16:冒険者達よ、愛のために立て
あらすじ
この世界で初めてテイムクリスタルを使ったよ
【エメフラの町・冒険者ギルド】
◆
「いやぁまさか……」
ギネスは乱暴に頭を書く。
「10日でBランク冒険者になるとは思いませんでしたね」
Bランクに到達するのに彼自身は10年以上かかったのだ。
部下から回ってきたBランクへの昇格を決済する書類を見ながら、彼はため息をつく。
報告書にあるパーティ名は『黒猫の恋人』、彼が新人講習を行った昨今珍しい女性のみで構成されたパーティだ。
Cランク任務
・イバの村の調査報告 達成
※ギーガアント大量発生の報告有
・オーガ討伐 達成
※所定の討伐数は3匹だが15匹を掃討
・食料の運搬 達成
※所定の期間は5日だが2日で達成
Bランク任務
・ゴーズ近辺の盗賊退治 達成
※構成員30名を全て逮捕。死者なし。
・クルマーの実の収集 達成
※所定の入手数は1個だが3個を入手
・ホフゴブリン討伐 達成
※ホフゴブリンの群れ約200匹を討伐
モンスター討伐や物資運搬などは多少経験のある冒険者なら達成できてもおかしくはないのだが、盗賊退治で死者なしで達成したり、高難易度の収集任務を1日もかからずに達成してくるのは、BランクやCランクといった一般的な冒険者とは隔絶する素質があると言っていいだろう。
「ギネスさん宜しいですか?」
「うん、どうしたぁ?」
エメフラの町の冒険者ギルドでは、ギルド長を除く従業員全員が、大部屋となる事務所でデスクを並べて仕事をする。
「冒険者同士のトラブルです。ちょっと自分には対応しきれないので、助けて欲しいと受付の娘から言われてまして」
エメフラは決して大きな町ではない。
その為高難易度の依頼も少なく、冒険者の平均ランクも低い。
頻繁にエメフラのギルドを訪れる冒険者のランクはせいぜいC止まりであり、時折Bランク冒険者が来るといった程度である。
元冒険者でもあり、Bランク冒険者の中でも上級冒険者として名を馳せたギネスは、エメフラにおける冒険者同士の諍いがあった際に仲裁などを行うのも、大切な業務のひとつなのだ。
「またお嬢さん方ですか?」
俺は呆れたように頭をかいた。
『またって何よまたってー!』
目の前の未だ幼さを残した美少女……ラナ・クロガネの肩の上で、妖精が抗議の声をあげる。
「いやぁ、まぁ確かに女性に対する態度としては褒められたモンじゃないのは、俺にだってよぉく分かります。ただ、なんと言いますかですね……」
口ごもる俺の足元には3人の冒険者がいる。
手首を折られて半泣きの男性冒険者が1人と、鼻を折られて気絶している男性冒険者が1人、そして頭皮が焼け焦げて放心状態の男性冒険者が1人転がっている。
3人ともBランクとしては駆け出しだが、それなりに名前の通った冒険者である。
「やりすぎじゃあないですか?」
状況を見ただけでおおよそ何が起こったのかは分かる。
とはいえ連日他の冒険者と騒ぎを起こしていれば、嫌味のひとつも言いたくもなるというものなのだ。
「男ってヤツは、もう!」
私はリーマン時代の自分の事を棚に上げて言う。
そりゃね? 可愛い子がいたらちょっと目で追ったりはしますよ? セクシーな格好したお姉さんいたら、ちょーっと胸とか見ちゃいますけどね?
「馴れ馴れしくボディタッチしたり、ひたすらセクハラ発言するのはダメでしょう!」
うん、我慢にも限界ってものがあるんです。
目の前のひょろ長い男こと、仲裁に来たギルド員、ギネス・イッケネンに抗議の声をあげる。
最初は私達が親切心を前面に押し出していた為、こちらも丁寧に断っていたところ、行為がどんどんとエスカレートしていくのだ。
彼らが一様にDランク冒険者だからと頭に付ける為、さっさと冒険者ランクをCランクに上げたところ、実力で敵わないと見た低ランク冒険者達は、やれ男に困ってないかだの、俺のナニからも採取してくれだの、卑猥な言動で囃し立てるのだ。
最初のうちはギルド職員に仲裁を頼んでいたし、卑猥な言動は無視を決め込んでいたのだが、今回ばかりは堪忍袋の尾が切れた。
何が「Bランク冒険者様が、手取り足取り腰取り教えてやるぜ、ぐえへへ」だ!
