71・友を守る騎士
「チェックメイトよ! ケイシー!」
森林を抜けて、ようやくケイシーに追いついた。
彼は崖の上で立ちすくんでおり、私が声を発すると、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「クラリス……フェリクス……っ!」
ケイシーは私たちを見て、悔しそうに声を発する。
「君はもう追い詰められている。おとなしく投降しろ」
「ほほお? 追い詰められているとは? それは貴様らの方だ。何故なら、既に魔封じの矢の効果は切れている」
一転。
ケイシーは勝ち誇るかのように笑みを浮かべた。
「ハッタリだ。ならば、君が逃げる必要はなかったのだから」
「今この瞬間に効果が切れたんだ」
「そんな都合の良いことを……仮にそうだとしても──」
フェリクスが言葉を続けようとした時、ケイシーがさっと手で制す。
すると氷塊が錬成され、発射された。
フェリクスが私の肩を抱いて、氷塊を回避する。
氷塊は今さっきまで私たちがいた地面に当たると、粉々に砕け散った。
「……ほら。ハッタリじゃないだろう?」
「クラリス、魔封じの矢は時間がきたら、完全に切れてしまうものでもないんだ。徐々に効果が切れていく。おそらく、さっきの魔法はなけなしの一発。威力も低いし、連発は出来ないはずだ」
「ええ、分かっているわ」
その証拠に、氷塊を外したケイシーの表情はさらに焦りの色を濃くしていく。
しかし……これもあくまで、私たちの推測。
相手の魔法が不完全ではない確証が得られない以上、迂闊に動くことが出来ない。
「くくく。さあて、どうする? こうしている間に、僕は味方と合流してしまうぞ。そうなったら、貴様らは終わりだ」
この声もケイシーの虚勢に聞こえた。
今すぐ彼を取り押さえなければいけない。
しかし私たちと彼との間には距離がある。
駆け抜けて、彼を取り押さえようにもその間にもし、魔法を使われたりなんかしたら……。
「くっ……!」
フェリクスもどうしていいか判断に迷っているみたい。
どうする?
せめて遠距離からでも攻撃出来る術があれば──。
「全く、お前らには世話が焼けるな」
嵐の中を突き抜けて。
そんな声が、私の耳に届いた気がした。
次の瞬間であった。
「うぐっ!?」
ケイシーが苦悶の表情を浮かべる。
その右脇には──一本の矢が刺さっていた。
◆ ◆
『ヘルムートは将来、なにになりたいの?』
教会での奉仕活動の際。
クラリスが目を輝かせて俺に問いかけてきた時のことを、今でも鮮明に覚えている。
『俺は……』
その時の俺は答えられなかった。
なりたいものなんてなかった。
第一王子と第二王子に良いところを取られた出涸らし。
それが俺だった。
だから将来の目標なんてあるはずもなく、ただ日々を享楽的に消費していくものだと思った。
しかしそんな俺にも目標が出来た。
クラリスだ。
彼女は太陽のようで、自然と人を惹きつける女性だった。
とはいえ、そんな彼女はフェリクスのものだった。フ
ェリクスから彼女を奪えないと分かった時、俺はまたしても目標を見失ってしまった。
『もし、動けるようになったら、あなたはどうするつもりですか? クラリスを助けにいくつもりですか?』
だからこそ、あの女の言葉が胸に突き刺さった。
一瞬戸惑ってしまったが──すぐに答えは出た。
クラリスやフェリクスと過ごす日々は毎日楽しかった。
一生こんな日が続けばいいのに──そう思えるほどに。
彼女らは──大切な友人だ。
今まで、そんなものは俺の周りにいなかったので気付くのが遅れてしまった。
ゆえにそれを実感した時、俺は世界が一気に広くなったように感じた。
それはさながら、鳥籠の中に閉じ込められた小鳥が大空に羽ばたいた時のようだ。
俺はこの日々を守りたい。
切にそう願った。
空の飛び方を知らない小鳥は、鳥籠から出てもすぐに死んでしまうかもしれない。
だが、たとえそうだとしても。
飛び方が不恰好だとしても。
空の青さを知ってしまった小鳥は、二度と鳥籠の中には帰れない──。
ならば──もう少しあがいてみせようではないか。
俺は別荘内にあった弓を手に取り、クラリスたちを追いかけた。
◆ ◆
「ヘルムート!?」
一瞬のことすぎて分からなかった。
だが、何者かがケイシーに弓矢を射って、それが命中したのだと分かった時、私は後ろを振り返った。
すると……草木に紛れて、少し離れたところでヘルムートが弓矢を発射した後の体勢で立っていた。
「どうやら間に合ったようだな」
前髪を濡らし、不敵に笑うヘルムート。
「こ、こんなところで……僕の野望が……っ」
手を伸ばした状態で、ケイシーの体がゆっくりと後ろに倒れていく。
私とフェリクスはすぐに駆け寄って、彼の体を確認した。
「もしかして……死んでる?」
「いや、傷はそこまで深くないし、致命傷を外している。きっと弓矢が当たった衝撃で気を失っているだけだろうね」
「そう……」
嫌なヤツだったけど、殺したとなったら後味が悪いものね。
「ふんっ、そんなヤツの体を案じるのか。相変わらず、お前らはお人好しだな」
少し遅れて、そんなことを言いながらヘルムートも歩み寄ってきた。
「あなた、どうしてここに……」
「友のピンチだからな。おとなしく寝ているわけにはいかんだろう」
「そういうことじゃなくて……」
ああ、もう!
