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後輩にまつわる君の話 2



 こちらの実家に車を置いてから市街地へ。鷹野に案内された店は魚料理が売りで、刺身や焼き物を適当に頼んだのだがどれも本当にうまかった。地酒の種類も豊富で、飲んだことがないものを選んでちびりちびり。小龍は桃のにごり酒、鷹野は「とりあえずビール」から始まってそこそこ強めの酒を選んでいた。うまそうに飲み食いしているのを見ていると先刻の様子が冗談みたいだ。


「うまいな。どうやって見つけたんだよこんな店」

「でしょー? 教室の先輩に連れてきてもらったんですけど、また来たいなって思ってて…あ、シャオさん。サラダ取りましょうか?」

「あ、ありがとう。鷹野君とご飯、久しぶりだね」

「そうでしたっけ?……あーでもそうか。最近忙しくて――スミマセン」

「いやいや! 私もばたばたしてたから。鷹野君も忙しいかなって考えたらメールとか遠慮しちゃって…」

「えーそんな遠慮いらないのに! つか俺が約束したら先輩がご機嫌斜めになりますかね」

「そっ…れとこれは、別です! ねえっ?」


 言葉を詰まらせた小龍に、あははは、と鷹野が笑う。別だろう。そしてそんな事でいちいち機嫌を悪くしていたらそれこそ愛想を尽かされる。


「倦怠期とかないんですか?」

「は? いきなり何言うかなこいつ……」

「よく聞くでしょ? 三の倍数が危険とか。そうなったらすぐさよならーなもんでね、俺」


 短いスパンで女性と付き合いを重ねている彼らしい、さっぱりした物言いだ。


「お前…そこは相変わらずなのか」

「いい思い出の内にさっと別れとく方がいいんっすよーお互いに」

「そういう物なの?」

「俺はね。先輩は俺とは全っ然違いますから。ね?」


 いちいち振ってこないでいただきたい。話を変える事にした。


「就活どうなってる、四回」

「へ? ああ、決まる奴は決まってるしまだな奴はまだっすね。厳しいのは去年と変わりないみたいで」

「そうか、」

「まー皆クラブいる時ははっちゃけてますから」

「鷹野君はどうしてるの?」


 通りがかった店員に水を頼んでから小龍が尋ねる。そういえば鷹野自身の話は聞いていない。というか、近況にせよ訊かれるばかりではなかったか。


「俺っすか。師匠が推薦出してくれたんで来年には海外です」

「そうなの!?」

「あれ、言いませんでした?」

「って事はギター続けんのか」

「はい。腕一本で食ってけたらなー…ってゆーのはまだわかんないですけど、とりあえずまだ社会人にはならないっす」


 驚いた。あっけらかんとしているけれど、前は「俺ぐらいの奴ざらざらいますから、堅気の仕事じゃないとちょっとね」なんて言っていたはずなのに。


「海外ってどこ?」

「ドイツ! ビールめっちゃ飲んできます」

「そっちメイン?!」

「あははは! 楽しみがなきゃ行きたくないじゃないですか? 実際そんな甘くないってわかってますよ? でも俺、もっと弾きたいって思うんで」


 頑張ります、と鷹野はくしゃりと相好を崩した。

 後輩の選択に口を挟む事はしないが、鷹野の腕であってもそんなに甘い世界ではないだろう。心配だが、自分と彼とは違う。そうか、とだけ頷いてそれ以上はあまりツッコまないことにした。



 宣言通りに鷹野は歩ける程度の余力を残してがっつり呑んだ。一人で寝るのは嫌だとか言い出したので自分の部屋に通した。「あははは、先輩っぽい部屋っすねーお邪魔しまっす」とけらけら笑って床に座る。


