60・別荘
そしてあっという間に、献身部のみんなで海に行く当日となったのであった。
「海だわ!」
海岸で私はそう声を上げる。
天気は快晴。
フェリクスのプライベートビーチなので、私たち以外に人はいなかった。
しかし近くに『海の家』があるらしく、そこではお爺ちゃんが一人で切り盛りしているらしい。
とはいえ、今日みたいに誰かが来た時だけに営業する海の家みたいだけどね。
どこまでも続いていそうな水平線を眺めていると、ここ数日の心のもやもやが晴れていった。
「クラリス、急に走り出すな」
「でもクラリスが元気になって、よかったよ」
後ろからヘルムートとフェリクスが、私に追いつく。
二人とも、普段よりかなり薄着である。
ヘルムートは赤色の柄シャツを身につけて、下は短パンとサンダル。
前髪を上げていて、それをサングラスで止めていた。
フェリクスは彼ほどラフな格好ではないが、白色のシャツには熊さんの絵柄が描かれていて、とても可愛らしかった。
「ははは、それでこそクラリスくんですね」
「最近のクラリスは見てられなかったですしね」
続けて、部長とモニカさんも。
部長とモニカさんの姿はさほど変わっていないようであるが、制服姿しか見たことがなかったので、こういうのも新鮮だ。
「クラリス様。今日は目一杯遊びましょうね」
「うん!」
オレリアの言葉に、私は首を縦に振る。
日焼けを気にしているのか──オレリアは長袖の薄いカーディガンを上から羽織っていた。
裾が長いスカートも白くて清楚な出立ち。
その清楚さは、同性の私の目から見ても思わず目を奪われてしまうほどだった。
「海も見たところで……別荘に行こうよ。まずはそこで荷物を置かなくっちゃ」
「そうね」
海を見てたら今すぐ泳ぎたくなる!
でも一日は長い。そう慌てなくても大丈夫だろう。
はやる気持ちを抑えて、私たちはフェリクスの別荘に向かった。
「ここが別荘……?」
「そうだよ。ちょっと狭かったかな?」
「逆よ。広すぎなのよ!」
別荘に着いて、私はフェリクスにツッコミを入れた。
木造の別荘は、最早『別宅』と言ってもいいくらいに立派な場所だ。
別荘の中には、私たち以外にも使用人の方々が何人かいる。
さすが公爵家の別荘……。
私とオレリアの家も、別荘の一つや二つはあるのだが、ここまで広くはない。
せいぜい家族と泊まることくらいしか考えていないからだ。
「別荘にしては使用人が多い気がするな……別荘の警備も兼ねているというわけか」
別荘を眺めて、ヘルムートが思案顔でそう呟く。
「その通りだよ。さすがに殿下が来るのに、一人も警備を配備しないのはいけないだろう?」
「俺はいいんだが……まあお前にも立場があるからな。これくらいは許してやろう」
とヘルムートが溜め息を吐く。
ちなみに……ヘルムートがここに来ると決まった際、王家からも何人かの騎士が同伴する予定だった。
だが、彼は「友達との旅行なのに、そんな堅苦しいのは嫌だ」と断ったみたい。彼らしい行動である。
だけど私たちのことを『友達』と明言してくれて、嬉しい気分にもなった。
「あれ、フェリクス。ダーツもあるんですね」
モニカさんがそれに目がいく。
「はい。父親がダーツにハマっていましてね。別荘でもダーツがしたいと言って、作らせたのです」
「そうだったんですか。どれ……」
モニカさんが腕まくりをして、ダーツの矢を手に取る。
「えい」
そして投擲。
ダーツは的の端っこに刺さる。
「初めてやりましたが……なかなか難しいですね」
「いえいえ、初めてにしては上出来ですよ。ちょっと見ててくださいね」
次はフェリクスが慣れた手つきでダーツの矢を持った。
そして彼が投げたダーツの矢はキレイな放物線を描き、的の真ん中に見事命中した。
「こんな感じで、無用な力を入れなければいいんですよ。どうですか? 簡単でしょう?」
「簡単と感じるのは、あなただけよ」
私はフェリクスの頭を軽く小突く。
父親の影響かもしれないが……この男、なんでも出来るのよね。
いとも容易く真ん中に命中させるのが、妙に腹立たしかった。
だけどなんでも出来るといったら、もう一人いて。
「ふんっ」
ヘルムートが隣からにゅっと手を伸ばし、ダーツの矢を投擲した。
……やはり真ん中に命中。
「初めてやったが、意外と簡単だな。これごときで、クラリスの前でカッコつけるんじゃない」
「ほほお? 簡単と言ったね。だったら勝負してみるかい? 勝った方が今日一日、彼女と一緒に海に泳ぐことが出来るっていう権利つきで」
「よかろう、面白い。お前の自信を木端微塵に打ち砕いてやる」
対抗心を燃やす二人。
「やめなさい」
呆れた私は、そんな二人を強引に引き剥がした。
「仲が良いのは分かったけど、せっかく海に来たのよ? そういうのはまた別の機会にしなさい」
それに、私を勝手に私を景品扱いにしないで欲しいものだ。
「ほほお、これは……」
「部長、なにか気になることでもあるんですか?」
子どもっぽい二人の相手をしていると、その間に部長とオレリアがなにかを見つけたらしい。
「どうしたんですか?」
「いや……このダーツの矢だけ、魔力が含まれていますね。手に取らなければ分からない程度ですが」
部長が持っているのは他とは違う、赤色のダーツの矢である。
彼からそれを受け取るが……私ではよく分からない。
「ああ、その赤色のダーツの矢は『魔封じの矢』だね」
「魔封じの矢……というと、確かこれが刺さると一定時間だけ、相手の魔力を著しく下げる効果があるんだっけ?」
「その通りさ。護身用に別荘に常備してたんだけど……なにせ見た目が似てるものだから、ここに混じってたみたいだ」
「ふうん」
まあ、なにもなければ使うこともないだろう。
「部長、よく分かりましたね?」
「はい。ボクの家は治癒院を営んでいますからね。将来はそこの経営を受け継ぐために、治癒魔法──つまり魔法や魔力について、勉強しています。みんなと比べて、少しだけ魔法という分野には詳しいものですから、気付けたのかもしれません」
部長の言ったことに、つい唖然としてしまう。
「ぶ、部長。治癒士の息子だったんですか?」
魔法使いの中でも──光魔法は別格として──治癒士はかなり貴重で、治癒院に努めるためには、難しい資格試験にも受からなければならない。
そのため、人々から尊敬の眼差しで見られることが多い職業だ。
「そうですよ。あれ……? 知りませんでした」
「聞いたことありませんでしたから」
「ふむ……特段隠していたわけでもないですが、どうでもいいことだと思って説明を省いていましたね。モニカくんは知っていますよね?」
「はい。部長の家の治癒院には、何度か行ったこともありますから」
少し得意げに語るモニカさん。
ただものではないと思っていたが、まさか治癒士の子どもだったなんて……部長の底は未だ見えない。
「フェリクス様、水着に着替えましょう! わたくし、早く海で遊びたいですわ!」
「そうね。今はそっちの方が重要だわ」
その後、私たちは男と女に別れて水着に着替えるのであった。




