かわいいひと
※森矢のターンです。じわじわしつこく弄ってたい!←
先輩の彼女であり、一つ年上だけど同学年の女友達。それがシャオさんだ。彼女が僕のファンだと言って【友達になりたい】と繋ぎをつけてきたのが最初。遊ぶのは鷹野と三人でというのが多かったけれど、今回は頼み事があったので二人で会う。先輩には勿論お伺いをたてた。彼は「いちいち訊かなくていいぞ」と苦笑していたがそういうわけにはいくまい。恋人同士の予定があったりしたら大変だ。横槍など入れたら視線で殺される。
腕時計をちらりと見、約束の時間には余裕をもって着けそうだなと電車のドアにもたれ掛かる。足元に楽器があるので邪魔にならないようにしておかないといけない。蹴られたら一大事だ。本気で。(軽自動車一台と等価とかよく考えたら恐ろしい)
よく見かけるが、音楽を聴きながら歩くというのは器用でないと出来ないなと思う。自分はどうもぼんやりしてしまう――というか聞き入ってしまうので、聞くときは聞く・歩くときは歩くとしておかないとうっかりやらかしてしまうのだ。それに、周りの会話だとか音だとかの中には偶には面白いものがあったりするのだ。一時の、一方的な接触。
改札を抜けて右に折れた先に地下街がある。
広場の真ん中にはハロウィンの飾り付けがされていて、もうそんな時期かと気付かされた。基本的に演奏会の日程の感覚で動いているので世間様が騒ぐイベントはスルーしがちなのだ。(姉はこういうのになかなか敏感。でもカボチャ型の蝋燭だとかお菓子をわざわざ送ってこなくてもいいと思う)
案の定、待ち合わせ場所には先に彼女は見当たらなかった。シャオさんは開口一番謝るかもしれない。女性は大抵遅れてくるものだが、シャオさんは基本的に遅れてくる事はない。待ち合わせの着順に性別は特に関係ないだろうと思うのだが、鷹野は毎度意外そうにひゅっと眉を引き上げて「早いっすね?」と言う。
メールチェックをしていると「森矢君、」と呼ぶ声がしたので目を上げた。
「ごめんね、お待たせしました」
「いえいえ。時間前ですよ? 大丈夫です」
「森矢君、レッスンだったの?」
「ですね。そのまま来たら丁度かなって」
シャオさんはそっか、と頷いて。彼女がマンドリンという楽器がとても好きなのは短い付き合いの中でも言葉の端々で感じていた。
彼女は初心者ならではの素朴な疑問を投げ掛けてくる。例えば調絃の仕方やマンドリンの基本的な歴史、県内の大学ではどこが一番規模が大きいだとか、こんな先生がいるだとかいう話まで、こちらが不思議になるくらいするすると喋らせてくれる。それは最初にちらっと話した時からそうで、話し方や聞き方からこの人は頭がいい人なのだろうなと感じた。知識欲も旺盛。偶に間抜けな質問が飛び出すのもご愛敬である。間がもたなくて話題を探すのに必死になるよりもずっと心地いい。
「そうだ、今日はスミマセン。わざわざお呼び立てしちゃって」
「いやいや。私じゃあんまり頼りにならないかもだけど……」
アクセサリーとかしないから詳しくなくて。ゴメンね。
ゴメンの応酬にくすりと笑いあって、とりあえず見て回ろうかと歩き出した。
彼女がそうなのは承知の上である。詳しくなくても相談できる相手がいるだけでもこちらとしてはありがたいのだ。男一人でアクセサリーショップに入ってうろうろするのはどうも苦手で、でも鷹野や他の同期に頼むのは憚られた。何せ渡す相手が矢橋なのだからあれこれ茶化されるのは容易に想像がつく。真面目に悩むのを囃されて面白いわけがない。
平日の夕方という時間帯なだけあって、早くも会社帰りらしき女性の姿もちらほら。かわいいものを凝縮してキラキラした空間。目についた店をあちこち見て、良さそうな物はと視線をさ迷わせる。大体にして今時女子はここに並んでいる物はどれもかわいいと喜ぶに違いない。しかし、まあ……色々ありすぎて渡す側には悩ましいものだ。
「わーいっぱいあるや…かわいいなあ、」
「シャオさんは開けてないんでしたっけ?」