「鷹野君、お水持ってくるから……だ、大丈夫? 気分…」

「へあ? ああ、へーきっす。すみません、いただきまーす」


 小龍も心配そうだ。鷹野はゆるゆるに顔も口調も緩んでいる。

 小龍がいない間に布団を用意していると、鷹野は物珍しそうに部屋の中を眺めていた。ぼんやりした調子で「本、ちょーある…」とか「キレイにしてますねー」とぼやいて。ベッドを背もたれにしている上体はゆらりと傾ぎそうだ。


「せんぱーい、」

「あ? 何。吐きそうか?」

「違いますよぉー先輩もシャオさんも、ちょーいい人だなーって。だからすげー頼っちゃう」

「はあ……」

「マジなんすよー? オレ、こんだけべったべたに信用してんの、二人だけっすもん。何か、兄貴と姉貴みたいな? ちょー好きっす」

「……あ、そ、」


 反応がいまいちなのがお気に召さないようで、鷹野はむうっと口を尖らせる。野郎がそんな顔してもかわいくねぇよ、とは言わない方が絡まれなくて済みそうだ。

 小龍が戻ってきて、微妙な空気に怪訝な表情になる。


「…どうしたの?」

「いや。別に」

「ひっでぇぇ! 人の一世一代の告白を、別にってそんな〜」

「ええっ? 何それ……あ。はい、お水どうぞ」

「うー……ありがとです」


 コップを受け取りごくりと喉を鳴らして、鷹野はへにゃりと相好を崩した。うま、とぽつり。


「シャオさん、」

「ん?」

「オレ、シャオさんすっげー好きっすー」

「えっ」きょとん。「ふふっ、ありがと。私も鷹野君好きだよ」


 小龍もさすがに酔っ払いの口からの【好き】にはあまり動揺しなかった。相手が鷹野な所為もあるだろう。にこりと笑ってさらりと受け答えをしてみせる。鷹野は「やっぱシャオさんのが優しいっすわー」とこちらを恨めしそうに見上げた。そんな目で見られても。


「あ、落ちる前に渡しとかねーとだ。シャオさん。森矢がね、シャオさんにって」

「えっ…」


 鷹野はコップを床に置いてショルダーバッグを漁り始めた。CDケースを三枚取り出して、はい、と寄越す。受け取ったそれと鷹野を交互に見やり小龍はぽかんとしている。


「あれ? 言ってたでしょ。あいつのソロの音源欲しいなって。それが最新までのみたいっすよ。後ね、これも。おまけですって」


 小さなマスコットが四つ。ころんとしたかわいらしいそれはヒヨコやペンギンだった。どれもゲームセンターなんかで見かけるような物である。森矢がとった物だろう。


「シャオさん好きそうだなーあげよーっつってにこにこしてましたよ、森矢。直接渡そうとはしてたみたいっすね。CDと一緒に入ってたんで」

「…あ、ありがと……」

「いいえー俺は預かってただけっすから。大事にしてやって下さい」

「うん。……うん。ありがとう鷹野君」


 今にも泣きそうな顔で、小龍は笑みを浮かべてみせた。目元が赤くなっているのはアルコールの所為だけではないだろう。今日一度も泣き言は漏らさなかった。泣いても戻るわけではないし、それよりもという気持ちで精一杯自分を律していたに違いない。


「ん。ミッションコンプリート〜……ってわけで、オレ、……」

「わっ、」


 へにゃりと笑っていたと思ったらいきなりだった。ぐらりと体が傾ぎ小龍に抱き留められる形で鷹野は寝落ちてしまう。静かな寝息でそうとわかったが、何やってんだとぎょっとしたのは言うまでもない。危うく怒鳴るところだった。引っ剥がして布団の上に転がせば仕舞いだ。


「ったく、こいつー……」

「あはは、あーびっくりした…」


 潰していい・潰れていいとは確認しておいたが、この後輩がこんなに静かに落ちるとは知らなかった。大抵最後まで起きてわいわい騒いでいたのだ。「寝顔とかでいじられんのヤぁなんすよ」とか言って。弱みを握られるだとかいうのが嫌なのだ、要は。


