フードの下
「そんな目で見るな。俺が悪いみたいじゃないか……」
「お、ノアがひるんだ」
「黙ろうか、文。口を縫い付けるぞ」
にこりと嘘っぽい笑みを文に向け、ノアはヴァニッシュを再び見やった。
びくびくとおびえたまま、ヴァニッシュはずささっと後ずさった。
「……嫌われてんじゃねーの?」
「……そんなわけあるか」
「だって、こいつ泣きそうだぜ?」
「っ、うるさい!そんなことないっ、嫌われるはずがないだろう」
「へぇ、自信アリ?じゃあ、聞いてみな」
からかうかのように、文はそう言って笑った。
むっとしたように、ノアはギロリとヴァニッシュを見つめた。
さらにびくびくと怯え、ヴァニッシュは壁際まで逃げた。
「……ほら、嫌われてる」
「っ……おい、てめェ!名前は!」
「ヴ……ヴァニッシュ……!」
「そうか。――ヴァニッシュ、来い!」
何故か怯える者に対して命令形。それこそまさに間違っているのだが、ノアは一向にそれを気にしていなかった。ただいつも通り、文に接するのと同じように。
ぶんぶんと首を振り、ヴァニッシュは本棚の陰に隠れた。
「あーぁ……どうすんのさ」
「~~~~っ!!!てめェがどうにかしろ!!」
「逆切れぇえぇ!?ったく……しゃーねーな……」
ぐしゃぐしゃと髪を掻き、文はそっとヴァニッシュに近付いた。
垂れた耳に、うるんだ瞳。ひどく心をくすぐられて感情を抑えるのがやっとなのだが、そんなこともかまわずヴァニッシュはそんな状態だった。
右手を差し出し、文はヴァニッシュの頭をなでた。
「ごめんなぁ……うちのは、誰に対してもああだから……怖かったよな……」
「あや……?」
「ダイジョーブ。お前のこと、結構好きだよ。ノアも嫌いじゃないっぽいから――」
「嫌いになった」
即座に否定。一気に空気が凍った。
なんとか空気を戻そうと、文はヴァニッシュに言った。
「お、俺は好きだから!気にすんなよ!?」
「……そう」
「おい、文。そいつに優しすぎるんじゃないか?」
「ノアこそ、苛めんなよ。かわいいのに」
「動物に弱すぎるのがてめェの悪いところだ。仮にも【狼】――もしも交流があることが向こうの奴らにバレたら――」
「――禁忌なら、とっくに犯してるだろ。ノアの血を飲んで、ノアを愛して、ヴァニッシュの血も飲んだ。これ以上の禁忌はないから――だから、追放されたんじゃないか」
今までとは一転、冷めた調子で文は言いきった。
体育座りの姿勢のまま、ヴァニッシュは恐る恐る文の手をつかんだ。
「うん?何、どーしたの」
「……俺を、苛めない――?」
「苛めない。嘘はつかねぇよ」
「嫌わないで……くれる……?俺と一緒にいてくれる……?」
「リリスに渡されたままだからな。一緒にいる!」
きっぱりと断言し、文は無邪気に笑んだ。
ほっとしたかのように表情の強張りをなくし、ヴァニッシュはゆっくりとフードを脱いだ。
陽が堕ち、涼しげな夜の風が部屋を吹きぬけていった。夜空には宝石のように輝く星がちりばめられ、まるで海のようであった。
「――見てよ」
長めのフードをのけると、薄いシャツの下から色の白い肌がのぞいた。ノアよりはもう少し健康的な、それでも【狼】としては白すぎる気もした。
チャリンと音を立て、ヴァニッシュは文の手を自分の首に押しつけた。
「――痛いんだけど……触っていいよ」
「っ……なんだよ、これっ……!!」
鈍く冷たい、鉄製の枷《かせ》――家畜につけられているような『首輪』が、ヴァニッシュの首にもはめられていた。
しばらくそれに触れていたが、文はそっと手を離した。
「……さっきはなかったのに……」
「時間制なんだよ。夜にだけ現れるように、呪いがかかってるから」
「呪いって……何だよ」
「逃げられないように。……これくらいしか覚えてないんだよ」
表情を曇らせて、ヴァニッシュはそう言った。
少しの間何かを考え、文はノアを見やった。
「……苛めたら、本気で殴るから」
「――了解した。守らねばならんらしいな」
「追われてるわけじゃないと思うけど。俺たちとおんなじような、『外れ者』かもよ」
「だろうな。――おい、ヴァニッシュ」
びくっ。まだ怖いらしい。
その反応に深々とため息をつき、ノアは文を睨んだ。
「厄介な拾いものだな」
「そう言うなって。な、ヴァニッシュ」
「え……何……?」
「――守るよ。お前のこと、全力で」
にかっと笑い、文は再びガシガシとヴァニッシュの頭を撫でた。ノアに接するのと同じように。
ほぅ……とヴァニッシュの表情にも笑みが浮かんだ。
それを横目で見、ノアは何も言わずに部屋を出て言った。わからない程度に表情を曇らせて。