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「私は……」
響香ならきっと『許す』と言うだろう。
サーヤはそう確信していた。
それだけに「許さない」と言い放った姿に驚いて声をあげてしまった。
「私はお母さんの裏切りを許す事が出来ません」
響香は土下座するようにひれ伏す女性を見下ろして静かに言った。
感情を抑えるように努めて静かに。
「17年……私はお母さんに会える日をこのイヤリングに祈りながら生きて来たのに、私を預けた後に命を絶つなんて絶対に許せない。私はいつか会う日の為に預けられたとずっと信じていた!」
最後は感情が発露した。
そしてそれに突き動かされるようにひれ伏す女性の前に膝まづいて両手を手を握った。
「お母さん、孤児院に預けてくれたこと、感謝してます。ママ先生が見せてくれたお母さんの手紙はインクが滲んでた。辛い時、いつも指でなぞってはお母さんはきっともっと辛かったんだと思って頑張って来たの。だから…だから必ず私を迎えに来てよ、お母さん」
響香の懇願は涙声に変わっていた。
女性の首に両腕を回してしがみつくように抱きしめていた。
「さて、どうなさいますか?一応、店主としてお客様の意思は尊重いたしますが。ご記憶の買い取りは如何しましょうか?」
誠一郎が何事も無かったように尋ねる。
気の強いサーヤもここまでの心臓は持ち合わせていない。
「あっ」
女性は不意に弾かれたように言うと誠一郎を見上げて首を振った。
そして「すみません」と言ってよろよろと立ち上がった。
更に今度は力強い視線で誠一郎を見ると「響香との記憶は私の大切な心の糧にします」と言って深く頭を下げた。
「そうですか。それではお二人ともお引き取り下さい。お元気で」
そう言った誠一郎の言葉は極めて事務的なものだったがその顔にはとても優しい笑みが浮かんでいた。
手を繋いで店の扉を開けた二人は、最後にもう一度振り向いて誠一郎達にお辞儀をすると外へ足を踏み出して行った。
「帰って行ったのね。それぞれの時間に」
「この店の記憶は残らないけど、いつか二人は会えるのかな?」
「サーヤはどう思いますか?」
質問を質問で返されたサーヤは「きっと会えるよ。響香のおまじないで」と言って頷いた。
一瞬意識を失っていたのだろうか。
不意に喧騒の中に放りだされたような錯覚を覚えた。
(あれ、ここって空き地だったかしら?)
何か懐かしいような気もした響香だったが、気のせいだろうといつもの通学路を歩き始めた。
それでもやはり気になって何度が振り返りながら歩いているとドンという衝撃と女性の声を聞いた。
そして次の瞬間、響香は大きく尻餅をついて倒れていた。
「ごめんなさい!」
そう言って見上げた響香に心配そうに駆け寄った女性の耳にはルビーとダイヤのイヤリングが輝いていた。