鼻の下を伸ばしながら胸に手を伸ばしてきたので、軽く掴んだ後膝で蹴りいれて叩き折ってやった。うん、我ながら荒くれ者どもの対応にも慣れてきたものだ。
痴漢男共は3人組で、1人がやられて残り2人が掴み掛かってきたが、1人はアルザの蹴りを食らって1回転半ほどして地面に頭から突っ込み、もう1人はローザの魔法で頭髪に火をつけられて全て燃やされ、消火には成功したものの火傷だらけで放心している。
「ともかく、ここの冒険者達は、どうしてこんな品性と、考えと、あと節操がないんですか?」
私は足元に転がるB ランク冒険者達を指差して、正当防衛だと強調する。
「はぁ……分かりました、分かりました。彼らには俺の方でよぉーく言って聞かせますから、そう怒らないで下さい」
本来はもうちょっと喜ばしいお話をしたかったんですけどね、とギネスは疲れた顔で肩を落とす。
「喜ばしい話ですか?」
怪訝な顔をする私に、ギネスは1枚の書類を取り出して見せてくる。
「先日ご報告頂いたBランク任務、ホフゴブリン退治の処理が終了しましてね。『黒猫の恋人』サンから申請があったとおり、本日付でBランク冒険者としての登録が終わったというお話です」
足元で逃げようとする冒険者を足で抑える私を見ながら、ギネスが頷いた。
「刻印を打ち直すので、冒険者プレートをお預かりしてよろしいですかね? あと、こいつらも」
ギネスが足元の冒険者達を指差す。
「じゃあこれお任せします」
プレートをギネスに渡すと供に、悲鳴をあげる冒険者をついでにひと踏みして開放する。
「ほら、お前らも立て」
ギネスは仕事増やすんじゃないとぼやきながら、セクハラ冒険者どもを押しやって受付の奥へと戻っていった。
「あれ?どうしたの?」
ふと周囲から囃し立てていた声が途切れているのに気付き、アルザに向き直る。
「ホフゴブリン討伐が効いてるんじゃないか?あいつら数が多かったし」
「Bランクに上がったからじゃないかしら? 流石に大きな実力差がある相手にはなかなか歯向かえないものよ?」
『うーん、それにしてはなんだか見る目が熱っぽい気がするんだけど』
ああでもない、こうでもないと言い合う私達に向かって、4人の男が歩み寄ってきた。
「あの、少々宜しいですか?」
おさわりを警戒して身構えるが、男達は1.5エーカーほどの距離を置いて立ち止まる。
「まずはBランク昇格おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます……?」
何だろう? これまでギルドで話しかけてくる冒険者達には、セクハラ行為をする者がとにかく多いため、相手の意図が読めない。
1人は長身、長髪で皮鎧身に付けた上で長弓を背負っている。
2人目は長身の男と身長は同程度だが体の厚みがあり、長剣を腰から下げ、3人目は他の2人と比べると小柄で、服装を見るとどうも僧侶のようだ。
最後の4人目ははゆったりとしたローブを纏った細身の男だ。
「実は『黒猫の恋人』の方々にたってのお願いがあって参りました」
「あら……パーティ指定の依頼かしら?」
そういえばある程度名前の売れた冒険者は、個人なりパーティを指定して依頼をされる事もあるという話があった気がする。
「厳密には違うのですが……」
それはそうだ。どう見ても相手は冒険者だし、わざわざ他の冒険者に依頼をするとは考えにくい。
依頼じゃないとすれば、合同での任務受諾の希望だろうか?