色々聞きたいことが多すぎて、頭が爆発しそうだわ!
でも。
「ありがとね、ヘルムート。いつも私たちを助けてくれて」
「良い。それに……これが俺の役目だと分かったしな」
「役目?」
私が首を傾げると、ヘルムートはその場で膝を突いた。
え?
そう思ったのも束の間、ヘルムートは頭を垂れたまま私の右手を優しく掴む。
「俺は今までなりたいものがなかった。しかし決まった──俺は生涯、お前らたちを守るために生きよう」
それはまるで詩人の一節のようで。
「俺は……友を守る騎士となる。俺の大切な日々にはどうやら、お前たちが必要なようだ。だから……」
さながらお伽噺の王子様のようで。
「フェリクス。そして──クラリス。これからも俺の前で笑ってくれるか?」
少し不安そうなヘルムートの顔。
そんな彼はまるで、初めて空に羽ばたいた小鳥のようであった。
だから。
「……うん。いっぱい笑う」
私も真摯に答えて。
「これからもよろしくね。みんなでいっぱい思い出を作っていきましょ」
唄うように、そう口にした。
「ありがとう。今日から俺は、友を守る騎士だ」
ヘルムートは安心したように笑って、私の右手の甲にそっと口づけをしたのであった。
◆ ◆
「……ああ、もう心配はないかと」
クラリスたちをギリギリ視認出来る場所。
その男は木の上で、誰かと会話をしていた。
とはいえ、その男の周りには誰もいない。
『そうか。ふう……じゃじゃ馬すぎてヒヤヒヤしちゃうよ。でもやっぱり、僕たちの考え通りになったね』
「そうだな。少し計算違いだったのが、ルウォル魔法教団の子息の闇魔法が不完全すぎたかことか」
耳に手を当てた状態で、男は会話をしている。
男が使っているものは、遠隔にいる者とも会話を出来る道具だ。詳しくは男も知らないが、最新の技術が駆使されており、まだ一般には流注していないという。
連続使用が出来なかったり、何度か使ったら故障するというデメリットはあるものの、こういう時には重宝する。
(ヘルムートのヤツも……良いところを持っていったな。さすが器用貧乏なだけはある)
男は自分がここに派遣された理由を、あらためて考えていた。
ヘルムートは「自分には護衛が就いていない」と思っている。
しかし王子が街外れの警備も行き届いていない場所にいくのに、護衛の一人や二人も付けないのは現実的ではない。
ゆえに、彼がヘルムートの護衛として就くことになった。
もっとも、とある思惑からヘルムートたちには気付かれず、かつ本当に死の危険が訪れた場合以外は手を出してはいけなかったが……。
(なんにせよ、ヘルムートたちは王家の掌の上だったというわけだ)
男はそうほくそ笑む。
しかしその顔は甲冑で包まれているため、外からは分からなかったが。
『じゃあ、引き続き監視を頼むよ。あ……おっと』
男と会話している者は、すぐに言葉を引っ込め。
『本当の名前で呼ぶところだったよ。今の君は違ったね。頼むよ、グレン』
「ああ、そっちもヘマをするなよ。ウォーレス」
理に沿って動く世界は、彼──グレンにとって奴隷のように見えていた。




