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第12話 魔剣サイオーン

 響き渡るワイバーンの牽制の咆哮。対する俺は右手人差し指と中指を立てて形作った刀印を空に向けつつも歩みを止めなかった。かつて傭兵時代に俺を虐げた先輩兵士クライムへの報復で散々使ったからか音を操作する魔法や大気を操作する魔法はお手のものだった。最小限の魔力操作で巨大な音をかき消す。


 その間にも俺はワイバーンとの距離を詰め、同時に大量の魔法陣を空中に展開してワイバーンの翼目掛けて氷魔法を放った。ゼロ距離から放たれる魔法は初級魔法の出力でも遠方から放たれる魔法部隊とは比べ物にならないくらい威力があり、氷の矢や氷の槍がワイバーンの翼膜を貫通したりもした。痛みに耐えかねたのかワイバーンの咆哮が悲鳴へと変わった。


 そんな状態であってもワイバーンはまだ戦えるようで、至近距離で剣を握っている俺めがけて鉤爪を振り下ろしてきた。あんな巨体の一撃まともに受けたら量産品の剣なんかではひとたまりもないだろう。俺は剣を使って鉤爪を滑らせ、受け流して攻撃を逸らした。今の防御で刃こぼれしてしまったが命には変えられない。


 次に攻撃を受け流しつつ無詠唱で構築した初級魔法サンダーを先ほどの氷魔法で穴が空いた翼膜に向けていくつか解き放った。先ほどアリアもやった手段だが、ゼロ距離からの魔法は距離による威力の減衰が無いため回転率が高いが威力が劣る初級魔法でも十分に役立った。


 ギャオオオオオオーーーーーー!!!


 大量のサンダーを同時に食らったワイバーンの悲鳴が響き渡った。体が痺れたワイバーンは感電している間動きを止めていたが、すぐにアリアに放った特大火炎弾を至近距離の俺に向かって放ってきた。


 俺はアリアのように魔法障壁を張り巡らせて魔力任せに防ぐことなんてしなかった。右手で構えた刀印をすっと横一文字に引く。空間を捻って異空間を展開し、巨大な火炎弾を異空間に消した。その後ワイバーンの後頭部に異空間の出口を開いて火炎弾を放ったワイバーン自身にそのまま返した。


 グオオオオオオオオ!!!!


 苦悶に満ちた咆哮。人間を虫けらのように見下していたはずのワイバーンの目が初めて恐怖に染まった。目の前に立つ俺がこれまでに相手した全ての人間とは別物の得体の知れない存在に見えたのかも知れない。どんな攻撃をしても通用しない、どころか攻撃をそのまま返されるとなれば、倒しようがないはずだ。


 じりじりと後退りし始めたワイバーン。しかし、俺は容赦しなかった。量産品の剣に氷魔法を纏わせ、ワイバーンの胸に突き刺した。


 だが、ここで想定外の事態が発生した。どこにそんな体力残っていたのか想像もつかないがワイバーンは体をずらし、狙いを外した剣は硬い鱗に当たって砕けてしまった。


「ちっ…」


 砕けた剣の柄を見つめながら俺は舌打ちした。今ので仕留めるつもりだった。けれど、そう都合良い結果などなかった。まずい、ワイバーンの攻撃を受け流す手段が壊された。


 ワイバーンの口がニヤリと歪んだ。勝ったと思ったのだろう。しかし、俺もそう簡単にやられる気はない。ワイバーンが咆哮で牽制するのなら俺は魔法で牽制するだけだ。


 まずは大量のウォーターボールの魔法陣の同時展開。その術式にそれぞれ細工してそれぞれを極限まで冷やしより密に、より強固な氷に。ガルメアに来てから実験していた、アイスⅪを少し時間をかけて大量に用意。そしてそれぞれのアイスⅪに雷魔法サンダーを纏わせて帯電する氷に。アイスⅪがいくら構築に時間がかかるといっても意外と駆け引きや牽制には使えそうだと思った。


「おいデカブツ、ゼロ距離で満身創痍のお前にこいつを撃ったらどうなるか、いくら頑丈なお前でもわかるだろう?」


 バチバチと音を立てながら宙に浮く無数の帯電した氷を見てワイバーンの口元が恐怖に歪み、目が再び恐怖に染まった。翼を必死に動かし、これまでの暴挙が嘘のように逃げ出した。


 遠ざかっていく巨大な姿を見送りながら俺は魔法をキャンセルして安堵の息をついた。兵士たちやアリアがある程度ワイバーンの体力を削ってくれていたから追い払う事はできたが、1人だったら危なかったかもしれない。


