尻だけど、奥のほうが筋張ってる。ここは脚よりも丁寧かつ丹念に気を流してあげないといけないなー、うんうん。
「アルザ、お尻はもういいから、背中の方をお願い。脚より随分長い気がするし」
むむっ遮られてしまった。というか、途中から施術とは関係ないのがバレたのか、くそう!
背中、肩、二の腕と揉んで行き、体中の気の流れが乱れてたのを直していく。
エメフラにいた頃よりは上達しているけど、まだまだ気功のコントロールが甘い。
「んー、どうだ?さっきより動けるようになってないか?」
「うん。調子が良くなった感じだよ」
そう言いながら、体の状態を確かめるように立ち上がり、軽く肩を回している。
疲労はかなり取れたみたいだな…・・・うん。
アタシの方でも軽く体を伸ばして、動けるように準備をしておこうか。
「そういえば、残りの水はあとどれくらいあるんだわ?」
水が欲しいとアルザから希望があったので、飲みかけのものを渡したのだが、どうやら飲み干してしまったようだ。
「あと3本だね、今日中に一旦外に出ないと厳しいと思うよ」
アルザから受け取った水筒をカバンに入れ、新しい水筒を数える。
ほぼ四次元なポケット状態の私のカバンには、水分や食料を多めに入れるようにしているのだが、ダンジョンに入ってからの消費もあって、中身のある水筒は残り3本を残すだけだ。
イメージとしては水筒1個で500mlのペットボトルよりちょっと多いくらいか。
どこまで深さがあるのか知れないダンジョンの中という事を踏まえれば、3人分の水分としては少々心許ない。
一気にダンジョンから町へ戻れるような便利なアイテムはこの世界にないのだから、帰るにも一定の食料や水は必要になるのだ。
家に帰るまでが遠足じゃないけれど、帰るところまで準備しないと行き倒れるのが冒険者なんだよね。
どうも元々のイメージと比べると些か地味な部分が多くて、少々げんなりする。
ぼんやりと水筒を抱える私を見たローザが、察したように目を細めて軽く手を振る。
元々がスライムなだけあって、ローザは食事も水も大して必要ない。
状況によっては甘える事にしよう。
正直、ちょっと後が怖いけど。ほら、あの「猫の尻尾」事件とかの話ですよ?
それはもう、嫌と言うほど「にゃんにゃん」言わされました。まさかスライム浴があんなふうに進化しているとは思いませんでした、はい。
後は、町に帰ってからの湯屋。ローザだけでなく、アルザにとっても新しい狩場になりつつあるので、非常に危険だ。
思わず震えが来るけれど、気にしてはいけない。主に私の精神衛生のために。
煤と骨灰で薄く汚れたマントを少し払って折り畳む。
アルザにローザ、クスクスも……うん、準備は良さそうだ。
「よし、そろそろ行こっか」
私の言葉に合わせて、ローザが光源の魔法を広間の先へと伸びる通路へ送り込んだ。
「む、道が分かれているな」
アルザの声に、ローザが光源の魔法を2つ進行方向に飛ばす。
どちらも石畳が続いているのが分かるが、その先にあるものまでは分からない。
『うーん、マナの流れは右より左の方が強いよー』
「右側には何があるか分かる?」
目を細めて言うクスクスに、私が問いかけるが、ふるふると横に首を振る。流石に分からないか。
何気に冒険者を始めてからの初ダンジョンだ。
ゲーム的に考えると、分岐先にあるだろう宝箱の取り零しはしたくない。出来れば全部見て回りたいという気持ちが、どうしても首をもたげる。
「この先がどの程度深いか分からないのなら、マナの出所を先に見るつもりで進んだ方が良いんじゃないかしら?」
そこにダンジョンの中で夜営をする事は危険ではないか? との意見が、ローザから挙がってくる。
『ラナさ、多分だけどマナの流れの弱い所には、強いアイテムとかはないと思うよ』
自分の森にあるダンジョンの管理をしているという管理者様の言う事だから、信憑性は……まぁそれなりにあるかな?