「うーん。とにかく話を聞いてからじゃないと判断できないので、用件を教えてもらっていいですか?」
代表らしき長髪の男が少し私の目を見つめた後、気合を入れるように手を握りなおして言った。
「ファンクラブを作らせてくださいっ!」
言うなり、4人全員が90度に腰を折る。
「は?」
「盗賊退治の依頼を覚えてらっしゃいますか?」
言いつつ、僧侶風の男が顔を上げる。
「あー、あったなー」
男の言葉で思い出たように、アルザが首の後ろに手をやって呟く。
「実はあの依頼は元々Cランクの任務だったんですよ!」
長剣の男が、顔を上げつつ体に見合った大きな声を出す。
「はい、それでいくつかの冒険者のパーティが受諾しては返り討ちに合い、最終的にBランク任務になったという経緯があります」
姿勢を正してローブの男が胸に手をあてる。
「死んだ者こそいませんでしたが、かなりの人数が怪我をして療養してるんです」
それを! と長髪の男が声に力を込める。
「女性のみのパーティで果敢に立ち向かい、全員を捕縛という実績! そして史上最速でBランクへ駆け上がる姿を見て俺たちは目が覚めました! 貴女方こそ俺達冒険者の女神だと!」
長髪の男はそれなりに整った顔を上気させて言う。
「いずれSランクへも到達する麗しきパーティは、伝説にある月の女神の守護乙女の化身だと我々は確信しております!」
長髪の言葉に4人組は口々に「そうだ」「その通りだ」などと言っている。
正直発想の飛躍にドン引きである。
能天気に定評のあるクスクスさんですら、無言でぽかんと口を開いている。
「おいお前ら! 俺達エメフラ冒険者の女神に言う事はないのかっ!? 俺たちははぐれ者の冒険者だが、エロい事を言うだけが脳じゃないだろ!? お前らはっ!『黒猫の恋人』の皆さんに何も感じんのか!?」
無反応な私達に、何を勘違いしたのか長剣の男が観戦を決め込んでいた周囲の冒険者を煽り始める。
4人の勇者達に感化されて1人、また1人と進み出てて来る。
「オレ実は、1人でゴブリンに囲まれてた時にアルザたんに助けてもらったんだっ!」
アルザたんだと!?
「ローザさまのあの毅然とした立ち姿……俺、ずっと踏まれたいって思ってたんだっ!」
ある意味セクハラより危ない発言だなおいっ!
「俺、今まで黙ってたけど実は妖精マニアなんだ……ナマで妖精を見られるなんて本当は凄い感動してたんだよっ!」
コイツは比較的まともだ。
「ラナたんっラナたんっ! あの可愛い脚をペロペロしたいっ!黒 髪をくんかくんかしたいっ!」
ちょっ!私の事言うヤツだけなんか一線越えてないか!?
ドン引きを通り越して寒気がしてきたぞ、おい!
ずらりと並んだ20名を超える冒険者達が、深々と頭を下げる。
「「「お願いしますっ!ファンクラブを作らせてくださいっ!!」」」
長髪の男が目に涙を溜めながら、3人の仲間に振り返る。
「同士よ! ありがとう! バルガー! クリフ! アゼ! 勇気を出して良かったな!」
「いや、アッシュよ、俺達の愛はこんなもんじゃねぇ!」
いや、もういいよ! そんな愛いらないよっ! 重くてキモい!
「お前らの誠意はそんなもんかっ!? もっと誠意を見せるんだ!俺達の愛を感じてもらうんだっ! もっと……もっと頭を下げろぉぉ!!」
そして私の目の前に広がっていた光景は、筋骨隆々の男達のずらりと並ぶ土下座姿である。
助けを求めるようにローザを見るが、ローザも眉をひそめつつ頭を抑えている。
アルザを見れば、欠伸をしながら頭をかいている。ダメだ、何も考えてなさそう。
クスクスもまだ呆けてるし……と、ギルドの受付のお姉さんを見やると、静かに首を振られた。
うん、いやね……どうしよう、この人たち?
