14:私の狼人族がこんなに可愛いはずがない
あらすじ
アリの群を退治したらわんわんがついてきた
今回は所謂キャラ回を目指してみました。なんとも難しいです。
【グヤッカの滝】
◆
グヤッカの滝は秘境として名高いオズワルド王国の北西部にある滝だ。
クルワットの森の北側に隣接しており、周囲には豊かな生態系が広がっている。
滝は高さ10エーカーほどで、流れ落ちる水量はそれなりに多いのだが、人のあまり踏み入らない土地独特の静謐な空気が流れている。
滝壺の周りには、20エーカーほどの広い水面が広がっており、くねりながら南へ向かうマルゴー川はクルワットの森を南北に縦断する。
川の西側は勾配の強い斜面になっており、森の木々が非常に近い反面、東側は勾配が緩く、開けた地形だ。
滝に近い川幅の広い水面は淀みなく、中央付近は水深が深くはあるが、その水底まで覗き込めるほど透き通っている。
「わっふー! ラナも入っといでー気持ち良いからー!」
その広い水面にアルザが浮かんでいる。
水着? そんなものありませんよ? つまり全裸だ。そういえば現実世界じゃ生身で見たことなかったな。
アルザって狼人族だけあって、全体的に引き締まった体なんだけど、胸とかあるんだよなーウエストもくびれてるし……って、いやいやダメだぞ! あんまり眺めてたら、屋外でも襲われかねない。
「無理ー! さすがに外で裸にとかなれませんっ!」
「えー? 水浴びは髪の毛がピンとなって、凄く気持ち良いぞー?」
いつものポニーテールを解いたアルザが、水に濡れた赤い髪をわしわしと掻いている。
うー……確かにねー、何十年も湯船に浸かる風呂に慣れ親しんできたワケだし、湯で体を拭いて髪を濯ぐだけって言うのはリフレッシュしきれないんだけど、さすがに全裸になるのを即決はできない。
白狼もすぐそこにいるし。あいつオスだし。
でも、確かに水に潜って頭洗ったら気持ち良いんだろうな……くそう、水着さえあれば……!
悶々とする私を他所に、アルザはぷかぷかと幸せそうな顔で浮いていた。
イバの村に大発生したギーガアントを撃滅させた私達は、ギルドへの報告を1日遅らせて、グヤッカの滝に程近いマルゴー川の川岸に来ていた。
◆
「ローザ大丈夫?」
白狼の治療を施してから村を発ったのだが、ローザの体調が思わしくなかった。
「厳しいわね。申し訳ないのだけれど、エメフラに戻るのは1日遅らせてもらって良いかしら?」
ローザは苦しげに言葉を返す。
「久しぶりに大きな魔法を使ったからね。相当に集中をしないと人型を維持できなさそうなの。一晩休めば回復はできると思うのだけれど……」
珍しく弱々しい声を漏らすローザは、よく見れば、肌の色が所々うっすらと変色しており、エルダーアシッドスライム本来の体である黒いゼリー状の質感が見えてしまっている。
「分かった。それじゃあこの辺で火を熾して休もう。火の番は私とアルザで交代でやればいいよね?」
私がアルザに目をやると、アルザが肯定するように降参のポーズで両手を挙げる。
『ふむ、ここで休むのか?』
それまで黙って最後尾を歩いていた白狼が、いつの間に近づいたのか私の横で鼻先を向けている。
「うん、流石にスライムの状態で町に戻ったら、騒ぎになっちゃうと思うし」
『このような場所では気も休まるまい。人間族の娘ラナ、化生する者ローザよ、我の背に乗るが良い。精神を回復させるに相応しき場所がある故、我が案内しよう』
白狼は4つ脚を折りたたんで地面に腹をつけ、私達に乗れと顎をしゃくる。
アルザに手伝って貰ってローザを白狼の背に乗せ、後ろに座った私が抱きしめるように腰に手を回して支えると、ローザが背中を預けてきた。
「ふふ、後ろから抱きしめられるのも良いわね」
恋人みたいで、と茶化して言うが、変わらず荒い息をついている。
『よし、ウォルの氏族の者は脚が速かろう。我に付いて参れ』
私達が背に乗ったのを確認した白狼は、言うなり西の方角に向かって走り出した。
◆
『ここには滅多に人間族も拠り付かん。周辺の警戒は我がする故、汝らは気を楽にして休んでおれ』
