表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

第11話 何を守りたかったのか

「お客様!!ご在室ですか!?今すぐお逃げ下さい!!」


 ドアを激しく叩く音が聞こえ宿の主人が叫ぶのが聞こえた。俺は慌てて変装し、驚きで固まっているアリアにマントとフードを被せて顔面に狐面を押し付けた。顔面にお面を押し付けられて「むぎゅう…」とうめき声を上げるアリアを無視して俺は何が起きているかを薄々感じつつもドアを少し開けて宿の主人に声をかけた。


「何事ですか?」

「ワイバーンの襲撃です!!」

「被害を受けた地区の方々はどうなりましたか?」

「生存者は東に逃げている最中です!!しかし、西地区で起きた火災はまだ鎮火せずワイバーンも西地区にいます!!狙いはこの村の西地区に貯蔵された食料です、ワイバーンの注意がそちらに向かっている間にお逃げください!!」

「そうでしたか、教えていただきありがとうございます」


 主人に礼を言い宿を出ると外は悲惨な状態になっていた。有事を告げる鐘の音がけたたましく鳴り響き、たった1体の巨大なワイバーンによってガルメアの西地区が荒らされ、倉庫は壊され、住宅や店は燃え盛り、村人たちの叫び声がここまで聞こえてきていた。同時に、怒号も。


「馬鹿野郎!!何でワイバーンが侵入してるんだ!!魔法部隊がメンテナンスしていた結界魔法や魔力貯蔵用のクリスタルはどうなってる!!」

「すみません!!当番が病で欠員が出まして!!」

「だったら非番のやつで穴埋めしたら良かっただろう!!」

「無茶言わないでください!!有事のために一部の魔力を温存せよは国が定めたルールですよ!?」


 誰が悪い、何が原因かばかりが論じられ、どうしたら解決するかは後回し。事なかれ主義の人間が取りがちな回避行動は聞いてて辟易させられた。


 しかし、そんな状況でも逃げ惑う村人たちの叫び声を背景にガルメアを監視していた村人たちを虐げていた何十人もの兵士たちが集まって隊列を組んでいるのが見えた。


「ちっ、面倒ごとになりやがったな…」

「そう言うなって、あの平民どもがいなければ俺たちの身分は保証されねえんだぞ?」

「違いねえな、だが、あの化け物は俺たちで何とかなるのか?」

「何とかなるかじゃねーよ、何とかするんだよ。俺らならできるだろ?」


 態度は横柄だが有事の際にこうして村人を守る姿勢はあるのかと側で見ていた俺は感心した。


「目標、西方向ワイバーン、後方魔術部隊、構え、撃て!!」


 兵士長の指示に基づいて西地区に陣取った魔法使い達による氷魔法の一斉掃射が行われた。空を埋め尽くす氷の矢と槍。だがワイバーンに勘づかれたようで村を襲撃していたワイバーンは翼をはためかせて空高く、魔法の射程圏外まで飛び上がった。

 どころか、ワイバーンは兵士たちに狙いを定め陣形が布かれた中心部に向かって飛んできた。


「くそっ、来やがったか…!!」


 陣形の中でポツリと漏れる悪態。魔法部隊の狙撃で追い払うか致命的な傷を負わせるのが目的だったためか前線に立って戦う彼らにとっては痛手だったのだろう。


「狼狽えるな!!弓兵、狙撃用意、撃て!!」


 号令と共に空に向かって放たれる弓。蔓の軋む音や矢が風を切る音が戦闘を観察している俺たちの所にまで聞こえてきた。多くの矢はワイバーンに当たった。しかし、大半はワイバーンの硬い鱗に弾かれ、牽制にはなっても大したダメージにはなっていなかった。

 弓矢の利点は連射性と飛距離だが、ワイバーンのような頑丈な体を持つ魔物が相手だと相性が悪い。狙撃で足止めをしつつ打開策を練るのが定石であり、指揮官の思考や知恵が問われてくる。


