線
来ない日が、最初は軽かった。
たまたまだと思った。
忙しいだけだと思った。
そういうことにしてた。
⸻
夜。
スマホ。
開く。
⸻
「今日」
紗月。
送る。
⸻
既読。
つかない。
⸻
(あれ)
もう一回見る。
⸻
ずっと変わらない。
⸻
通知はある。
でも、ハルからは何もない。
⸻
その代わりに、SNSは動いてる。
⸻
「ハル、活動制限か?」
「最近見ない」
「炎上の影響?」
「例の一般人の件でしょ」
⸻
(一般人の件)
その言葉が、まだ残ってる。
⸻
カフェの席は空のまま。
駅前も通る。
でもいない。
⸻
どこにもいないのに、
“いない”ことだけが目立つ。
⸻
数日後。
やっとメッセージ。
⸻
ハル。
「しばらく無理」
⸻
短い。
いつも通り。
⸻
でも意味が違う。
⸻
「なんで」
送る。
⸻
既読はつく。
でも返事は遅い。
⸻
数分後。
⸻
「事務所」
それだけ。
⸻
(あ)
そこで初めて分かる。
⸻
炎上は、もうネットの中だけじゃない。
⸻
現実に入ってきてる。
⸻
ハルの世界に。
⸻
「やばいの?」
紗月。
⸻
少し間。
⸻
「まぁな」
⸻
軽い。
軽すぎる。
⸻
でも、軽くしてるだけだと分かる。
⸻
それ以上は送ってこない。
⸻
“終わらせたくない話”がそこにある。
⸻
夜。
テレビ。
ニュースじゃないのに、名前が出る。
⸻
「人気アーティスト・ハルに関する——」
(来た)
⸻
画面は見ない。
でも音だけ入る。
⸻
“プライベート”
“一般女性”
“ファンの混乱”
⸻
勝手に形が作られていく。
⸻
紗月は画面を消す。
⸻
スマホを見る。
⸻
「会えない」
送るか迷う。
⸻
でも送らない。
⸻
代わりに、
⸻
「いつ終わるの」
⸻
既読。
すぐつく。
⸻
でも返事はない。
⸻
数分。
十数分。
⸻
やっと来る。
⸻
「わからん」
⸻
それだけ。
⸻
初めての“分からない”。
⸻
ハルが、分からないって言った。
⸻
その意味が重い。
⸻
外。
いつもの場所に行く。
⸻
誰もいない。
⸻
空気だけが残ってる。
⸻
(ここ、ずっとこうだったのに)
⸻
もう違う。
⸻
スマホが鳴る。
⸻
知らないアカウント。
⸻
「お前のせいでハル終わる」
⸻
(は?)
⸻
別のDM。
⸻
「出てくるな」
⸻
また別。
⸻
「消えろ」
⸻
言葉が、個人に向かってきてる。
⸻
炎上は、もう“出来事”じゃない。
⸻
“誰か一人”に落ちてる。
⸻
その中心が、自分だと気づく。
⸻
夜。
ハルからメッセージ。
⸻
「しばらく連絡やめる」
⸻
短い。
⸻
紗月。
「了解」
⸻
送る。
⸻
既読。
⸻
それで終わる。
⸻
画面を見たまま、しばらく動かない。
⸻
(終わった?)
⸻
いや。
終わってない。
⸻
ただ、一回切られただけ。
⸻
外に出ると静かだった。
⸻
でも静かじゃない。
⸻
“見られてる静かさ”。
⸻
知らない誰かの視線が、ずっとある。
⸻
スマホを見る。
⸻
白いTシャツ。
まだある。
⸻
でも、もう意味が違う。
⸻
あの日の軽さじゃない。
⸻
ただの服じゃない。
⸻
“あの炎上の中にいたもの”。
⸻
家に戻る。
⸻
ベッドに座る。
⸻
スマホ。
鳴らない。
⸻
初めての静けさ。
⸻
でも安心じゃない。
⸻
空白。
⸻
そこにだけ穴が開いてる。
⸻
(これ、終わり方じゃない)
⸻
分かってる。
⸻
これは“待たされてる状態”。
⸻
ハルも、紗月も。
⸻
どっちも止まってる。
⸻
でも世界だけが動いてる。
⸻
炎上はまだ燃えてる。
⸻
そしてその火は、
まだどこにも落ちきっていない。