グヤッカの滝のほとりに到着すると、白狼は私達を降ろしてそのまま体を丸めた。
「それじゃあ、ラナちゃん。私は少し休ませてもらうわ」
ローザは、まだ呼吸が落ち着かない様子で言うと、ゆっくりと女性の輪郭を崩す。
程なく地面に落ちた黒いドレスの中から、もぞもぞと餡子餅のようなシルエットが這い出してきた。
「うん、お疲れ様ローザ。ゆっくり休んでね」
私の声に、黒スライムと化したローザは体表を一度ぶるりと震わせて、寝そべった白狼の腹のあたりに収まった。
疲労困憊といった様相は心配ではあるが、普段お姉さんぶってからかってくるローザが、まるっこいボディでのそのそと這うように動いているのはなんだか微笑ましい。
『そんじゃ、私も一緒に寝てるねー』
緊張の連続で疲れたというクスクスは、白狼のもっふもふのお腹に飛び込んでいった。
そして少し時間を置いて今である。
『ラナよ、川には入らんのか?』
白狼よ、お前もか! 思わず眉をひそめる私に、白狼は見当違いの予想をしたらしい。
『ふむ、川に入って体が冷える事を懸念しておるなら、気にせずとも良いぞ?ウォルの氏族の娘は気が利く。川近くに来たのを察して、ほれ、枯れた木切れを既に集めておる』
白狼が見やった先には、確かに木切れが山と積まれている。いや、そう言うことじゃなくて! 素っ裸になるのが嫌で躊躇ってるんです!
『人間族など拠り付かんと言ったであろう。よもや森の獣どもに対して恥らう訳でもあるまい』
白狼の言う事はもっともだが、それでも抵抗を感じるのはカルチャーギャップというやつだろう。というかお前もオスだろう。
『汝も相当に気が乱れておる。イバの村で相当無理をしたのだろうよ』
清浄な水で心身を洗い流して、己を労われと言うが、踏ん切りのつかない私はひたすら唸る。
『頑なな奴だ。ほれ、入って来い』
呆れたように首を伸ばした白狼は、唸り続ける私を起用に鼻先で持ち上げて、ひょいと首を振った。
「え? ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ちょっと強引過ぎるよ白狼さんー!抗議の声をあげるがもう遅い。
放物線を描きながら、私は川の一番深い位置に落ちるのだった。
「はぁ、染みるわ……」
結局私は服を脱いで川に入ることにした。
いやさー、着衣泳してたら延々服も乾かないし、あのまま岸に上がってもずっと濡れた服を着ておく訳にもいかないし……いや、言い訳は止めよう。
一度入ってしまえば、冷たく染み入る川は凄く気持ちよかったのだ。
水の深いところから、顔を出してアルザが近づいてきた。
「入ってよかっただろ?」
なんだか勝ち誇った顔が悔しくて、ついそっけない返事をしてしまう。
「……まあね」
「むー、そんな態度を取るラナはこうだっ!」
アルザが脇腹を掴んでくる。
「あひぃっ!この……えいっ!」
お返しとばかりに、水に浸かって毛先が広がったアルザの赤い尻尾を掴む。
開放的な気分になっているからなのか、不思議といやらしい気持ちにはならなかった。
なんというか、今この場所だと裸でじゃれあってるのが自然と言うか、そういう感じだ。
「へー、明るいところで見るの初めてだけど、アルザの髪型ってこんな風になってたんだ」
アルザの背中には、うなじから尻尾の生え際に向かって、背中の真ん中を薄っすらと赤毛が走っている。
普段ラフな感じで纏めているポニーテールは解かれていて、尻尾に走る体毛と細長い髪の毛に2又に分かれている。
「そーそー、なんか伸びやすいんだわー」
アルザが両手で後ろ髪を持ち上げると、豊かな胸部も持ち上がって自己主張してくる。
えーと、前言撤回します。正直視線が向かっちゃいます。アルザさんのそれはちょっと、いやかなり目に毒です。
釘付けになっている私の視線に気付いたのか、ローザが両手で胸元を隠す。
「な、なんだ? じっと見られる事ないから、なんか恥ずかしいぞ?」
え? うわっアルザが赤くなってる! 始めて見た!