「だめです、足止めできません!!隊長、次の指示を!!」


 若い弓兵が狼狽えながら指示を仰いだ。対する隊長はワイバーンを睨みつけながら腕組みをしていた。


「…魔法部隊の次の詠唱完了は?」

「5分後です」

「馬鹿野郎!!何でそんなにかかるんだ!!」

「こんな場所に派遣される我々の部隊に宮廷魔術師レベルの手練れが割り当てられると思いますか?」

「本当ついてないな…」

「手練れは戦争にもってかれたから仕方ないんじゃねえか?」

「最悪近接戦闘部隊で足止めしてでも時間を稼ぐか…」

「うわあーーー!!だめです、こんなに接近されたら防衛を維持できません!!」

「やむを得んな…近接戦闘部隊、抜剣せよ!!魔法部隊の詠唱完了までの時間を稼ぐぞ!!」


 腹を括った顔をした隊長が抜剣し、側近達と共に最前線に出て行った。村に轟く雄叫び、それに重なるように響く咆哮。どちらもが譲れない命のやり取りが繰り広げられていた。


「ぎゃあ!!」


 驚きと共に倒れる兵士。彼の胸は鉤爪で切り裂かれていた。


「くそったれ…よくも俺のダチをやってくれたな…!!」


 怒り狂った別の兵士が鉤爪と皮膚の間の隙間に剣を差し込んで力いっぱい剣を押し込んだ。魔物の防御の手薄な部分を狙うやり方もまたセオリー通りの戦い方であり、仲間の兵士が攻撃された隙をついた咄嗟の判断は彼の訓練の賜物だっただろう。


「思い知ったか、化け物め!!」


 恐怖を打ち消す狂気からか、剣を突き立てた兵士の口角が上がった。その顔が絶望に変わるのに時間はかからなかった。ワイバーンが彼に視線を向け、口を開き火の玉を兵士めがけて吐き出した。瞬時に炭と化す兵士を見て周囲の兵士たちは狼狽した。


「やべえぞこれ…」

「こんなんどうしろと…」

「だめだ、もう終わりだ!!俺は死にたくねえ!!」

「俺だって死にたくねえよ!!」


 ついには前線から逃げ出す兵士さえ現れた。


「馬鹿野郎!!隊列を乱すな!!」


 兵士長の怒号など最前線で命のやり取りをしている彼らには何の抑止力にもならない。生きるか死ぬかの瀬戸際ではいくら高待遇でも本性が現れるのがよくある事だ。死が迫れば自分の命を優先するのも仕方ないかもしれない。待遇だけを求めて民衆のために命をかける覚悟がないとその行動をとっても致し方ないのかもしれない。


「隊長、どうしますか?」

「ちっ、あの腰抜けどもめ…、責任を問われるのは俺なんだぞ?」

「ですが前衛が逃げ出したら…」

「魔法部隊の詠唱が終わるまで俺たちが止めればいいだろ?」


 言うや否や飛び出した兵士長。多人数で俺に対して横柄な態度をとっていた割には肝が据わっているじゃないかと感心した。ワイバーンが彼に顔を向け、火の玉を連続で放った。


「ふっ…!!はっ!!おっと…!!」


 火炎弾の着弾点を予測して避けながら単身でワイバーンとの距離を詰めていく兵士長。対するワイバーンも新たな脅威を見据え咆哮を上げた。


 シャアアアアアアーーー!!!


「っ…!?」


 咆哮を聞いて兵士長はその場で立ち止まり耳を抑えた。至近距離であんな巨大な怪物の咆哮を聞いたら耳が痛くなる程度では済まないだろう。咆哮が止んだ時には兵士長は剣を杖代わりにして頭を抑えながら立っているのがやっとだった。


 そして再び開かれるワイバーンの口。しかし、出てきたのは咆哮ではない。巨大な火の玉が兵士長めがけて飛んでいった。たちまち火柱が兵士長を中心に立った。肉が焦げる嫌な臭いや武器や鎧が溶けて地面にどろどろに溶けた鉄が広がった。


