第七柱 「境界の影と交差点」
「各所に“ほころび”……」
ヘスティアの神殿を出たアテナは、神界都市ユグドラシルの上空を滑空しながら、腕輪の反応を追っていた。
「点じゃなくて……線で繋がってる」
腕輪が示す微弱な光は、神界のあちこちに散らばる異常を“導線”のように結んでいる。
(この流れ……どこに向かってる?)
高度を落とし、人気の少ない区域へと降り立つ。
そこは、神界の端。
地上ともっとも“重なりが強い”場所――境界領域。
「……ここだ」
空気が、わずかに歪んでいる。
音が遠く、色が薄い。
まるで世界が一枚、ずれているような感覚。
「こんな場所があったんだ……」
そのとき――
「遅かったじゃない」
背後から、落ち着いた声。
「え?」
振り向くと、そこには銀の弓を背負ったアルテミスが立っていた。
「アルテミス!? どうしてここに?」
「あなたが動くと聞いてね。念のため、先に見ておいたの」
「え、じゃあ……」
「ええ。“ほころび”の中心はここよ」
静かに指差す先。
そこには――
空間に走る、かすかな“裂け目”。
目を凝らさなければ見えないほどの細さ。
だが、確かに存在している。
「……これが」
アテナはゆっくりと近づく。
腕輪が、これまでで一番強く反応した。
「間違いない……ここが“起点”」
「問題は、その向こうね」
アルテミスの目が細くなる。
「向こう……?」
「この裂け目、完全には開いていない。でも――」
その瞬間。
ビキッ……
「っ!?」
裂け目が、わずかに“広がった”。
空間の奥に、暗い“何か”が揺れる。
「来るわよ!」
アルテミスが瞬時に弓を構える。
「え?」
次の瞬間――
ズルリ、と。
裂け目の中から、“影”が這い出した。
それは形を持たない。
輪郭が曖昧で、まるで感情そのものが黒く染まったような存在。
「これ……!」
「間違いない。“干渉してたやつ”よ」
アルテミスの矢が放たれる。
ヒュンッ――!
しかし。
矢は“すり抜けた”。
「なっ……!?」
「物理が効かない!?」
影はゆらりと揺れ、二人へと向きを変える。
「……感情、だ」
アテナが呟く。
「え?」
「これ、“存在”じゃない……“状態”だ」
ゆっくりと前に出る。
「だから攻撃が当たらない……形がないんだ」
「じゃあどうするの!?」
「……整える」
アテナは手をかざす。
「歪んだ理屈を、正しい形に戻す」
腕輪が強く光る。
「“知恵”は、理解して修正する力だから!」
影が迫る。
だがアテナは動かない。
「あなたは“何”?」
問いかける。
影が、わずかに揺れる。
「……迷い?」
「違う……」
「怒り……?」
反応が強くなる。
「――違うね」
アテナの瞳が鋭く光る。
「これは、“不安”だ」
その瞬間。
影が大きく揺らいだ。
「行き場のない感情が、境界で形を持ちかけてる……!」
腕輪の光が、影を包み込む。
「なら――戻す!」
ふっと、影が霧のように崩れていく。
そして、消えた。
「……消えた?」
アルテミスが息を吐く。
「完全じゃないけど、一時的にはね」
アテナは裂け目を見つめる。
「でも……これで確定した」
「何が?」
「“向こう側”がある」
静かに告げる。
「このほころびの先に、“感情が溜まる場所”が存在してる」
アルテミスの表情が変わる。
「つまり……」
「うん」
アテナは小さく頷いた。
「原因は、この神界の外側にある」
境界は、すでに揺らいでいる。
そしてその向こうには――
まだ見ぬ“何か”が、確かに存在していた。
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