59・激しく、そして間違った恋情(ケイシー視点)
「どうして僕がこんなことに……!」
ルウォル魔法教団、本部。
そこの一室でケイシー・ルウォルは頭を抱え、先日の事件のことを思い出していた。
──最初はちょっとした悪戯心だった。
国王陛下がいる前で落馬すれば、フェリスクの評価を下げることが出来る──かもしれない。
肝心なところで決められない男。
カッコ悪い男。
そのような声で学園は満たされ、それを想像するだけで胸が躍るような感覚を抱いた。
準備もしてきた。
自分ほどの魔法の腕があれば、証拠を一切残さずに、フェリクスに恥をかかせることに成功するはずだった。
だが、その目論見は失敗した。
慢心がなかったとは言い切れない。
しかしまさかヘルムートに気付かれるとは思っていなかった。
ヘルムートは優秀な男ではあるが、それはあくまで一般基準。魔法のスペシャリストである自分には、到底及ばない。
仮に気付かれたとしても証拠がない。
クラスで孤立している彼の言うことには、誰も耳を貸さないだろう。
……と当初は考えていた。
ここでケイシーの計算が狂ったのは、思いのほか、みんながヘルムートに対して悪い印象を抱いていなかったことだ。
そしてケイシーにさらなる追い討ちがかけられる。
『お断りよ!』
そう言って、彼をビンタした女性の顔を思い出す。
クラリスだ。
「どうして……どうして僕が彼女に嫌われなければならないんだ。僕は彼女のことを、僕はこんなにも──」
とケイシーはテーブルに立てかけていた、ある一枚の紙切れのようなものに目を向ける。
これは写真といわれるもので、人物や風景を映し出されたものである。
この国の最先端の技術で、写真を撮るために使う『撮影魔導具』も高価だったが、ケイシーにはどうしても必要だった。
何故なら。
「彼女のことを愛しているというのに」
──写真には、彼女がクラスメイトと楽しそうに喋っている模様が映し出されていたのだから。
そう。
ケイシーはクラリスに淡い恋心を抱いていた。
一目惚れだった。
入学式で見かけた彼女を見て、胸が高鳴る自分に気が付いた。
こんな経験は初めてだった。
そして気付けば、ケイシーは彼女の姿を目で追いかけるようになっていた。
「それなのに……どうして、あんな男の婚約者なんだ?」
婚約者というのは言わずもがな、フェリクスである。
クラリスに婚約者がいると知った時は絶望した。フェリクスに対して、燃え盛るほどの恨みも抱いた。
クラリスへの恋心と、フェリクスへの恨みは日に日に募っていった。
僕の方が彼女の隣にふさわしい!
フェリクスを排除しなければ!
いつしか、ケイシーはそのことで周りが見えなくなり、いかにして二人を破局させようか──と思考に没頭していた。
そして……国王陛下の視察の日、それを実行に移したというわけだ。
これにはフェリクスの評判を下げるだけではない。
もしかしたら、クラリスだけが僕の魔法に気付いてくれるかもしれない。
いや、きっとそうだ。
(何故なら僕は誰よりも──フェリクスやヘルムートよりも優れている)
優れている僕の才能と力に気付けるのは、同じく優れている彼女の他にいない。
結果的にクラリスはケイシーの魔法に気付いた。
だが、クラリスは自分を賞賛してくれるどころか、頬に強烈なビンタをかましたのだった。
「これから夏休みに入ってしまう」
およそ二ヶ月間。
クラリスに会えなくなるのは耐えられない。
何故なら、この期間にもクラリスはフェリクスと夏の思い出を作るのだろうから。
彼女たちが楽しそうに海ではしゃいでいる姿を思い浮かべ、そして夜には共に寝る──そう考えただけで、ケイシーは胸が張り裂けそうになった。
「今まで僕は甘かったかもしれない」
ゆえに決断した。
こんなことがあっても、クラリスへの愛は消えてなくなるどころか、膨らんでいくばかりであった。
「なんとしてでも、彼女を僕のものにする」
両親からは止められているが……あれを使わざるを得ないだろう。
だが、それだけではまだ目的を達成出来ない。
今度こそ失敗出来ない。
そこで……。
トントン。
ドアのノックの音が聞こえた。
「ようやく来たか」
口角を歪めるケイシー。
「入るといい」
「失礼します」
そう言って、室内に一人の女性が入ってくる。
「久しぶりだね。王宮での生活はいかがかな?」
「最悪です。毎日、魔法の練習練習練習……四六時中監視を付けられて、これではプライベートもありません」
疲れたように語る彼女。
彼女こそ、ケイシーの目的を成就させる最後の鍵であった。
「話は聞いているね。君にはしてもらいたいことがある」
「…………」
ケイシーの話に、女は黙って耳を傾ける。
「僕はクラリスのことを自分ものにしたい。君は彼女に復讐したい。彼女の心に僕という存在を入り込ませるために、君の魔法がどうしても必要なんだ」
「ええ、聞いています」
短く答える女。
「君の魔法は一度、クラリスには効かなかったとも聞いている。だが、あれから君は魔法の調整に勤しんでいたんだろう? きっと彼女への復讐を果たせるはずさ」
「当然です」
彼女のことは無論知っていた。
そしてその能力の詳細を知って、彼女がいれば僕の目的を果たせる──ケイシーはそう確信していた。
そのために王家と裏取引をして、秘密裏に彼女をこうして貸し出すことに成功したのだ。
「期待してるよ──ロレッタ」
それまで無表情だった女──ロレッタは、名前を呼ばれて優雅に微笑んだ。