「あ、アタシはあの……そうだ!そろそろ夕食用の魚でも獲ってくるんだわっ!ラナはゆっくりしてろ!」
アルザは胸元を隠したまま視線を逸らし、そのまま水底に潜りそのまま離れていった。
なんというか、うん。いつもよりアルザ可愛かったな。
呆けていた私の肩に、ぽよんと、弾力の何かが当たった。
「あ、ローザ。もう大丈夫なの?」
ぶつかったものを確認すると、スライム状態のまま水面に浮かんでいるローザだ。
スライムローザは黒い体の真ん中あたりから赤い核を出して、2、3度頷いてそのままゆっくりと流れていく。
ああやって丸餅みたいな姿を晒しているのを見ると、普段のお姉さんぶった仕草とのギャップが凄い。
まぁ今はスライムになっているとはいえ元々は人間なわけで、どちらもローザ自身ではあるのだけれど。
丸っこい形でリラックスしている姿を見ると、普段より親しみが沸いてくる気がする。多分リラッくスしてるんだよね?
アルザとローザのこれまで見られなかった姿を見て、なんだか顔が熱くなってきた。
いやいやいや! ちょっと待って! そりゃ確かに2人とも可愛いし美人だけどさ?あとは、宿屋で色々されちゃったけど……自分アラサーですよ?経験豊富……でもないけど大人だよ?
こんな、それこそ小中学生みたいな甘酸っぱい気持ちになるとか、ちょっとダメなんじゃないだろうか?
うん、頭を冷やそう! その、ちょっとアルザっぱいを間近で見た刺激が強かっただけだ、うん!
潜水して心を落ち着けたらなんでもない。なんでもないはず!
状況に流されるのは良くても、自分から甘い雰囲気を出すのに慣れていないのは、女性経験の少なさからではあるのだが、その時の私はそんな事には気づかない。
結局私は、邪な考えを何度も横に首を振って追い払い、深い水底に全身を沈めた。
しばらくして川から上がった私を向かえてくれたのはクスクスだった。
『よく寝たー!うわっ、もう夕方じゃん!お腹すいたねー』
うん、コイツは平和でいいなぁ。
相変わらずアホの子発言をするクスクスを見ていると、心が洗われるようだ。
私は微笑みながら、麻布で体を拭いていった。
◆
『これで夕食には足ろう』
ローザとクスクスが離れた後、白狼は狩りに行っていたらしい。
1エーカー弱ほどのサイズのボアが1匹足元に転がっている。
「アタシの方も大漁だったんだわー」
木切れを突き刺した魚を、川で洗った大きな葉を皿代わりにして並べていく。
『野草にキノコ、木の実もあるよー』
川からあがった私とクスクスで、近場を回って集めたものだ。
流石木の精霊を名乗るだけあって、野草やキノコなどの探知力は凄まじく高い。
現在野草とキノコを使い、川魚でダシをとった野趣溢れるスープを調理中だ。
『あれ? そういえば白狼はご飯食べないの?』
『うむ、我の食事は些か血生臭いのでな。獲物を獲った段階で既に済ませておる』
なんとも気の利くことである。
というか、そんなに気が利くなら、『願いを言うまでついてくる』じゃなくて、願いがあれば来いとかでいいんじゃないか? とも思ったが、さすがに気が引けたので言わなかった。
ふとアルザと目が合うと、少しだけ視線を逸らした後再びこちらを見やり、
「ラナはボア肉捌いた事ないだろ?あっちで捌いてくるから、魚の方焼いといてくれ」
そう言ってボアを担いで離れていった。
「ラナちゃん、手が止まってるわよ?」
ローザに指摘されて、慌ててスープをかき混ぜる。
アルザの反応が気になって、どうもぼんやりしていたらしい。
「昼にアルザと何かあったのかしらね?」
「な、何もないですよ?」
うん、何もなかった。ちょっと変な雰囲気になったけど。
『そーそー、ラナがアルザの尻尾触ってたくらいだよー』
いや、お前寝てたんじゃないの!? 心の中で突っ込むが、クスクスには当然伝わらない。
「あらーラナちゃんってば、私が眠ってる間に犬ッコロの尻尾を撫で回してたのね。私にはネコちゃんになった時の尻尾を触らせてくれなかったけれど」
ローザが満面の笑みを浮かべてこちらを見る。ぽよぽよのスライムボディの面影など欠片もない、怖いお姉さんの顔である。
「つ、次があれば、ローザさんも触って頂いて結構ですよ?」
言葉に詰まりながらも、何とか返答した私に帰ってきたのは、ローザの非情な言葉だった。
「仕方なく触るのを許してあげる、と言いたいのね?」
「えと、次に変身する機会があれば、ローザさんに私の尻尾を思う存分撫で回して欲しいです」
「にゃんって言って欲しいわ♪」
笑顔から放たれるプレッシャーが更に増す。というか何で!?ハードルがガンガン上がってるんですけど!?