「嘘だろおい…」

「ダン隊長が?俺らが一度として勝てなかった剣術の達人が?」


 特に名前を聞いたことはなかったが、あの兵士長はダンという名前だったらしい。いくら剣に優れていたとしてもワイバーンが相手では魔法が使えないのに単身で挑んだのは悪手だった。


「終わりだ…もう終わりだ…」


 そんな声が前線からも聞こえた。後方の魔法部隊の詠唱も止まっている。指揮官を失った部隊はまるで烏合の衆のように忙しなくお互いに見つめあっていた。やがて誰が最初に動いたかもわからないぐらい前線からも後方からも逃げ出す兵士や魔法使いが続出した。


「もうガルメアは終わりですね…」


 すぐ隣からも宿屋の主人の絶望と諦めに満ちた声が聞こえた。平時は兵士たちに虐げられていたはずなのにいざより大きな脅威が迫るともはや自分を守る意思すらも失われているようだった。


「いいんじゃないか?村人を監視したり虐げたりする奴らはいなくなったんだろ?」


 いつもの口調で俺は宿屋の主人に話しかけた。主人は俺の口調が変わったことに目を丸めつつもすぐに目を伏せて俯き呟いた。


「あの化け物が食料を奪い終えた後は次の食料は我々です」

「だったら死に物狂いで自分の命を守ればいいじゃないか、命を守るために村を出ていったっていいじゃないか」

「できません、村の外に出て何もかも失った状態で小間使いとして生きて何になるんですか?」

「なら化け物に食われて死ぬか?」

「それは…」

「言い過ぎです、アルスさん!!」


 正論を言っていたはずだがアリアに強い口調で止められた。


「皆さん、何もかも失って明日どう生きればいいか困ってるんですよ!?」

「言っただろう?生きるために村を出ていけば命だけは守れると」

「そうかもしれませんが今言う事ですか!?」

「物事を始めるのに最適なタイミングは10年前、次に最適なタイミングは今だ。今動けば未来の運命は変えられる。自明の理だろう?」

「ですが、皆様はこの村を愛しているんですよ!?理不尽に日常を壊されていいんですか!?」

「どこに住んでいても安全なんてものはないぞ?この村にいようが他の場所に行こうが試練や災厄は場所も時間も選ばない」

「もういいです、私1人でもあの魔物を追い払います!!」


 俺と問答している時間すらも惜しくなったのかアリアは羽織っていたマントを脱ぎ捨てて駆け出した。獣人らしい身体能力の高さは健在で魔法無しでもワイバーンとの距離を一瞬で詰めつつ懐から短剣を引っ張り出し、ワイバーンの足と爪の間に突き刺すのと同時に右手に用意していた雷魔法サンダーを短剣に流し込んだ。


 短剣から血液を通じてワイバーンの体内に送り込まれた電撃はワイバーンの内側からダメージを与え、ワイバーンは苦悶の咆哮を上げた。しかし、初級雷魔法程度の出力ではいくら体内にダメージを与えたとしても致命傷にはならなかった。


 体を痺れさせる程度であってもワイバーンはアリアを怒りに満ちた目で睨みつけ、先ほどと同じように咆哮を上げようとした。しかし、アリアはそれを読んでいたようでワイバーンの口に指を向け、「サイレント!!」と魔法名を叫んでいた。


 咆哮はアリアの魔法によって遮断され、ワイバーンはアリアの動きが止まらないことに戸惑っているようだった。その間にもアリアは次の攻撃魔法を用意していた。一足飛びで間合いを取り空中で後方宙返りをし背中に背負っていた弓を構えながら淡々と聞こえてくる魔法の詠唱。


「其は天の光。

其は裁きの炎。

禍事罪穢れを燃やし尽くし、浄化せし再生の力なり。

咎人よ、灰燼と散れ。

闇を照らす浄化の聖炎よ、ここに顕現せよ。

セイントフレイム!!」


 軋む蔓の音、鏃が放つ眩い光。間合いをとる間に構築できる魔法の中で威力の大きいものを選択できるところにもアリアの戦闘センスが光っていた。聖属性と炎属性の中級混合魔法セイントフレイムが牙を剥くのを今か今かと待ち構えているようだった。