「まあ勝手に起きるだろ。お前も寝ろよ」

「ん。……森矢君、ちゃんと置いといてくれたんだなぁ…おまけまで」


 嬉しい、と小龍は小さく笑ってCDとマスコットを大事そうに抱える。きっとたくさん聴いて、目につく場所に大事に大事に飾っておいたりするのだろう。そういう奴なのだ。彼女は。


「……よかったな」


 うん、と頷いて、小龍は目尻を手で拭った。


***


 鷹野が海外にいる間に自分達は籍を入れる段階までなっていた。式の報せも勿論したのだが、彼からはメールで祝いの言葉と行けなくてごめんなさいという謝罪しか返ってこなかった。(後日、ドイツビールだとかちょっとした品が送られてきたりしたのだけれど。抜かりがない。)

 小龍から聞いた話、何だかんだあちらでも苦労していたようだ。あまり他にはこぼせない事も彼女には吐露しているようで、それは日本に戻ってきた今でも変わりない。



 小龍の妊娠がわかったのはついこの間で――それまでもしばしばあったが、最近よく部屋ではマンドリンの曲がかかっている。森矢のCDだ。彼女曰く「私も癒されるし、この子にも外にはこういう素敵なものがあるんだよーって知っててほしいなって思うから」と。


「……シャオ。寝るならちゃんとベッドで寝ろよ」


 落ちたらどうするんだ、とそっと肩を揺らして起こすと小龍は小さく呻いてから目を開く。


「んんー……あれ、おかえ、り…?」


 何で疑問系だ。こいつ。


「ただいま。悪かったな遅くなって」

「んーん。お仕事お疲れさま」

「しんどいのか?」

「えっ、そんな事ないよ?」


 少し顔色が悪いような気がしたのだけれど、理由は自分が思っていたそれとは違ったらしい。


「鷹野君、矢橋さんと喧嘩みたいになっちゃったんだって。…ちょっと心配だなーって」


 そんな話で自分まで落ち込む辺り、小龍の人のよさというか感情移入しやすさが現れている。


「まあ…あいつらも付き合い長いからな。その内ぽんと仲直りでも何でもするだろ」

「……かなあ?」

「お前な、人の事もいいけど自分の事ももうちょっと気を付けろよ。…な?」


 心配の種は尽きない。父親はこの時ばかりは代わってやれないのでやたら気に懸かる。


「大丈夫だよー心配しすぎですよ? お父さん」

「呑気なお母さんでよかったんだか悪かったんだかな。ホントに」


 ぽんぽんと大きくなったお腹を撫でて。今は反応がなかったので子どもはどちらの味方もしないつもりなのかもしれない。


「いい子にしてくれるんだよ、このCDかけてると。聞きほれてるんじゃないかなあ」


 ホントかよ、と苦笑い。だが好きな曲を聴くと気分がよくなるのはわかる。小龍の場合、聴いて色々思い出す中で楽しい記憶の方が大きい所為だと思うが。


「ね。生まれたら、写メ送らなきゃ」

「……鷹野にか?」

「鷹野君に送っといたら、近い人には見せといてくれるだろうし」


 森矢君にも、と微笑むのに、そうだなと頷いて。

 終わる命があれば新しく生まれる命もある。どちらも大切に抱え、どちらにも愛おしそうに目を細められる【今】であってよかったと思うのだ。



*



穏やかでいられる思い出になりたい。


鷹野がいろいろ吐露できるのは先輩とその彼女相手ぐらいかなーとか思います。しょうがねぇなあって呆れつつ見捨てない人たちなので。そいで、鷹野は二人を見てると安心するんでしょうねー自分にはないものを持ってる二人だから。

一回潰してみたかったのと、弥坂先輩の"彼女にあまり知られたくない小さな悪事"の場面が書きたかっただけとゆー←ぇ


森矢、あんた内側に入れた女の人にはやたらサービスできる子だったのねという驚き。

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