 村人たちが逃げ出したはずの東地区に行ってみると、彼らは村の外には逃げておらず、アリアを地面に横たえて心配そうな顔をしていた。


「…安全な場所に逃げたかと思いましたよ?」


 今更ながらに俺は行商人を取り繕った口調に戻したが、村人たちにはもう通用しなかった。


「いいや、もう誤魔化す必要はないよ?あんた、国内に手配書が回っていたシリウス・ステラリウムだろう?」


 ゲルダが俺の手配書を見せながら話しかけてきた。


「知ってたのか?」


 元の口調に戻して尋ねてみるとゲルダは目を閉じて首をゆっくりと横に振った。


「いいや、この女の子の顔を見て聖女アリア様と気づいたからさ。あんたの手配書も出回ってるけど一緒に聖女様の人相書きも国から配布されててね。だが、あんたが村を守るために兵士たちですら逃げ出したあのワイバーンとたった1人で戦ってくれた時に手配書に疑問を感じたよ。身を挺して村を守ってくれるような人間が欲に目が眩んで身勝手に聖女様を攫うなんてあり得るのだろうか、とね」

「本当にそうだったら、どうする?」

「知ったこっちゃないよ、あたしたちは、行動で人を見る。魔物が村に侵入してきた時にそれまで散々威張っていた兵士たちが逃げ出したのに対して、あんたは村を守るためにたった1人で戦った。それだけでどっちの人間を大切にすべきかぐらい、考えなくてもわかるさ」

「アリアを傷つけられてブチギレただけで、村のことはあまり考えてなかったんだがな…」

「例えそうだったとしても結果として村も守られたんだ、だからあたしたちはあんたには感謝してるんだ」

「…そうか、それならまあいいか…」


 しばしの沈黙の間。その後俺はアリアに視線を移し、尋ねた。


「アリアの容態は?」

「まだ目を覚ましてないよ。魔力切れが原因なのか、外傷が原因なのかどっちなのだか…」

「無茶しやがって…」


 俺がポツリと呟くと、アリアの瞼がピクピクと動いた。自分の置かれた状況を認識できずぼうっとしていたが、全身の痛みを知覚して痛ましげに顔を歪めた。


「っ……!!」

「気づいたようだな」

「し…アルスさん…?」

「シリウスでいい、アリアのこともゲルダたちにはバレてたみたいだ」

「え…?」

「聖女様の人相書きも手配書もこんな小さな村でも配られてたのさ、まさかあたしたちも聖女様に国と戦えなんて説得されてるとは思わなかったけどね」

「…ワイバーンは…?」

「とどめを刺す前に逃げられた」

「村から危機は去ったからいいけどね」

「…皆様は…これから先…どうされるのですか…?」

「あの兵士たちに虐げられてる間はあたしたちも人生を諦めてたさ。けれどね、あのワイバーンに村を壊されてからは気がついたんだ。殺されるのを恐れて何もしなかったら、何かあった時に真っ先に見捨てられるのは今の状況を変えることなく我慢してるあたしたちだとね」

「…では…」

「ああ、あんたのおかげで目が覚めたよ、あたしたちはどうかしていた。昔はガルメアで槌を奮い、みんなの命を守るための魔鉱石を掘り出し、武器や防具を作る事に誇りを持っていたのにいつからあたしたちは怖気付くようになったんだろうね…」

「恐怖が発生するのは無知からだ。相手の実力や規模がわからずただいいようにやられるうちにだんだんと洗脳されていく。実はあのワイバーンですら時間さえあれば洗脳は可能なんだ。方法は単純で、卵から孵ったばかりの幼体を杭と鎖で地面に繋ぎ止め、脱走しようとしたら集団で鞭で引っ叩いたり生き延びるための餌を与えなかったりする。それだけでやがて自由になる翼も力もある強大な魔物でも自分は無力だと思い込み、人間に付き従わせることさえできたりする。知らないから怖い、けれど、自由になる力があると知った瞬間、それは自分たちを解放するための礎となる」

「へえ、あんた上手いこと言うじゃないか。つまり、あたしらもそうだったと言いたいわけかい?」

「抗ったら殺されるかもしれない恐怖があった、かつ、兵士たちの実力は自分たちの遥か上だと言う先入観もあっただろう。けれど、あいつらが束になってもワイバーン1体すらまともに倒せない、それが答えだ」

「そりゃそうさね、今となっちゃああたしらを虐げてたあの兵士たちよりもたった1人でワイバーンと戦えるあんたや聖女様の方が怖いくらいだよ」

「…わ…私…怖くないですってば…」


 息も絶え絶えに言葉を紡ぎ出しながらもアリアは微笑んだ。


「いいや、怖いと思われるくらいでちょうどいいぞ?恐怖ってのは適度に使いこなすツールだ。恐怖は使い方次第で人を攻撃する刃にも自分を守る盾にもなる。相手に恐怖を与えない生き方は良い事ばかりではない。依存体質の人間や搾取する人間、所謂テイカーが近づいてくるのをも許してしまうんだ」