 アリアが弓を放つと聖なる炎を纏った矢は雷のように空を切り、ワイバーンの顔面に直撃した。その瞬間、爆発でも起きたかのように白い炎が一瞬で広がった。


 聖属性魔法はヒールやディスペルをはじめ対象を癒すとか呪いを解くとかの回復系が多いイメージがあるが、数少ない攻撃魔法の中には闇属性に対して大きなダメージを与えるものも多く、ワイバーンをはじめ多くの魔物が闇属性を持っているため聖属性魔法が大きなダメージソースとなることもよくある。

 ガルメアに常駐していた兵士たちは氷魔法をダメージソースとしようとしていたが、その理由はただ一つ、聖属性魔法の使い手が極めて少ないことだ。アリアは稀代の聖女と崇められるほどだったので当然聖属性魔法もほぼ全て使いこなせたのかもしれない。


 セイントフレイムの直撃を受けたワイバーンはこれまでのアリアの猛攻からのこのセイントフレイムが効いたのか、動きを止め、撤退するかに見えた。しかし、アリアが脅威と分かってもなお戦いをやめようとしなかった。


 ワイバーンは特大の火炎弾をアリアに向けて放ってきた。これまで兵士たちを小馬鹿にするように連射していた小型の火炎弾とは比べ物にならない威力、しかも避けたり逸らしたりすればガルメアは復旧不可能なくらい壊滅状態になるだろう。


 となればアリアができることはただ一つ、受け止めることしかない。アリアは両手を前に突き出し、魔法障壁を何重にも張り巡らせながら火炎弾を受け止めた。同時に、周囲にも被害が出ないように飛び火するたびに建物に障壁を張ることまでしていた。


「ああああああああーーーーーーっ!!!」


 凄まじい勢いで消耗していくアリアの魔力。それでも村人たちを守ろうとするアリアは一歩も引かず、顔を苦悶に歪め絶叫しながら必死に耐えた。火炎弾と障壁との衝突の余波だけで強風が発生し、アリアのワンピースのスカート部分が激しくはためいていた。それでも、アリアは耐えきり、火炎弾は威力を失って消えた。だが、一呼吸置く間も無くワイバーンは既に次の行動をとっていた。


 その巨体で突進し、体当たりでアリアの張った魔法障壁は次々と砕かれていき、アリアまでも吹っ飛ばした。


「きゃああああああああーーーーーーーーーっ!!!」


 悲鳴と共にアリアは空中へと高く飛ばされ地面に何度も叩きつけられた。その時の衝撃で狐の仮面が外れ、地面に落ちた。


「うう……」


 地面に倒れ伏し呻くアリア。肋骨が何本か折れてしまったからなのかアリアは苦しそうに血を吐き目からは涙がこぼれ落ちた。また、擦り傷や切り傷から血が滲んで純白のワンピースの所々が赤くなっていた。防水魔法付与のためそのうち落ちるはずだが、見るからに痛々しかった。


 その姿を見て俺はハンマーで頭を殴られたような気分になった。自分の保身だけを考えてアリアを危険な目に遭わせて俺は何をしていたんだろう?理性で自分自身やアリアを優先した場合の最適解を実行した結果がこれだ。俺は何を守りたかったんだ?


 そんなことを考えている間にもワイバーンは次の攻撃でアリアを葬り去ろうとしていた。俺は考えるよりも先に体が動き身体強化でアリアの元まで駆け寄ると彼女を抱き上げ、村の建物の屋根伝いに宿の前へと戻った。


「彼女を安全な場所へ」

「この顔はもしや…聖女様…?」

「説明は後だ」


 俺は短く主人に用件を言うと量産品の剣を抜き、ワイバーンへと駆けた。


「このデカブツが…よくもやってくれたな…」


 俺は愚かな自分と目の前のワイバーンに怒りを漲らせた。俺はバカだった、アリアがこんな状態になるまでアリアの気持ちを尊重できなかったのだから。けれど、ようやく気づいた。アリアを守りたいと思うならこのくらいのリスクは取って当然なのだと。


ーーーだったら、今からでも行動するだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