禁忌の味
ひょっこりと、ヴァニッシュは文の顔を覗き込んだ。
「あの、何?どうしたの?」
「ん、別に。聞きたい?」
「焦らさないでくれる?他人とはいえ、そういうのは嫌い」
「じゃ、いいけど……」
焦らすとか言うな。そんなつもりはない。ダメージ受けても知らんからな。
心の中で色々と唱え、文はヴァニッシュに向きなおした。
「――俺と一緒に来い」
……はぁ?
何か言いたげな、けれど何かを考えだしたそんな表情であった。
そして、ヴァニッシュはゆっくりと拳を固めた。
「!?」
「何それ……殴って欲しいの?あんた」
「はぁ!?何言ってんだよ!」
「あんたこそ、何言ってんの!?俺になにしようとしてんのさ!」
「馬鹿か!?リリスに言われたんだよっ、お前をくれるって!」
言われてはいないが、勢い余って言ってしまった。間違ってはいない。
沈黙に沈み、ヴァニッシュは深くフードをかぶった。
「……リリスが、そう言ったの……?」
「そうだよ。文句があるなら俺に言うな」
「……ふぇ……」
うん?なんて言った?聞こえなかった。
――ほたりと、ヴァニッシュの頬をしずくが伝った。
「あ……え、何、お前泣いてんの……?」
「泣いてない……泣いてないから……」
「けど、ほっぺが濡れてる……悲しいのか?」
「……吸血鬼なんかにわかるかよ」
あ、イラッ。吸血鬼馬鹿にすんなよ、このへたれ。
むっとし、文は雑にフードに手を伸ばした。
「あっ、やめてっ……!触んないでっ……!」
「顔くらい見せろ。泣いてないんだろ?」
「嫌ぁっ……!」
腹いせというかなんというか。大体、まだはっきり顔も見ていない。そもそも暗くて見えない。
――バサリと、フードがヴァニッシュの背に垂れた。
ぴくり。ヴァニッシュの頭頂部で何かが動いた。
「……え?」
「み、見ないで!俺のことイジめるだろっ……!?」
「イジめる……?」
ぴくぴく、ぴくぴく。心をくすぐる何かが、かわいらしく動く。
慌てて頭を手で隠すものの、ヴァニッシュの手はあっさりと払われた。
「ゎ……かわええ……」
「っ!?やめてよ、触んないで!」
「いいじゃん、じっとして……」
あぁ、なるほどな――こいつは、話に聞く【狼男】というやつだ。
ぴくぴくとした、柔らかそうな獣耳。尾は隠しているのだろうけど、きっとある。他の特徴としては、耳を触られるのを極端に嫌がるということだろうか。
涙をさらにいっぱいにため、ヴァニッシュはへなへなと地面に膝をついた。
「あぁ、そっか……狼の一族は、耳触られると力抜けるんだったよな」
「知ってるの……?なのに、嫌がらせっ……!」
「ダメか?んー、喉かわいた……」
走ったせいもある。乾燥には弱い。
じっとヴァニッシュを見つめ、文はにぃっと笑った。
びくっと、手の中で耳が跳ねた。
「なぁ……味見、もっかいさせて?」
「吸血鬼なんだろ……!?禁忌じゃないのっ……?」
「知るか。お前の血、おいしいから」
美味だから関係ない。禁忌だろうと、他人が不味いなどと言おうとも。
片手で耳をつかんで力を抜いたままにし、文は静かにヴァニッシュの首筋に牙を立てた。
スゥッと――血を飲むのに力はいらない。まるでストローのように牙を伝って、そのまま血が流れ込んでくる。
涙と混じる甘い血液。涙がアクセントになるなんて思ってもみなかった。
やわらかな髪が手に心地いい。ひくひくと引きつるような血の廻りがこちら側にも伝わってくる。
このまま時が止まればいいのにと願い、文はひたすらに血を貪った。
――ゆらりと、二人の背後で影が揺らいだ。
「――あぁぁぁぁあああやぁああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「いっ……!?」
「何をしとるんだっ、このドアホがあぁぁ!!」
いつの間にか、背後には鬼の形相のノアが立っていた。かなり怒っていることは見て取れた。
ぽたりと、地面に血が数滴垂れた。