「あーそう。痛そうだなーとか考えちゃって」
耳朶を指先でいじりつつシャオさんは困ったようにはにかむ。【ガシャーン! で一発】という話からして怖い。同感だ。
「矢橋さんはいつもこういうのだっけ?」
「そうですね。あんましジャラジャラしたのは見覚えないかな……」
「普段からするならこーゆーのかな。…着けてる子に訊いたらね、大概のピアスだったらハズレはないよって」
「うわー余計悩んじゃいますね」
「私もそう思った、」
悩むなあ、と二人してぼやき、吹き出すのも一緒だった。
「森矢君的に、矢橋さんのイメージってどんなの?」
「難しいですねぇ、」
「色とか雰囲気とか……ふわっとでも」
「シャオさんならどれだと思います?」
質問に質問で返すのは狡かったかなと思ったが彼女はじーっとラックを見つめて「こういうのかな」とある一角のピアスを示した。中心の石がぽんとあって、繋がっているチェーンにも透明なクリスタルが散りばめられている。ジャラジャラではない、大人っぽいキラキラ系。
「きらきらひらひらって感じかな。蝶々みたいな……いつもオシャレだしかわいいなーって憧れちゃう」
「そうなんですか?」
「矢橋さん、いかにもキレイ系女子って感じでさ。シュッとしてるしいいなーって…」
シュッというのはあれですか。キリッとしてるとかそういう……?
あなたの方もかなりいいなーと思われてますよ、とは言わない。矢橋はつんとした感じの自分があまり好きではないようで、ついでに言えばシャオさんは恋敵である。彼女のようにほんわかした雰囲気など到底望めないから余計羨ましいといつだったかぼやいていた。女性同士の「いいなあ」には果てがない。無い物ねだりは誰しもあるもので、自分ももっと口が巧かったり積極的だったりしたらと思わなくない。
自分を悩ませる要因が自分の力の及ぶ範囲から逸脱してしまったのはどれくらい前からだったか。医者からは然るべき処置を受けるようにと言われたけれど、そんなことをしたら楽器は? この感情を持て余して僕に一体どう過ごせというのかとがっかりした節はある。
自分のやりたい事ができずに僅かばかりの延命など御免だった。最終的に弾けなくなるというなら出来る内に出来る事は全部やっていたい。最後まで自分の居たいと思う場所にいさせてほしい。家族にだってそう言った。僕はこれしかないから、病院じゃなくていつもいる場所にいさせてくれと。音のする場所。僕の行き先はいつも音のする先にあった。最高を知ったらまた味わいたくなるのは人として当たり前だろう。
――……ああ、何か、気持ち悪い……?
じんわりと胃かどこかを掴まれるような感覚があって。でも我慢出来ないわけじゃない。意識したら駄目だなと深呼吸して鈍い痛みを逃がす。
「気分、悪い…? 大丈夫?」
そっと覗き込まれ、はにかんで返す。
「や、大丈夫です。…お香? ですかね。僕あんまし……」
実際、店内に漂う甘いような深い香りは慣れない者には少々きつい。好みが分かれるものだ。
「ちょっと座ろうか」
店を出て近くのベンチに腰を落ち着かせ、はふ、と力を抜く。シャオさんが鞄をごそごそ漁って「これ、まだ開けてないから」とお茶のペットボトルを出してくれた。ありがたく頂戴して開けようとしたのだが手に力が入らない。
「開けるよ、」
よいしょ、という声と、パキッと蓋の開く音が重なる。再度渡されたのを数口流し込んでから息と一緒に「スミマセン……」と吐き出す。何とも情けない気分である。
「んーん。…開けたい時開かないよねぇ、これ」
僕もタオル無いと開かない時あるもん。握力結構あるのに。
むうっと口を尖らせる横顔。握力あるのに、だなんてこの顔の口から出てくるとか普通思わないだろう。
何だろうこの人癒しパワー半端ない。そしてちょいちょい出てくる一人称にふっと笑いを誘われた。
「シャオさん。また出ましたよ。僕」
「いっ?! ああぁぁ……森矢君までそんなっ……」
「あはは、先輩いないからって油断しちゃダメですよ?」
