表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/12

火種

無言で見下ろし、

やがて口を開く。


「これは?」


俺は、短く答える。


「俺らも食わねば生きてはいけぬ。供養した布施として頂く」


風が、山を撫でる。


男はしばらくそれを見つめ、

小さく呟いた。


「……漁るだけの連中とは、違うのだな」


誰も、返さない。


風と土の匂いだけが、残る。


その中で、猿がふいに走り出す。


「俺、高台から見てくるよ」


軽い足取りで、斜面を駆け上がる。

やがて、影が小さくなる。


十分ほど。


高台の上に、猿の姿が現れる。

大きく手を振り、何かを指さす。


俺たちは、その方向へ向かう。


草を分けると――

そこに、倒れた影。


無言で運ぶ。


それを、繰り返す。


十数度。


同じ動きが、また積み重なる。


俺は、ふとれんを見る。


れんは目を閉じ、

静かに指を伸ばす。


その先へ行く。


やはり、ある。


同じように運ぶ。


数度、繰り返す。


俺は顔を上げる。


「猿、他に見えるか?」


声を張る。


高台から、返る声。


「ここからは見えねぇ! でも……あそこに馬が倒れてる!」


指が、別の方向を示す。


俺は、そのままれんを見る。


れんは、静かに首を振った。


風が、草を揺らす。


その意味だけが、

そこに残った。


……

俺たちは、猿の指さす方へ進む。


草を踏み分ける音の中、

あの男も、無言で後に続いてくる。


やがて、開けた場所。


馬が倒れていた。


息はある。

だが、足はあらぬ方向へ折れている。


苦しげに、わずかに身体を震わせていた。


「……ちょっと見せろ」


男が前に出る。


迷いのない足取りだった。


「こいつは、もうムリだ。離れて、目を塞いでいろ」


低く言う。


俺たちは、何も言わず距離を取る。


男は、ゆっくりと馬の頭に手を置いた。

その手つきは、思いのほか柔らかい。


「辛かったな」


静かな声。


「最後まで戦いたかったのに……怪我なんかしちまって、悔しかっただろう」


風が止まる。


「もう怖い思いをせずに済むように……楽にしてやる」


その言葉に、馬は目を閉じた。


男は布を取り出し、喉元にあてる。

刀を抜く。


一閃。


音もなく、刃が入る。


――止まる。


生命の気配が、すっと消えた。


静寂。


俺は手を合わせる。


読経を始める。


低く、ゆっくりと。


れんも、猿も、茂も、長も、

それに重ねる。


そして――


男もまた、同じように口を動かしていた。


声が、ひとつになる。


風が、それを運んでいった。


……

再び、土を掘る音が続く。


鍬が入り、

土が返り、

亡骸が消えていく。


同じ動きが、淡々と積み重なる。


一刻ほどが過ぎたころ――

あの男が、戻ってきた。


「大きいの、手伝ってくれぬか」


長を呼ぶ。


長は動かず、こちらを見る。

俺は男を見て、わずかに考え――頷く。


長が、立ち上がる。


二人は、そのまま奥へ消えた。


――馬か。


供養でもしてやるつもりかと、そう思った。


しばらくして、足音が戻る。


男と長が、戻ってきた。


手には、葉で包まれたもの。


重そうに、いくつも抱えている。


「なんだ、それは?」


俺は手を止め、問う。


男は、あっさりと答えた。


「……あの馬の肉だ」


一拍。


「戦場でケガをした馬は、治療するか……できなければ、こうする。皆で食う」


風が、土の匂いを運ぶ。


俺は、茂と長を見る。


二人とも、静かに頷いていた。


それが、この場の理だった。


土の匂いが、まだ残っている。


俺は、葉に包まれた肉から目を外した。


「……俺は、仏の道に生きる者だ」


それだけを言う。


男は、わずかに肩を落とした。


「そ、そうか……すまない。つい、侍だったころの癖で……」


言葉が、少し濁る。


俺は視線を上げる。


「侍だろう」


短く問う。


男は苦く笑うように、首を振った。


「それは……一年ほど前までだ。今は浪人だ」


風が、衣を揺らす。


「家老を手にかけてしまってな。どこも仕官は受けてくれぬだろう……お尋ね者だ」


目を伏せる。


だが、その奥は揺れていない。


まっすぐだった。


「……なにか事情があったのだろう」


