64・闇魔法
コミカライズに続き、小説版も書籍化が決定しました!
Kラノベブックス様より、10月2日発売予定です。
「ヘルムート!」
私は咄嗟にその名前を呼ぶ。
ヘルムートはその呼びかけに答えず、苦しそうな顔をしてバルコニーの床に倒れた。
「ヘルムート! ヘルムート! 大丈夫!? あなたに、なにか黒いものが当たったように見えたけど……」
「こ、これは……ま、魔法……しかも闇──」
ヘルムートは私に手を伸ばしながら、そう声を絞り出した。
だが、それで力を使い果たしたのだろう。
伸ばした腕が下がり、体全体がぐったりと脱力する。
「ヘルムート!」
何度も呼びかけて体を揺さぶってみるが、答えは返ってこない。
「クラリス、ヘルムート! どうしたんだい!?」
「フェリクス! ヘルムートが……」
こちらに駆け寄ってきたフェリクスの顔を、私は縋るように見上げる。
少し遅れて、オレリアと部長、モニカさんも集まってきた。
「なにが起こったのですか!?」
モニカさんの焦ったような声。
「分かりません。急に黒くて細長いものが伸びてきたと思ったら、ヘルムートに体を押されて……それで代わりに彼が……」
最後に彼が言い残したことを考えたら、あれは魔法だったんだと思う。
だけど『闇』というのは……?
なんにせよ、ヘルムートは目を瞑ったまま動かない。危険な状態だ。
「取りあえず、ここにいても仕方がありません」
そう冷静に声を発するのは部長。
「すぐにヘルムート殿下を室内に運びましょう。それに……」
ガッシャーン!
辺りが一瞬ピカッと光ったかと思うと、続けて雷鳴。
それがあまりにも大きな音だったから、つい体をビクつかせてしまう。
「本降りになってきました。嵐です」
先ほどまでぽつりぽつりとした雨粒であったが、雷を皮切りに、バケツをひっくり返したかのように降ってきた。
すぐに体中がびちゃびちゃなってしまうが、今はヘルムートのことが心配だった。
「そうですわね……クラリス様! 早く!」
「う、うんっ!」
その後、フェリクスと部長がヘルムートの両脇を支えて、室内に運び込んでくれた。
雨足はさらに強くなっていき、それが私には不穏な夜の始まりを告げているように感じた──。
◆ ◆
別荘から少し離れた場所。
「くっ! 失敗した!」
灯台の一番上で、ケイシーはそう顔を歪めた。
「外したんですか? あれだけ準備してたのに?」
「うるさい! お前はなにも喋るな!」
ケイシーにそう怒声を浴びせられた少女──ロレッタは表情を少したりとも変えたりしない。
(本当はクラリスに当てるつもりなのに……)
ケイシーは計算が狂ったことに焦りを感じながら、冷静さを取り戻すためにここに至るまでのことを思い出していた。
クラリスを自分のものにする。
そのためにケイシーはまず、ロレッタの力を利用することにした。
しかしロレッタは先の事件で、力に大きな制限をかけられている。
具体的には一日に一回しか、光魔法を使えない。
さらには遠距離から使えず、対象が近くにいないと発動出来ない……といったところだ。
その制限を外すように王家に取引を持ちかけたが、さすがに無理だった。王家にとっても、先日の若草祭での一件はトラウマのようになっているのだろう。
ならば、クラリスに接近する必要がある。
だが、街中でクラリスを攫うのはリスクが大いい。それに彼女はいつもフェリクスやヘルムートといる。この二人には護衛も多いし、軽率な真似は出来ない。
そこで魔法教団の諜報部を使い、ケイシーが突き止めた情報は、彼女らが海に旅行しにいくという情報である。
そのことに少し嫉妬を覚えたが、それよりも千載一遇のチャンスが巡ってきたことに、ケイシーはほくそ笑んだ。
なんでも、海が近いフェリクスの別荘は街から離れたところにある。
それにプライベートビーチという性質上、人も少ない。
護衛の数も質も、普段よりかは下がるだろう……と諜報部の分析だった。
ケイシーは計画を実行に移すことにした。
だが、真正面から行っても、ケイシーとロレッタがクラリスに近付けるわけがない。
