第9話 デートコースだとは知らなくてよ
「下々の者達が宿泊する宿を妾は初めて目にしたが何とも言えぬ素朴な雰囲気がして中々良いではないか」
ボロいだけだろ…… そもそも大した金も持ってねぇから選択肢は限られて来る。
それも傭兵団の事務所の金庫に預けてあった金もルシェーラの奴に全部持って行かれちまったからなんだが…… 今度会ったら絶対に容赦しねぇからな。
「そりゃあ良かったよ。 猪鹿亭の飯も随分と気に入ったみてぇだったしな。 皇女様とは思えねぇ見事な食いっぷりだったぜ」
褒めたつもりだったんだが無言で俺に向けられる皇女様の冷たい眼差し。
「これではウェルチも苦労するのう……」
あり得ないとばかりに小さく横に首を振りながらそんな事を呟いてやがる。
何故そこでウェルチが出て来るんだよ。
「それよりもヴァンよ。 妾はマリアナの夜の顔と言う物を見ておきたいのじゃ。 少し休んだら案内せい」
窓から外を眺めながら皇女様が俺にそう告げる。
衛士隊もいるから危険は少ないとは言え、大きな町なだけに暗部はあるからな。
まぁ、俺が付いているから滅多な事も無いだろうけどよ。
「ああ、いいぜ。 確かに皇女様って立場に戻れば夜の町に出るなんて機会は無くなるだろうからな。 ここで下々の者の生活を見ておくのもいいんと思うぜ」
新しい国とやらがどう言う体制になるか俺には分からねぇが、目の前にいるヘンリエッタ・ヴァン・グランディーヌ様を君主として成り立つのは間違いないだろうからな。
「うむ、どのような感じなのか楽しみじゃ。 不埒な輩もおるのだろうが、そこは其方を頼りにしておるぞ」
姫様も不測の事態は予想してるって事か。
そして少し時間を置いてから二人で夜の街へと繰り出した。
そろそろ出ようかと俺が声を掛けたら眠そうにしていたんだが本当に大丈夫なんだろうな…… 流石にまだ子供だからな。
多少の不安を感じながら俺達は夜の町へと繰り出した。
「魔水晶では無く篝火を使うのは風流じゃのう。 帝都では夜の暗がりを照らすのに数多くの魔水晶を使うのが当たり前になっておるのじゃ。 明るくはあるのだが妾にはそれが味気なく思えてならぬ」
そんな事を皇女様が辺りを見渡しながら口にしていた。
帝都には大陸全土から集められた莫大な量の魔水晶を備蓄していると聞くからな。
前に仕事で訪れた時も夜だと言うのに昼間みてぇ
に明るかったのには随分と脅かされたもんだ。
「そうかも知れねぇな。 俺も野営をした時とか夜の闇に揺らぐ炎を眺めているは結構好きだぜ」
傭兵なんて言っても所詮は人殺しだ。
戦いが終わった後なんかは特に冷え切った胸の奥底に暖かさを感じられるからな。
「ふっ、どうやら意見が合うようじゃな」
軽く笑みを浮かべた皇女様が俺を見上げると再び賑やかな街並みへと視線を戻す。
目の前で商魂逞しい商人達が夜だと言うのに昼間と変わらない感じで客との値段交渉なんかしているのを皇女様が珍しそうに眺めていた。
そんな賑やかな大通りを抜けて港の方へを足を運ぶと遠く離れていても微かに感じていた潮の香りが一段と強くなるのが分かる。
波の音が聞こえて来る頃には皇女様も待ち切れない様子で少し足早になっていた。
「中々良い眺めじゃな…… 船の灯りが水面を漂うように揺れておる」
「ああ、こう言うのをロマンチックって言うんだろ?」
どうやら夜の港は恋人達の憩いの場らしい。
俺は普段来ねぇから全く知らなかったぜ……
彼方此方に肩を寄せ合う男女がいるから居心地が悪い気がしてならねぇな。
「……こんな場所に妾を連れて来るとはヴァンも意外と大胆じゃな」
チラッと恋人達を横目に呟く皇女様。
「ちょ、ちょっと待てぃ! そんなつもりは無くてだな! 昼間に皇女様が海を見たそうにしてたから連れて来ただけであって…… 俺も普段は用も無い夜の港なんかには来ないからデートコースだとは知らなくてよ」
いくらなんでも10歳の子供を口説く訳もねぇだろが……
「只の戯れ言じゃ…… そんなに焦るでないわ」
んっ? 軽く溜め息を吐いた皇女様の頬がほんのりと赤くなっていたような気がするんだが、きっと篝火のせいだよな。
「なぁ、皇女様。 この先どうなっちまうんだろうな……」
今や帝国は滅亡寸前だ。
共通目標だった打倒帝国を成し遂げた反帝国連合国は果たしてどうなるんだろうか。
「帝国が滅べば主導権を握るために各国が争い始めるに決まっておろう。 その混乱こそが新たなる国を興すには絶好の機会なのじゃ」
「やっぱり帝国が滅んだとしても新しい火種にしかならねぇんだな」
戦いが無ければ俺のような傭兵は食っていけねぇが、その裏で戦争の犠牲になる無関係な人間も増えるんだからな。
「全ての者を救うなどと大それた事は言わん。 それは世迷い言じゃ…… それでも妾が新しく作る国の民が穏やな暮らしを営めるようにせねばならぬ」
「俺はそれを邪魔する奴をぶった斬ればいいんだから皇女様に比べれば随分と楽なもんだぜ」
そんな俺の言葉も皇女様には鼻で笑われちまったが気持ちは通じたらしい。
「……頼りにしておる」
俺から顔を背けてポツリと呟いていたからな。
その言葉に対しニッっと笑って返してやると皇女様も俺を真似て不遜な笑みを浮かべてみせる。
「ああ、俺に任せておけよ!」
俺達は既に一連托生だからな。
こうなったらやるしかねぇだろうよ。
楽しんで貰えたら嬉しいです。