 俺がアリアに釘を刺すとアリアはまだ納得できないようだった。


「…ですが…私は聖女ですから…」


 そう言い淀むも彼女は続きの言葉が紡げないでいた。聖女というイメージに沿った行動を取ることが彼女にとっての正解であり、それを信じて疑わなかったからこそ果たして誰にでも優しさを見せることは正しいことなのかと俺が問いかけても納得いかないところがあるようだった。


 気まずくなるのもどうかと思ったため、俺はゲルダに問いかけた。


「村は復興までに相当時間かかると思うが、本当に残るつもりか?全員死んだことにして逃げたっていいだろう?」

「ああ、残るさ、あの魔物がまた来るかもしれないし、代えの兵士たちが来るかもしれない。けど、今は違う。今度はみんなで戦うよ、言論が通用しないなら武力で、魔物が来てもあたしらだけで対処できるぐらいに鍛えるさ」

「おうよ、散々俺らを虐げといておきながら何かあったら屁っ放り腰で逃げ出すような王国軍なんかもう当てにしねえぜ!」

「またそうなるくらいなら最後まで抵抗してから死んでやる!!鉱夫の誇りをなめんなよ!!」

「そういうこった、俺らの命は俺たちの手で守る!!」

「盛り上がってるとこ悪いが、それができる算段はあるのか?」

「あたしが指南するさ。今ではこの村で鍛治師と長老を兼任してるけど、元々は異国で冒険者してた戦士だったんだ」

「大丈夫か?鍛えてる間に増援が来るかもしれないぞ?」

「それについてはあんたに頼みたいことがある、ちょっとついてきてくれるかい?」


 それだけ言うとゲルダは自分の工房へと歩いていってしまった。俺が後を追って工房に入っていくと、彼女は美しい装飾のついた一振りのバスタードソードを工房の奥から出してきた。

 鏡のように美しい銀色の刃。刃の所々に美しい幾何学模様が刻まれている。その模様は前世で見た隕鉄に現れていたウィドマンシュテッテン構造によく似ていた。鍔は金色に光っているが、成分はよくわからない。握りには黒色の革紐が丁寧に巻かれている。柄頭には宝石を嵌め込める空洞も付いているようだが、肝心の宝石はなかった。


「これは?」

「魔剣サイオーン。あたしの作品さ。魔鉱石とダマスカス鋼と少量の隕鉄を鍛えて作る魔力伝導刀でね、剣と魔法が使える人間にはもってこいの武器なんだ。その剣に魔力を流してみな?」


 ゲルダに指示されるがままに柄を握り、魔力を流してみると柄から剣身へと瞬く間に魔力が伝わり、それに伴って剣がうっすらと光を放ち始めた。そして何より羽のように軽くなった。魔力を流す前はそれなりの重量で身体強化なしに片手で振り回すのは難ありかと考えていたが、今となってはまるで俺の体の一部となったかのように重さを感じなかった。


「俺の魔力に反応して…剣が硬化して、その上軽くなったのか?」

「その通り。あの兵士たちは剣には長けていても魔法がからっきし駄目だったみたいでね、この作品の良さがわからずにこんなゴミを作る暇があるなら仕事しろと怒鳴られはしたものの作品自体は没収されずに残ったんだ。柄頭の宝石だけは売れるからと取られちゃったけどね。そこについては宝石に魔力貯蔵ができるから手に入れた時にでもセットするといい」

「…なるほどな、つまり、前払いでこいつを渡すから鉱夫達を指南する間俺にあの兵士たちの相手をしろと?」

「それに加えてあんたの知ってる剣術や魔法の指南とかも可能ならお願いしたいけどね。魔鉱石や隕鉄など高価な素材使ってる剣だしあのワイバーンで武器が壊れちまったあんたにはいい報酬だろう?」

「…剣に加えて当面の宿代の無償化だ。どのみちアリアの怪我が治るまでは滞在を伸ばさざるを得ないからな。それで良ければ取引成立だ」

「だそうだよ。いいだろうウォルス?」


 ゲルダが宿屋の主人であるウォルスに問いかけるとウォルスはゆっくりと頷いた。


「…はい、戦えない老体の私でもできることでしたら喜んで引き受けます」


 そこまでしてもらえるなら俺としてももう断る理由がなかった。


「いいだろう、引き受けよう」

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