「うあーーーわかってるのにっ! 何で出るかなあもー……」
「癖ってなかなか抜けないですしね。でも…それ、どうしても直さなきゃダメなんですか?」
答えまではじっくり間があった。シャオさんは答え方に悩む時はこうしてじいっと考える人だ。お茶を飲みながら待つ。
「……コワイんだよ、うん」
「罰ゲーム的な何かが…?」
「うん……例えば、飴、食べろって」
「飴?」
飴と言えばご褒美の代名詞では、と怪訝に首を傾げてみせる。シャオさんはものすごく辛そうな顔だった。
「甘いの、駄目で。こーきはそれ知ってるから、キャラメルとか後に残る系の飴食べさせられるようになってさ……」
「僕、の矯正に?」
「口で言うだけでいいよね?! チョコはね、飲み込めるからまだいいんだよ! でも飴は無くならないでしょ? 酷いよアイツ。こっちは真面目にわーーーってなってるのにすっごい笑うんだよ?!」
先輩、それが見たくてやってるんですね気持ちはわかりますけど可愛がり方が何か違いませんか、ねえ。
あの先輩も彼女にはそういう事やるんだなあとぼんやり思っていたら、シャオさんがはたと黙った。
「森矢君、言わないよね?」
「えっ? はい。内緒にしときますよ?」
「うん、くれぐれも」
「念入りですね?」
「…………うん、まあ、……うん…ヨロシク……」
…………これ以上深く聞かない方がいいのかもしれない。(こんな顔になるとか先輩何やってんですかホントもう……)
顔に出やすいというのは本人だけでなく見る側にも多少なりとダメージがくるらしい。そんなどうでもいい実感と共に雑談している間に気分は回復してきていて、さて、と再び店巡りへと戻ることにした。
*
「うん。やっぱりこれにします」
何軒かハシゴした結果、最初の方に目星をつけていたピアスに決めた。オレンジの石は矢橋のイメージ。正確に言えば彼女がマンドリンを弾いている時にできる場の雰囲気だ。明るくて、時々眩しく映える色。ぎらぎらしてないくらいが彼女らしいなと思う。
「よかったね。いいの見つかって」
「ほっとしました。シャオさんいてくれたんで心置きなく見れたし」
「や、ホントにただ居ただけになっちゃってもう――」
全然アドバイスとかできなかったとシャオさんはしゅんとしているが、彼女が思う以上にこちらは感謝している。
「何かお礼させて下さい」
「ええ? いいよそんな…私も色々見れたの楽しかったからおあいこ!」
「はあ、でも」
「うーん……じゃあ、またCD借りたいな」
森矢君の音好きなんだ、と声を弾ませる様は弾き手冥利に尽きる。じゃあ、とそれで話をつけた。
「…あんまり見たりしないんですか? こういうの」
ショルダーバッグにラッピングしてもらった物を仕舞いつつ首を傾げる。
「似合わないからってゆー頭があるからさ」
そうかなあ、と思わずしげしげと見つめてしまう。首元にある華奢なデザインのネックレスはいつも着けているはずで、それは多分弥坂が彼女にプレゼントした物だろう。よく似合う。こういうシンプルな物ならいくらでもあるし、今日見ていた中でも彼女があっと心引かれる物がひとつ二つあっただろうに。
「そういえば指輪してないですよね、二人とも」
「う、……そうだね」
不味い事を突いてしまったか。
「や、やっぱりしたいもんなのかな、指輪とか…」
「先輩は何て?」
「私が似合わないからってずっと言ってるからなぁ……浩貴もそんなに言ってくる方じゃないしね」
つまり、弥坂の本当の思う所はわからないという事か。虫除けがあるに越したことはないけれど、その辺りの感覚は皆違うものだ。
「あってもなくても、先輩とすごい仲良しなのはよくわかりますよ?」
「なっ、……いやそんなベタベタした感じでもないよね?」
「雰囲気っていうのかな。先輩、シャオさんといると何かこう……やっぱ違うなーって、僕は思いますけど」
違うって何が?! とぎょっとしている辺り、シャオさんは鈍いというか……(僕でもわかるのに、本人同士ではそういう意識が薄いのはどういう仕様ですかね?)