えぇい、男は度胸だ!
「ローザお姉さまに、私の尻尾をいっぱい可愛がって欲しいです……にゃん」
恥ずかしいっ! 言わされてるんだけど、物凄く恥ずかしいっ! 繰り返し言うけど、私中身30間近なオッサンだからね!? 男は度胸とか言ってすいませんでした!
無言の圧力を消し去って、満足げに笑うローザと肩を落としてスープを混ぜるラナを見ながら、白狼が呟いた。
『難儀な事だな』
小さく呟かれたその言葉は、残念ながら誰にも届かなかった。
◆
『そういえばさー白狼って呼び方さ、ちょっと変だよねー』
食事も終わり、寛いだ空気が流れる中でクスクスが言った。
確かに白狼は彼の種族名であって個人名ではない。私の場合「人間の人」と呼ばれているようなものである。
『ふむ、あの地に拘っていた我は群れでも孤立しがちでな、母も我を生んですぐに死んだらしく、名付ける者がおらなんだのだ』
ぼっちだったのかコイツ。ふとサラリーマンだった自分の境遇を思い出して、白狼に少し同情する。
「名前欲しいって思いますか?」
『人間達が白狼様と呼ぶので気にせなんだが、確かに恩ある者にそう呼ばれるのは、我も落ち着かんな』
という事は、名前を欲しいとは思っているのか。
『じゃさ、私達がいいと思った名前を言うから選んでよ!』
名案だとばかりにクスクスが言う。
『フム、汝らの意見を聞こうではないか』
こうして、白狼(仮)さんの名づけ会が始まった。
『私はボア殺しを提案するわっ!』
おい待てクスクス、今日の夕食じゃないか!
『えー!』
『うむ、すまんが我も自らの名に”ボア”と入るのは、承諾しがたい』
『ちぇー!』
クスクスの提案は軽く却下された。うん、私だってそんな思いつきみたいな名前を付けられたら嫌だ。
『ぶーぶー!じゃあラナはどんな名前にするのさー!』
クスクスが私に話を振ってくる……って2番手!? まだ何も考えてないんですけど。
「うーもうちょっと考えさせてよ……」
「それじゃあ私の案を述べましょうか」
ローザが助け舟を出してくれる。私の尻尾をモフッて下さいにゃん発言から、不気味なくらい上機嫌である。
「イバの守護はどうかしら?イバの村を護って最後まで戦った貴方に相応しい名前だと思うけれど」
『ふむ、悪くない。しかし既に我はイバを離れておるからな』
「確かにイバを離れる事にはなるでしょうしね。他の案はないかしら?」
ローザが見やったのはアルザだ。
「あ、次はアタシか。んーイバの村を離れて旅に出るんだろ?流離う者でいいんじゃないか?」
『ふむ、オルファンか……』
白狼が目を閉じて、提案された名前を繰り返している。
決まりそうかな、と白狼を見ていると、薄っすらと開いた瞳と視線が合う。
『オルファンというのは、良き響きの名であるが……そうだな、ラナの意見も聞いてから決めたいと思う』
白狼から、ほぼ予想通りの振りが来る。
自慢ではないが名前をつけるのは苦手だ。
アバターの「ラナ・クロガネ」の名前だって、なかなか適当なものだ。
本名の「月原哲人」→「月と鉄と」→「ルナ・クロガネ」→ちょっともじって「ラナ・クロガネ」というネーミングである。
「んーあ!そう言えばさ、月の女神の供をしたご先祖様って、何て名前だったの?」
「初代白狼ね。確か「イスマイール」だったはずよ」
「最後まで女神との誓いを守ろうとしたんだから、その名前でどう?」
『イスマイールか・・・そうだな、イバを離れるも白狼の一族として、名にも刻むものが要ろう。ラナ・クロガネよ感謝する。我は今よりイスマイールと名乗ろう!』
白狼ことイスマイールの力強い声が響き渡り、己の名前が宣言がなされる。
あれ?そういえばイスマイールが町までついてくる問題解決してないよね?
ふとそう思ったが、空気を読んで言わない事にした。まぁ明日でもいいでしょ?
木切れの爆ぜる音を聞きながら、私達の夜は更けていくのだった。
つづく