「ん、分かった。それじゃあクスクスさ、この先も分かれ道があったら、マナの流れの強い方の道を教えて」
リスクを避けて、できるだけ最短で一番奥まで行くとしよう。
私の言葉に頷いたクスクスは、定位置となった私の左肩の上で、細長い耳を上下に細かく動かしてダンジョン内のマナの流れを探る。
『ん、次は右の方が反応が強いよ』
分岐に出た際は、警戒の意味を含めて双方の通路に光源の魔法を投げ込んでもらっている。
不意をつかれたりしたら、他のメンツはどうにかなるかもしれないけど私が危ない、というか死ぬ。
『3つに道が分かれてるけど、ここは真っ直ぐだよ』
右の通路にジャイアントバットが数匹いたのをアルザが難なく倒す。
『ここは左の方が反応が強いよ』
左右の道にモンスターの影はない。ここに危険はなさそうだ。
これまでに出てきたモンスターは、意外にも種類が少なかった。
強力な個体がいるかもしれないという心配をよそに、骸骨兵士のバリエーションか、ジャイアントバット、ニードルラット程度のものだ。
それこそ、狭い通路で数十体にでも囲まれない限りは、危なげなく対処できる。
ふと、5、6回目の分岐を超えたところで、マナを探っていたクスクスが、急に口調を強くする。
『かなりマナが強くなってきた・・・次を右に行ったらその先に何かいるよ!かなり近い!』
私の肩の上に立って、くいくいと髪を引っ張って警戒を促してくる。
近いという事は、マナ……つまり魔力の出所になるような、禁魔法具なり強力なモンスターなりがいるという事だろう。
『この先は、分かれ道はないと思う。真っ直ぐ行った先に強いマナを感じるよ』
クスクスが真っ直ぐ指し示した先へ、ローザが光源魔法を飛ばす。
光源に照らされたダンジョンの天井は徐々に高くなっていき、突き当たったところには巨大な扉がぴったりと閉じていた。
うん? 扉があるのはこのダンジョンに入ってから初めてだ。
他になかったものがあると言う事は、特別な部屋、つまり最深部で間違いないだろう。
「中の様子は分かんないよ。隙間もないし、物音もしないんだわ」
先行して扉を見に行ったアルザが、振り返って首を振る。
状況的にはボスモンスターがいる可能性が高いので、少しでも情報を持ってから入りたいのだが……
扉を開こうかどうか迷っていると、ローザが進み出て扉に手を添えた。
ふむ、クスクス程広範囲のマナは感知できないけれど、これだけ近づけば扉の中のマナの流れくらいは分かる。
「少し中のマナの流れを見るわね」
そう言って私は扉の向こうに意識を集中する。
大きな反応があるのが分かるが、どうも1つではない。
「大きな反応が2つあるわね。ひとつは静かにマナを放出している。そうね、こちらは魔法具だと思うわ」
もうひとつは?と聞いてくるが、顔を見ればおおよそどんな事を考えているのかは分かる。
「もうひとつは、2人の予想通りモンスターだと思うわ」
マナの感じから、モンスターといっても魔獣タイプではないだろう。
マナの動きに魔獣特有の荒々しさがないのだ。
体に自然に纏うようなマナの動きで、どちらかと言うと道中にいた骸骨兵士のようなアンデッドモンスターに近い。
アンデッドモンスターなどは、それ自体が魔力を帯びていてマナを循環させることによって動いている。
その為魔力が弱いほど動きはぎこちなくなり、強いほど多くの魔力を利用して素早く、滑らかに動く事ができるのが特徴だ。
中にいる個体は、特にマナの収束率が高い。
優れた魔力操作のでき、知能の高い相手だと言う事が分かるのだが、その強さの程度がいまいちハッキリしない。
マナの収束が優秀すぎるからだ。
無駄なくコントロールされているせいで、最大値がどうも推し量れない。
