二十二日
下記の内容を否定する方もいると思います。
否定するのは構いません。ただ、何処かへ連絡といったことはやめてください。
志望校。
普通科にしろと言われた。
私は商業科がいいのに。
未来が狭まるというのはわかる。
けれど進学している人がものすごく少ないわけではない。
4割程度は進学だったはずだ。
悪い悪いと否定して、私の意見は聞かない。
ダメなのはわかる。
けれど、『折角普段主張をしない娘が自己主張をした』と言うくらいならもう少し私の意見を聞いてくれてもいいと思う。
人生が楽しいというのは恵まれたことだ。
親を殺したいくらい憎む私とは全く違う生き方をしてきたのだろう。
金銭には恵まれていた。
ただ、私の家族は心が荒んでいた。
心は不満で満たされている。
明日を生きる理由が見つからなくなった。
明日を生きるための希望と気力が底を尽きた。
結局誰も、私のことなんて見てない。
だれひとり、私の苦しみに気づかない。
友達だってそうだ。
とある友達が、数十日前に言った言葉。
その言葉に悩んでいるなんて、知らない。
「変だから関われている」
人格をまるごと否定するような言い方。
仮に私が変な子だったとしても、本人の目の前で言う事ではないんじゃないだろうか。
自分が周りとズレた考えを持つこと。
それにずっと悩んでいた私の心に、トドメを刺すような、そんな言葉。
ただ、普通に生きたかった。
変な子とだけは、言われたくなかった。
私はどうして『普通』じゃないんですか。
どうしたら『普通』になれますか。
『普通』の生き方ってなんですか。
『普通に生きたかった』という願いは持ってはいけないものでしたか。
毎日悩むほどの苦しみを与えたのは誰ですか。
夜な夜な声を殺して泣く日々がどうしたら終わりますか。
自己主張をしてはいけませんか。
どうしたら苦しまずに済みますか。
学校の、去年と一昨年の担任の先生が言っていました。
『生きていればいいことがある』
と。
確かに良いこともありました。
それは否定しません。
けれど、それ以上の絶望がすぐに降ってきます。
結局、楽しくありません。
中学校生活が残り8ヶ月を切りました。
けれど私は楽しくありません。
高校に行ったら楽しくなる。過去にそんな生徒がいた。
先生はそうもおっしゃっていたと記憶しています。
けれど私は、どれだけ頑張って第一志望に合格しても楽しくはなりません。
なぜなら自分が本当に行きたかった場所には行けないからです。
隣のクラスに行けば、行きたかった場所に行ける。
そのくらい近い距離ですが、それでもいけません。
いわゆる生殺しのようなものです。
過去のその事例は、あくまで1つの事例でしかありません。
もしかしたら、これを読んでいる方の誰かは、去年の担任の先生と同じことを思う方も居るかもしれません。
親に反対されようが何しようが好きなところに行けばいいと思う方も居るかも知れません。
けれど子供というのは、無力なものなのです。
ひとりでは、出来ない。
そういうものなのです。
愛情って何ですか。
殴ることが愛情ですか?
それとも子供の精神を壊すのが愛情ですか?
私は家族が嫌いです。
なぜなら私の心を壊すからです。