「全く、なんですか今度は何の騒ぎ……はあっ!?」
騒ぎを聞きつけて再び戻って来たギネス・イッケネンが間の抜けた声を出す。
「またこいつらぶっ飛ばしたんですか?」
私達は何もしてませんと、反論する私に、アッシュと呼ばれていた男が声を被せてきた。
「違うんです、ギネスさん!俺達は目が覚めたんです!」
「はあ」
元々細いギネスの目が、眉根を寄せられて更に細くなる。
「さっきみたいな不埒なヤツらは、『黒猫の恋人』の方々には絶対近づけさせません! 俺達がラナさま達を護りますからっ!」
だから、と声に力を込める。
「『黒猫の恋人』のファンクラブを作らせてくださいっ!」
「別にいいんじゃないすか?」
実害がないならいいじゃないかとギネスがこちらを見る。
「黒猫の方々に危害を加えないんですよね?」
はいっ! と地に伏せた男達の声が揃う。
「嫌だよ! ペロペロとか言ってるのがいたじゃないですか!」
私が言った瞬間、ペロペロ発言をした男が袋叩きに合っている。うわぁ……
「ラナさま……貴女方を敬愛する許可を下さい」
陶酔しきった表情で顔を上げたアッシュに合わせて、20人以上いる冒険者が私の顔を見る。
「こういう顔をした人間は止まらないわ。適当にあしらっておきなさい」
諦めたようにため息をつくローザの声を聞いて、私はよりいっそう肩を落とした。
◆
【エメフラ一番宿】
◆
冒険者のプレートを受け取った後、逃げ帰るように宿屋に戻った。
「結局ファンクラブを認める形になっちゃったわね……」
クスクスはまだ呆けているし、ローザも憂鬱そうにため息をついている。
アイドルの追っかけとかネットの情報では知ってたけど、実際に目を向けられると、尋常な精神ではないと確信できる。
「あれ、怖くないのか……?」
「得体の知れない感情を感じたわね」
「晩御飯どうする?」
少なからずショックを受ける私達の中で、アルザだけが平常運転だ……ある意味大物だ。
「んー? アタシが集落にいる時は、人狼族のヤツらみんなあんな感じだぞ?」
あぁ、そんな話あったなぁ。毎日求婚者が来るんだっけ?
「うん。だから婿なり嫁なり探す名目で、集落は副戦士長にまかせてふらふらしてたんだわ」
確かにあんなのが毎日近くにいたら、気疲れして仕方ないだろう。
「そんで、晩御飯……」
「宿の主人に頼んで、簡単なものを部屋まで運んで貰おう」
酒場に行くと否が応でも冒険者に会うので、またハァハァとかペロペロとか周囲で言われたら、正直食事どころではない。
『ッハ! ラナ! あの変な集団どうなった!?』
目が覚めたクスクスが私の髪の毛を引っ張ってくるが、宿屋に戻ったと知って安堵の声を漏らす。
「これからどうしよう?」
私の言葉は、半分ぼやきである。
あまりの事態に次の依頼を決めるのも忘れて宿まで戻ってしまったのだ。
明日以降も冒険者ギルドに行って、あの集団と鉢合わせになるかと思うと気が重い。
「ん?町を出ればいいじゃないか?」
部屋のテーブルにあった水差しから、木製のカップに水を移しながらアルザが言う。
「そうね。エメフラは郊外の町だし、より上級の依頼は城塞都市や商業都市に行った方があるでしょうね」
確かに、元々の目的は元の世界に戻るための情報収集を兼ねたものだ。
「まぁ生活の糧を得る為の冒険者稼業だもんね。よし! じゃあ」
次の町に行きますか、という私の意見に反対意見はない。
「それじゃ……」
「うん、宿屋の親父に大盛りで夕食頼んでくるぞ!」
次の目的地を決めようとした私の言葉を遮って、アルザが立ち上がる。
まぁ、食事をしながらゆっくり決めればいいか。
私とローザは、足取りも軽く部屋を出るアルザと、『私も注文あるー』と彼女の頭に飛び移ったクスクスを見送るのだった。
つづく
ブクマ、評価頂きありがとうございます。
今回かなりのバカ話ですが、書いてて楽しかったです。