さて、そうするべきだろうか? どういった提案をするべきか、少々悩むところだ。
「ただ、モンスターがいると言う事は予想がつくのだけれど、マナの様子からではどの程度の強さなのかまでは分からないわ」
私達に視線を戻したローザが珍しく難しい顔をしているが、少しでも情報が掴めただけでも十分ありがたい。
「うーん。扉を開けて中の様子を確認したいんだけど、良いかな?」
アルザやローザがいて対処できないモンスターが、そうそう簡単に見つかるとは思えないが、手に負えないくらいの相手だったら扉を閉じて逃げると言う選択肢も取れると思う。
何せこんな誰も探索していないようなダンジョンの奥で、律儀にずっと動かないようなやつだ。
「よし、じゃあ開けるよ」
全員の意思を確認したところ、回答は「扉を開ける」だった。
私はアルザと共に、強く扉を押し込んだ。
扉を開いた先には、玉座のような巨大な椅子に座った大きな鎧の魔物がいた。
どこかで見たような記憶のある鎧姿は、元々大きな鎧を更に上回る大きさの大剣を携えていた。
ローザによると、魔力の感じから生きた鎧系で間違いないそうだ。
扉を開いて入いた侵入者を見た大鎧は、大地に大剣を突き刺し、なんと名乗りを上げた。
『侵入者よ、何用か?』
リビングアーマーであれば話せるはずがない。いかせんせん口がないのだ。
そのせいで、私達は会話を仕掛けたことに少し驚いて反応が遅れた。
『再び問う。侵入者よ、我”アガートラーム”の居城に何の用があって参ったのだ?』
城じゃなくて洞窟だよね? なんて突っ込みを入れる余裕は、私にはなかった。
「あ……れ? アガートラーム……?」
私が、どこかで見たようだと思っていた鎧姿は、「ティル・ナ・ノーグオンライン」の中で見たものだったのだ。
骸骨兵士も確かにゲームのモンスターに似ていたが、この世界にもそれなりにいるようなので、これまで特に気にしていなかった。
しかし、目の前にいるモンスターは、似ている似ていないではなくゲームと全く同じ姿。
何度もアタックしたから分かる。鎧と大剣のデザインも、目の前にいる重量感とサイズも間違いなく同じものだ。
アガートラームは、プレイヤーレベルが最高99までしかない「ティル・ナ・ノーグ」において、数少ないレベル100を超える”上限突破モンスター”だ。
討伐にはレベル90を超えるメンバー6人以上でパーティを組むのが最低条件と言われる、最難関モンスターの一角。
一度倒されると3時経過なければ出現しない、不死者の城塞の主にして生きた鎧の王。
それほど危険なモンスターなのだ。
3人だけ、ましてや回復魔法の使える僧侶なり、神官なりがいない状態で私達が勝てる道理がない。
「ダメだ。ローズ、アルザ!コイツは危ない!早く扉の外に出て……」
一旦逃げよう、と言い切る前に、音もなく扉が閉まう。
ダメだ、閉まってしまった扉はビクともしない!
『礼儀を弁えぬ侵入者よ。貴様ら不躾な来客には、力を以って応える事としよう』
アガートラームの鎧の体は、金属の擦れる音も立てずに静かに立ち上がり、大剣を水平に構える。
ダメだ! ダメだ! ダメだ!
失敗した! 失敗した! 失敗した!
私はなんで扉を開けようとか言ってしまったんだろう!?
これまでのダンジョンにいたモンスターとは、ゾウとミジンコほども差がある相手だ。
戦闘態勢を取るアルザとローザに続いて武器を構えながら、私は必死に脳内の記憶を探る。
そう、ゲームでのアガートラームの情報を思い出さなければいけない。
弱点、攻撃の特徴、回避の仕方、攻撃パターン……とにかく攻略に必要な全ての情報をだ。
ゲーム通りの強さなら、きっと私達は勝てないだろうから。
つづく