実際、弥坂の方が惚れ込んでいるのだろうなとはわかる。表情が違うのだ。向ける眼差しや会話の間合いだってそう。特別な相手がいると人はこうも違うのかと驚かされる。こんなに素直でのほほんとした彼女だ。心配の種なんか数えきれないくらいかもしれない。
――きっとシャオさんは知らないんだろう。演奏会の時に先輩が緊張する相手が一人だけで、普段なんかどんなに耳の肥えた人間が聞いていようが全然気にしてないだなんて。
「森矢君、悪い顔してる…」
「ええ? そんなんじゃないですよ。鷹野じゃあるまいに」苦笑。「純粋に、感動してるんです。…安心するんですよね、シャオさん見てると」
「上手いこと言って! もー…」
皆からかうんだもんなあ、とむくれるのもかわいらしくて。くすりと零れた笑みに他意はなかったのだけれど、シャオさんはすっかり拗ねてしまった。あらら。
「……ね、シャオさん。真面目な話、僕、シャオさんといるのすごく好きなんですよ。僕でこうなんだから先輩はもっと嬉しかったりするんだろうなって。……だから、先輩とずーっと一緒にいて下さい。そしたら僕もお二人のほのぼのオーラ貰ってにこにこしてられるから」
ね、と微笑む。シャオさんはきょとんとして、言葉を咀嚼して飲み込んで、ちらりと目を上げる。照れ臭そうだ。
「…弱いなあ。森矢君嘘吐かないってわかるから、困る」
「そうなんですか?」
「それ! そのふにゃって笑うの、弱いんだよー……」
ふにゃってそんな。あなたも似たようなもんでしょうに。
「見てるだけじゃ勿体ないよ?」
森矢君だってそういう人捕まえなきゃ。
確かに、捕まえなきゃなとは思うんですけどね。そう、返すとき、でも今のままでいる方が好きなんですと反駁する自分がいたのは否定しない。
矢橋を好きだなと思う。でも独占したいとかいう狂暴なものじゃないなとも自分で分かるのだ。こんなに柔な感覚では友情や庇護欲の延長だと言われても頷くしかない。
渡したピアスをお守りにしようと言って笑顔で受け取ってくれた人をいとおしいと思う。泣いていたところに自分が出くわしたのはほんのささやかな幸福だったとも。ずっとなんて言わないから、思い出と一緒に彼女の荷物に加えていてくれれば満足なのだ。
人から貰った好意に、自分が残せる物なんてほんのこれっぽっち。苦笑してCDとマスコットを袋に入れて閉じる。
今度会うのは来週末だったなとカレンダーを見やり、バッグの中の譜面を確認してマンドリンのケースを背負う。レッスンは後何回行けるかなと肩で息を一つ。
そういえばあの二人、いつかは揃いの指輪をするのだろうか。シャオさんはきっと喜んで、でも指摘されればやっぱり恥ずかしそうに笑うんだろうなと想像できる程度には彼女とも弥坂とも親交は深まっていた。
人は欲深い。そんな事を思い知るのはきっとこんな時なのだ。
*
誰かの一番じゃなくても、幸せ。
森矢と小龍のほのぼのな組み合わせは書いててもほんわかします。癒し要員万歳(о´∀`о)
誰かの一番であるのも幸福ですが、森矢の場合それより大事にしたいものがあるのでね。彼の一生一番はマンドリンです(えー
既に【一番】の相手同士の弥坂先輩と彼女は森矢から見たら尊敬の一言に尽きるんじゃないかなと思います。人に優しくない。うん。
のそっと書いて忘れた頃に挿話を投下してますが、完結を打つべきなのかはてさて...サイトにあるやつもそうですが、キッパリ終わってもう書かないってゆーのは難しいですね(´;ω;`)ちょこちょこ隙間を埋めたくなる不思議。。。
ちっとでも楽しんでもらえたら嬉しいです。