ゆえに灯台に潜み、クラリスがバルコニーに出たところで──ケイシーの魔法で彼女を眠らせる。
そういった計画であったが……失敗した。
「でも、クラリスは愛しの彼女なんでしょう? それなのに、魔法で攻撃するなんて随分と酷い真似をするのね」
「仕方のないことだ。彼女が僕のものにならないから仕方がない。それに……」
ケイシーは掌に漆黒の炎を灯らせる。
「闇魔法は相手に危害を加えず、眠らせるだけだ。クラリスが怪我をするようなことはない」
──闇魔法。
それは光魔法以上に謎に包まれてはいるが、いまいち有効活用の方法が思いつかずに、国からも重要視されていないものだ。
なにせ、闇魔法の効果は相手に怪我をさせずに、眠らせるといった効果しか確認されていないからである。
正直、眠らせるだけならもっと他に方法があるので、怪我をさせないということは戦争では使い物にならない。
なんでも、闇魔法は『世界の理を捻じ曲げる力』があるそうだが……よく分かっていない。
だが、クラリスに怪我をさせず、攫うといった目的を考えた時に好都合だとケイシーは考えたのだ。
「偉そうに語っているけど、狙いが外れたんじゃない。もっと別の方法があったんじゃないのかしら?」
「お前はいちいち俺を煽るな。なにが狙いだ?」
「別にー」
とロレッタはバカにしたような口調で答える。
それにケイシーは腹を立てたが、今は仲違いしている場合ではない。
「少し計算は狂ったが……ヘルムートに当たったなら、それはそれで問題ない」
そう言って、ケイシーはすぐにフェリクスの別荘まで向かおうとしている。
「今、ヤツの別荘は大慌てのはずだ。なにせ、一国の王子が倒れたのだからな。この嵐が押されれば、外部から応援も呼ばれるだろう。そうなる前に……片を付ける」
本当は眠れるお姫様を自分の手で攫いたかった。
そして王子様のキスで目覚めるのだ。
そういった──独りよがりの、おかしな考えではあったが──シナリオをケイシーは描いていた。ゆえに今回の計画だった。
しかしこうなった以上はあまり悠長なことはしてられない。
「ロレッタ、行くぞ」
「わたしが行く必要ありますか?」
「なに?」
ケイシーが訝しむような表情を作る。
「なんにせよ、わたしの光魔法は一日に一度しか使えない。それはクラリスの心を操るために使うんでしょう?」
「そうだ」
「だったら、わたしはここで待機でいいんじゃないかしら? わたしが行くことで、フェリクスとかが警戒するだろうし」
「もう一度言う。なにが狙いだ?」
ロレッタはなにを企んでいる。
しかしいくら問いかけても、この女が口を割ることはない。
こういう時は決まって、
「別にー、なんも考えてないですよー」
と今みたいに誤魔化されるのだ。
「……ふんっ。まあいいだろう。お前の言うことにも一理ある」
そう吐き捨てて、ケイシーは踵を返す。
「しかし忘れるな。お前の首に付けられている戒めを。その隷属の首輪がある限り、お前は俺に逆らえない」
ロレッタが自分の首元に手をやった。
その隷属の首輪は、それを付けたものに服従を強いられるものだ。ケイシーが一言、「逆らうなら死ね」と言えば、隷属の首輪に込められている魔法が発動しロレッタは死に至る。
「もちろんです。わたしはあなたの飼い犬だということは、重々承知しています」
「分かっているならいいんだ」
まだ彼女は気がかりではあるが……今は一分一秒が惜しい。
この嵐は持って、一晩だけだろう。朝になれば応援が来る。それまでにクラリスの誘拐を成功させなければ。
ケイシーはフェリクスの別荘に向かって、走り出した。
その口元は醜悪に歪んでおり、嫉妬に囚われた哀れな子羊のようにも見えた。
おかげさまでコミカライズに続きまして、小説でも書籍化が決定しました。
Kラノベブック様より10月2日発売予定です。
表紙画像をページ下部にて掲載していますので、ぜひご覧になってくださいませ。
またコミカライズ一巻も9月30日発売予定となっています。併せてお楽しみくださいませ。