俺は小さく呟く。


男は、少しだけ顔を上げる。


「家老は……敵国の領主と結託し、謀反を企てていた」


一拍。


「だから斬った。だが……誰も信じなかった」


乾いた風が吹く。


「それで、逃げてきた」


言葉が落ちる。


沈黙。


茂と長、れんと猿が、互いに顔を見合わせる。


誰も、すぐには口を開かなかった。


風が、わずかに匂いを運ぶ。


「俺は僧ゆえ、無駄な殺生はせぬ。馬も食うてやらねば、無駄な殺生になる。どうやって食う?」


俺は男を見る。


その一言で、空気が変わる。


茂と長の目が、はっきりと輝いた。


「煮てもいい。焼いてもいい。しばらく茹でて火を通してから干せば、保存食になる」


長が、一気にまくしたてる。


言葉が途切れない。


――こんなに話す男だったのか。


俺は、思わず口元が緩む。


「御浪人様。我らも頂いても?」


静かに問う。


男はすぐに頷いた。


「もちろんだ。拙者だけでは食いきれぬ。干し柿と水の礼だ。皆で食って、供養しよう」


その声は、もう荒れていなかった。


そのとき――


「永徳、これ」


れんが、ひょうたんを差し出す。


小さな手の中で、軽く揺れる。


俺は蓋を開け、鼻を寄せる。


酒の匂い。


「どうした?」


俺は問う。


「拾ったの。これも、供養してあげたら」


れんは、真顔で言った。


俺は、思わず吹き出した。


乾いた空気の中に、笑いが弾ける。

それにつられて、茂も、猿も、れんも、長も――


小さく、そして次第に大きく笑い出す。


その中で、男が口を開く。


「拙者は吉之進。お主らの用心棒に、雇わぬか?」


笑いが、ぴたりと止まる。


空気が、少しだけ硬くなる。

つい先ほどまで、刀を向けていた相手だ。


俺は、間を置かず答える。


「用心棒はいらぬ」


短く、切る。


男は、わずかに目を伏せる。


「そ、そうか……そうだな。虫が良すぎる。すまぬ、忘れてくれ」


その声は、さきほどよりも小さかった。


一拍。


「……うちには、供養する者しかいらぬ」


俺は続ける。


男は、きょとんとする。

言葉の意味を、測りかねている顔。


その横に、茂が歩み寄る。


肩越しに、やわらかく言う。


「永徳の旦那はな、用心棒はいらねぇが……供養を手伝うなら、来てもいいって言ってるんですぁ」


風が、ひとつ抜ける。


吉之進の目が、わずかに揺れた。


茂が、こちらを振り返る。


その目を受け、俺は静かに頷いた。


風が、場を抜ける。


男――吉之進は、しばらく黙り込む。

視線を落とし、何かを量るように。


やがて顔を上げた。


「……経は、般若心経くらいしか読めぬ。拙者でも、供養は務まるか?」


その声は、先ほどまでとは違っていた。


「俺は経なんて、全然知らなかったぜ」


猿が言う。


つい先ほどまで刀を向けていた男に救われたことが、

まだ飲み込めていないのだろう。

どこか間の抜けた顔をしていた。


俺は、その頭を軽く撫でる。


「……まぁ、しばらくついてくるとよい。本気になれば、剃髪してやろう」


そう言うと、猿は少しだけ目を丸くした。


誰も多くは語らない。


それぞれが手を動かし、

荷をまとめる。


やがて――


無言のまま、戦場を後にする。


背後には、土の山と、沈んだ気配だけが残る。


冷たい風が、すっと流れる。


空の色が、ゆっくりと変わる。


寺へ辿り着くころには――


雨が、落ちてきた。


ぽつり、ぽつりと始まり、

やがて、音を立てて降り始める。


ざあざあと、強く。


まるで、戦場の血を洗い流すかのように。


その音だけが、

世界を満たしていた。


END


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


この作品は完結していますが、

反響があれば続編を書く可能性があります。

ブックマークしておくと、もし更新された場合に追いやすくなります。


■坂本クリア作品

異世界・現代・コメディなど様々な物語を書いています。

次に読む作品はこちらから探せます。


坂本クリアの小説まとめ|全作リンク集

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2898515/blogkey/3591538/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